2017年02月25日

園子温『愛のむきだし』満島ひかりもむき出し演技・ネタバレ・あらすじ・ラスト・感想

むきだされた愛の行方



評価:★★★★  4.0点

この映画は園子温監督にとって、のちのち振り返った時にある種の集大成の作品として記憶される事になるのではないでしょうか。
それほど、この作品は、これ以前とこれ以降の園子温監督作品の主要な作品要素が、マグマのようなエネルギーを持って、4時間の長さに渡って画面から溢れ出ています。
しかし、この映画は一面エンターテーメントとしてのサービスの良さもあり、それも、これ以降の園子温監督の作品がエンターテーメントの色を濃くして行くのを思えば、やはり園子温監督の作品の全ての要素を持っているように思えます。

園子温監督のエンターテーメント性は、暴力・グロと肉欲・エロの過激な刺激性で表現されることが多いのですが、この映画は真島ひかりが体を張っていろいろむき出しています。
満島ひかりの体当たり演技

愛のむきだし・あらすじ



(Chapter1 ユウ)
角田ユウ(西島隆弘)は幼いころ母を亡くし、父・テツ(渡部篤郎)と2人暮らしとなった。テツは一念発起し神父となった。そんな父を尊敬するユウの夢は、幼き日に母と話した理想の女性“マリア”に出会うことだった。そんなある日、角田一家の前に妖艶な女性カオリ(渡辺真起子)が現れ、テツを誘惑する。テツも神父でありながら、教会の外に家を借りてカオリと同棲を始めた。カオリは結婚を望んだが、神父の結婚は戒律に背く行為だった。ついに、結婚してくれないテツに愛想を尽かし、カオリは去って行き、カオリを失ったテツは人が変わったようにユウに厳しくなった。テツは、高校生となったユウに毎日“懺悔”がないのかと求め、父の望みに叶うよう、罪を無理に作ってまでユウは毎日懺悔し続けた。
そんな懺悔の種も尽きようかという時、高校の仲間タカヒロ、先輩、ユウジの3人の悪友ができ、ユウの罪を作るため盗撮を教える教室を紹介した。

その甲斐あって盗撮は、父に厳しく叱責された。久々に触れる父の真剣な怒りを受け、ユウはさらに盗撮に没頭し懺悔し続ける。その盗撮を見る3人の悪友も、盗撮の技を求めてユウに弟子入りするのだった。

(Capter2 コイケ)
そんな盗撮を続けるユウとテツの教会の前であったのが、コイケ(安藤サクラ)という10代の少女とその部下の少女2人だった。コイケは、盗撮を自らの罪、原罪だというユウの言葉に興味を持つ。

コイケは新興宗教ゼロ教会の信者で、父テツの教会の信者を狙い、ユウ一家をゼロ教会に入信せようと計画し、周辺を探っていたのだ。熱心なクリスチャンの父(板尾創路)を持つコイケは、幼少期より父から家庭内暴力を受け、神に謝れと責められながら成長して来た。そんな父が脳梗塞で倒れた時、父の陰茎を切除し復讐した。コイケは少年院に収監され、院を出た後は男子生徒や同級生と血みどろの喧嘩を繰り広げる。そんな時、新興宗教ゼロ教会を知り、以後コイケは教団の信徒拡大に尽力し、教団内での地位を高めてきた。

(Chapter3 ヨーコ)
ユウはある日、3人の盗撮仲間との写真対決に負け「女装して女にキスする」罰ゲームを課され街に出る。そして、街でチンピラ相手に一歩も引かないヨーコ(満島ひかり)と出会う。

ユウはヨーコを見た瞬間、探し続けていた“マリア”だと確信する。ヨーコも、チンピラ相手に共に闘ってくれた、謎の女・サソリを女だと信じ、女装したユウに恋をする。ヨーコも父親に幼少期から暴力を振るわれ、高校生のヨーコに父は強姦まがいの行動すら取る。

