2017年10月20日

イーストウッド西部劇映画『許されざる者』再現ストーリー/あらすじ・ネタバレ・出演者

1992年『許されざる者』(詳しいストーリー・あらすじ 編)



原題 Unforgiven
製作国 アメリカ
製作年 1992年
上映時間 131分
監督 クリント・イーストウッド
脚本 デイヴィッド・ピープルズ


評価:★★★   3.0点



この映画『許されざる者』は、クリント・イーストウッド監督・主演で、アカデミー賞他多くの賞を獲得した作品です。
モーガン・フリーマン、ジーン・ハックマン、リチャード・ハリスなど名優が脇を固め、物語に深みを加えていると思います・・・・・・・・・・


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映画『許されざる者』ストーリー



1880年のワイオミング準州のビッグ・ウィスキー。
unfo-tied.jpg町の酒場の2階にある娼館で、娼婦が顔に切りつけられる事件が起こった。
2人ずれで遊びに来た、カウボーイの1人、クイック・マイク(デヴィッド・マッチ)が、娼婦のデライラ(アンナ・トムソン)に男性器の小ささを笑われ、激情に駆られ凶行に及んだのだった。
その2人は、すでに縛られ、店に捕らわれていた。

その2人の前に、町の保安官リトル・ビル・ダゲット(ジーン・ハックマン)が立ち、酒場の主人スキニー(アンソニー・ジェームズ)が訴える「商売モノを傷物にされた」という怒りを聞いていた。unfo-bill1.jpg
年長のストロベリー・アリス(フランシス・フィッシャー)を筆頭に、娼婦達も犯人を同じ目にあわせろと詰め寄る。

しかし、保安官リトル・ビルは「こいつらは真っ当な人間だ」と取り合わず、むち打ちや、これ以上の流血より、七頭の馬を代償とすることで、スキニーを納得させた。

しかし娼婦達の怒りは収まらず、屈辱を