それゆえ、男性不信に陥り、男に敵対心と嫌悪感を持ち、今は父親の後妻に一時なったカオリを気に入り、カオリと二人で暮らしていた。
そんなカオリは、ユウの父テツが忘れられず、熱心なアプローチの甲斐ありテツと結婚することになる。そして、ヨーコと"サソリ"としてのユウが出会って数日後、家族の顔合わせの席で、男のユウとヨーコは出会った。ヨーコはサソリに恋していたが、兄ユウを毛嫌いする。男としては嫌われるユウは、しかし「マリア・ヨーコ」を前に、生まれて初めて勃起を知るのだった。

(Chapter4 サソリ)
ヨーコと共に高校に通うユウは喜び日々ヨーコに擦り寄る。しかしヨーコはそんなユウを徹底的に嫌う。ユウは一計を案じサソリを装って「兄と良好な関係を築け」と言い、ヨーコも表面的にはは友好的になる。そんな、ユウ一家を監視し続けていたコイケは、頃合とみてユウの高校に転校し、ヨーコに「自分がサソリだ」と偽り近づく。ヨーコは信じコイケとレズ関係となる。更にコイケはユウ一家に入り込みテツやカオリもコイケに洗脳されていく。コイケはユウを追い込むため、クラスに盗撮をバラし、ユウは高校退学になり、ヨーコにも変態と嫌われ、父・テツから家を追い出される。
悪友のタカヒロ、ユウジち先輩の盗撮3人トリオは、ユウを助け、コイケがゼロ教会の幹部で行方不明のユウ家族は皆ゼロ教会の信者になっているのを突き止める。そんなユウの前に、コイケが姿を表し、ヨーコに会いたいならユウにAV会社の就職をしろと強要し、ユウらは盗撮AVに出る。ユウはたちまちAV界の変態王子というカリスマとなり、ユウの前には崇拝する者の懺悔の列ができる。そんな一人に爆弾を作ったという懺悔者もいた。ヨーコを取り戻そうとするユウの元に、町でチラシ配りをしているヨーコを発見したとの連絡が入り、ユウはヨーコを拉致し、海辺の廃棄されたバスに監禁し、洗脳を解こうと働きかける。

逆に教団に捕らわれ洗脳教育を受ける。ユウは教会に忠誠を誓い、コイケが誘惑しても、それユウが乗ることはなかった。実は、ユウは教団の信頼を勝ち取り、その隙にヨーコを取り戻そうと計画していたのだった。
そしてある日、ユウは爆弾魔に爆弾を準備させ、日本刀を持ち、ヨーコの暮らす教団本部にサソリの姿で乗り込むのだった………
(英語題 LOVE EXPOSURE/日本/製作年2008/上映時間237分/監督・脚本・原案・園子温/アクション監督・カラサワイサ)

愛のむきだし・出演者


本田悠・ユウ(西島隆弘)/尾沢洋子・ヨーコ(満島ひかり)/コイケ(安藤サクラ)/カオリ(渡辺真起子)/本田テツ(渡部篤郎)/タカヒロ(尾上寛之)/ユウジ(清水優)/先輩(永岡佑)/クミ(広澤草)/ケイコ(玄覺悠子)/ユウの母(中村麻美)/コイケの父(板尾創路)/ヨーコの父(堀部圭亮)/BUKKAKE社・社長(岩松了)/ロイドマスター(大口広司)/親友の神父(大久保鷹)/司教(岡田正)/霊感絵画の客(倉本美津留)/暴走族リーダー(ジェイ・ウエスト)/暴走族幹部(綾野剛)/クラブ店員(深水元基)/救済会の神父( 吹越満)/ミヤニシ(古屋兎丸)/ヨーコの父(堀部圭亮)/0教会先生(宮台真司)

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愛のむきだし感想

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この映画に出てくる、ユウ、ヨーコ、コイケの3人は、全て父親が不完全なせいで機能不全に陥っている。
aimuki-crossfam.jpgそして、日本社会は近代以降は家父長性によって社会規範を構築し、父親こそが日本の家族と社会の基盤を形成してきたといえる。
その父親の権力・権威が失われ壊れ、修復しようがないほど歪んでいることが、現代日本の社会を不安定にしているのだと、この映画を見て感じる。

この父権の喪失・崩壊・歪みは園子温映画における主要モチーフであり続けている。
当ブログ関連レビュー:
『冷たい熱帯魚』
父の虐待による子供の歪みを描く問題作

『紀子の食卓』
父権の希薄化による家族崩壊を描


その家父長制が崩壊した原因が「男性性=ジェンダー」の希薄化に因っているとき、結果として家の崩壊とは「性=ジェンダー」の倒錯を生むに違いない。
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その歪みは子供達に人格形成に働き、それゆえ、ユウは盗撮しながらも男性機能を発揮しえず、ヨーコはレズビアンとなり、ケイコはユウの変態的な男性性の喪失を原罪と見なし愛したのだろう。

そして、そのエロチシズムはジェンダーの揺らぎの大きさにより、より深く激しく表現されざるを得ないのである。

この「ジェンダー」をテーマとする園子温映画。
当ブログ関連レビュー:
『リアル鬼ごっこ』
ジェンダーにより傷つく少女達の物語

そして、日本社会における父権の喪失とは社会権威の喪失を意味し、それは社会的な規律、道徳の崩壊に通じる。
それに社会規律の喪失こそが、社会をして暴力を生み、その反動として宗教的権威の強化を促すのだといえる。
つまり園子温による暴力と宗教性とは、父の弱体化、父性の消失によっているのだと思えてならない。

園子温の暴力性が主要モチーフとなった映画
当ブログ関連レビュー:
『自殺サークル』
集団自殺を描いた問題作


そして、その問題を過激に、熱く、タフに、劇的に、パワフルに、積み重ねた結果がこの映画だったろう。

そしてこの映画は、その父権の異常を乗り越える術が、子供達の純粋な、一直線の「むきだしの愛」にあるのだと高らかに宣言した映画であると信じる。
園子温のまっすぐな愛を描いた映画
当ブログ関連レビュー:
『ヒミズ』
二階堂フミと染谷将太の熱演が感動を呼ぶ


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以降の文章には

愛のむきだしネタバレ

を含みますので、ご注意下さい。
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幹部を次々に虐殺した後、警察を介入させるため爆発を起こし、ヨーコに会ったユウは愛を告白する。
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ヨーコに首を絞められたユウは血の涙を流す。
ユウの愛を得られないコイケは胸を刺して自殺した。
強制捜査の手が入り、教団は解体されました。テツとカオリは被害者の会の施設に入り、洗脳からの復帰訓練を受ける。
ヨーコは親戚の家に預けられ、従姉妹の恋の悩みを聞くうち、ユウの自分への愛が本物だと気づく。
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愛のむきだしラストシーン

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心を病み精神病棟でサソリとして暮らすユウに面会したヨーコは、愛を告白する。
しかし応えないサソリを追い詰め、病院で騒動になりついにパトカーで連行される。

狂気から現実に戻ったユウが、必死に追いかける。
aimuki-run.gif

ユウはヨーコと手を繋ぐ。
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この映画は親の生んだ歪みを、子供達が「むきだしの愛」の力で乗り越える、感動巨編です。


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posted by ヒラヒ・S at 19:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 日本映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月24日

2017年02月23日








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2017年02月23日

『猿の惑星』(1968)人種差別にも見える映画・あらすじ・ネタバレ・ラスト

誰が「猿」をころしたか?



評価:★★★★  4.0点

この映画のラストを、何の予備知識もなく見た人は本当に幸福だったろうな〜と思う。
もし未見で、予備知識もないのであれば、今すぐレンタル・ビデオ店に走ることをお勧めする。

猿の惑星・あらすじ

ケネディ宇宙基地から発射された宇宙船は1年6ヵ月後、だが光速に近い航行により実時間は2000年という年月を経て、一つの惑星に着陸した。宇宙船には隊長テイラー(チャールトン・ヘストン)とドッジ、ランドンらの宇宙飛行士が乗っていた。地表に到達した時、湖に着水し宇宙船は破損して沈没してしまう。3名はさまよい歩いた果てに、初めてほかの人間を見たが、彼らは原始人のように裸で皮を衣服としていた。そこへ、服を着て馬に乗り銃を手にした猿たちが現れ、人間を捕獲していく。喉を撃たれたテイラーも捕らわれの身となる。捕まえられた人間の中にノバ(リンダ・ハリソン)という女もいた。この惑星では、猿が高い文化を誇る高等動物で、人間は口もきけない下等動物だった。テイラーは外科医の手術を受けた後、ジーラ博士(K・ハンター)と出会い、そして彼女はテイラーの知能が高いことに驚き、恋人の考古学者コーネリアス博士に伝えた。2人はテイラーにとっての味方となったが、この惑星の最高権力者のザイアス博士(モーリス・エバンス)は、テイラーを危険視し、脳葉切除と去勢手術を命じた。それを知ったテイラーは脱走したが、捕まってしまう・・・・・

(原題Planet of the Apes/製作国アメリカ/製作年1968/112分/監督フランクリン・J・シャフナー/脚色 ロッド・サーリング、マイケル・ウィルソン)

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猿の惑星・感想・解説

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1968年に公開の、この映画を最初に見たのはいつのことだろう。
すでに確かな記憶が無い位の、昔のTV放送だったように記憶している。
しかし今回あらためてみてみると、その画面から出てくる不穏なオーラとでも呼ぶべきものに圧倒された。
ま〜実は新シリーズの『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』を見て気になって、再度オリジナルシリーズをもう一度見たという流れだった。
猿の惑星:創世記(ジェネシス)予告編


更にはティム・バートン版の『猿の惑星』もあるが、これはラストが個人的には気に入らない・・・・
ティム・バートン版『猿の惑星』(2001年)予告

マット・ディモンも悪くはないがチャールトン・ヘストンの貫禄を前にすると・・・・

やはりオリジナルの衝撃力、古典作品の良い所は、見るたびに違う顔を現す点にあると再認識したのだった。
オリジナルを最初見た時には、スペクタクルなアクションに興奮し、次に見たときには、その逆転世界の構図に潜む、社会の権力とは何かという事を思った。

saru-linda.jpg
しかし今回オリジナル・シリーズ全体を見てみると、結局ハリウッド的「柳の下にはドジョウが何匹」シリーズになってしまったなぁと思った。

じっさいこのシリーズは3作目以降は無理やり作られていくものだから、徐々につじつまが合わなくなって、最後は絵に書いたようなタイム・パラドックスを残して消滅する。
それはそれとして、SFファン的にはデストピア(=反理想世界)映画として、その誕生から終焉までを、ま〜行き当たりばったりではあるし発端はドコ?という疑問は残るのだが、壮大に描ききったその力技に拍手を送りたい。

猿の惑星・時代背景

そしてまた、今回見て感じたのはこの映画シリーズが、実に当時のアメリカ社会の現実を反映した映画だったかということだった。
この1960年代から’70年代は、アメリカは対外的にはベトナム戦争を抱え、国内的には公民権運動の盛んだった時期だ。
当ブログ関連レビュー:
映画『卒業』
ベトナム戦争反対を描いた
アメリカンニューシネマ

実際、アメリカ国内でも軍隊が出動するぐらい、黒人達マイノリティの抵抗は激しかったのである。
当ブログ関連レビュー:
映画『招かざる客』
人権問題を描いた古典的名作
人種差別問題をまとめています。


つまり当時のアメリカ白人を代表するハリウッド・スター、チャールトン・ヘストンが猿(黒人・アジア人などマイノリティ)に支配される恐怖とは、そのままアメリカ白人社会の当時の恐怖を反映したものだと思えてならない。

チャールトン・ヘストンの紹介

チャールトン・ヘストン(Charlton Heston, 1923年10月4日 - 2008年4月5日)はアメリカ合衆国・イリノイ州エヴァンストン(Evanston)出身の俳優、社会運動家。身長191cm。妻は女優のリディア・クラーク、長男は映画監督のフレイザー・ヘストン(Fraser Heston)。
略歴
Charlton_Heston.gifイリノイ州の中心部シカゴの北に隣接するエヴァンストンに生まれ、ノースウェスタン大学卒業後はアメリカ陸軍に入隊し、第二次世界大戦には爆撃機の搭乗員として参戦していた。
退役後1950年に最初の映画に出演、『ミケランジェロの彫刻のように美しい』と称された肉体美と精悍なマスク、格調高い演技力でいくつもの名作に出演し、1959年には映画『ベン・ハー』でアカデミー主演男優賞を獲得した。ハリウッド黄金期後期を支え、日本人にも馴染み深い大作やSF映画の主演も務めた。1966年から1971年までは、俳優組合の会長をつとめた。
saru-char-Zaius.jpg演じる役柄、出演作も幅広かったことで知られ、とくに当たり役となった歴史劇『十戒』や『ベン・ハー』、『エル・シド』、『華麗なる激情』等では歴史上の英雄を、『大地震』、『ハイジャック』等に代表されるパニック・アクションのタフガイな主人公をそれぞれ演じ分けた他、更には『猿の惑星』や『ソイレント・グリーン』などの娯楽作、異色作にも登場しイメージを一新した。1980年代以降は『ピラミッド』などのオカルト的作品の悪役で性格俳優の一面も見せ、90年代も個性的な名脇役として親しまれ晩年まで出演を続けた。『PLANET OF THE APES/猿の惑星』(2001年)ではゼイウス(猿側の将軍セードの父)役でカメオ出演した。(Wikipedia引用)(右写真:チャールトン・へストン演じるゼイウス)


そんな時代が反映されたからこそ、映画自体に緊迫感と迫力が生まれたに違いない。
saru-bouling.jpg
チャールトン・ヘストンはマイケル・ムーアの『ボウリング・フォー・コロンバイン』でインタビューされている通り、全米ライフル協会の会長を務めるタカ派ではある。

しかしチャールトン・ヘストンの名誉のために言えば、実はマーティン・ルーサー・キング牧師らと共にワシントン大行進に参加した、公民権運動家でもあった。

saru-benha-.jpgそんな、彼がこの映画に潜む人種差別の影を感じ得なかったのも不思議だが・・・・・
たぶん、『ベン・ハー』、『エル・シド』の裸で鞭打たれる彼のアタリ役の、変り種としか考えてなかったのかもしれない・・・


何にせよ素直に文脈を読めば、白人社会の崩壊の恐怖を象徴しているこの映画は、猿に擬されたマイノリティから見れば、本当に屈辱的な映画だろう。

USA-flag.png優れた白人を暴力で支配する野蛮人という構図を、ここまでアカラサマに提示されて面白いはずが無いだろう。
しかし、ここで描かれる白人的選民意識というものは、しばしばハリウッド映画の中に無意識のうちに表現されてきたように思う。

この意識で作られる物語は主人公が「正しく美しい」という前提に立っている。
主人公が正しく美しいのであれば、敵は「悪く醜い」ということで、猿として表わされた。

USA riot.jpg
この映画の制作年代は、アメリカ的「真・善・美」が揺らいでいた時期だったことの現れてして、「偽・悪・醜」の敵に打ち負かされる強迫観念が映画を支配している。

結果的に独善的なこの映画に通低する主張「悪に征服される善」の恐怖は、結局うやむやでアイマイなタイムパラドックスの中で、出口を見出せない。

saru-pos.jpg
それはこの矛盾の理由が、アメリカ白人支配者層の自らを絶対的正義として反省が無い事に起因しているのに違いない。

自らの掲げる正義が敵にとっても真実なのかという、その検証が無ければこの矛盾は解消し得ないだろう。
しかしこの映画の動機が何であれ、このシリーズ全体の中に「デストピア」に対する恐れと憧れが、万人に通じる秀逸な形で定着していると思う。

この異世界の物語が示した世界観の構築の壮大さを思えば、この独善的な主張を語らせるだけのために使うには、惜しい素材だ。
それゆえ新シリーズの展開は期待したい。

新たなシリーズにおいては、アメリカの意識の変化をぜひ見たいものだと期待している。

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以降の文章には

猿の惑星・ネタバレ

を含みますので、ご注意下さい。
特に、この映画に関しては、ご鑑賞後にお読み頂くことをお勧めします。
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(あらすじより続く)
テイラーは捕まって査問会にかけられるが、猿のジーラとコーネリアスは、テイラーと現地人女性・ノバを逃がすことを決心し、砂漠地帯へ連れ出すが、その後を猿の指導者ザイアス博士が追って来る。
その砂漠地帯は、猿のコーネリアス博士はひそかに発掘した人骨と遺物により、数千年前の人間が、猿より高度の知能と文化を持っていたことを知っていた。指導者ザイアス博士はこの事実を知っていたが、この説を認めれば下等動物人間が猿を支配していたこととなり、社会の混乱と、自らの学説が否定される事を恐れ、この学説を認めなかったのだ。
テイラーは逆にザイアス博士をライフルで制圧し、自らの自由を勝ち取った。

テイラー:俺達の後を追うな。俺は、銃の扱いがうまいぞ。/ザイアス:もちろん、わかっとる。生涯ずっと、ワシはお前が来るのを待ち、同時に恐れていた。 まるで死のように。/テイラー: なぜ?初めから、俺を怖がってたんだ、博士。俺が悪意がなく、知性もあると分かっていたのに、アンタは俺を嫌い恐れ続けた。なぜだ?/ザイアス:君が人間だからだ。そして、君は正しかった。私は常に人間を知っていた。証拠から言えば、ワシは人間の知恵が、愚かしさと共に在るのだと信じている。人間の感情は、人間の脳を支配してしまう。人間は、自分自身さえ含めて、その周囲の全てに闘いを挑む、好戦的な動物なのだ。/テイラー: 何の証拠だ?洞窟では武器一つ見つかってないだろ。/ザイアス:立入禁止区域はかつて楽園だった。君の種族がそれを砂漠にしてしまったんだ。ずっと昔に。/テイラー:最初に戻ったようだ。俺にはまだ理由が分からない。この惑星で人間より猿のほうが進化してしまった。そして世界は悪くなった。そのパズルの1ピ−スが見つからない。/ザイアス:それを探すな、テイラー。お前は知ったら、きっと後悔するぞ。

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猿の惑星・ラストシーン

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テイラーとノバは新天地を求めて旅立つと、はるか向こうに自由の女神を発見する。
この猿の惑星は地球だったのだ。テイラーが宇宙船で飛び立ったあと、地球には核戦争が起こり、人類はほとんど死滅し、代わって2000年後に猿が支配するようになったのだった。

【意訳】ティラー:なんて事だ!俺は戻ってた!地球だ!いつだって、その危険は有ったが・・・とうとうやってしまったのか。狂った奴らめ!核戦争を起したなんて!クソッたれども!みんな地獄に堕ちるがいい!

もう一度言いますが、この映画のラストを、何の予備知識もなく見た人は本当に幸福だったろうな〜と思います。

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posted by ヒラヒ・S at 17:07| Comment(4) | TrackBack(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする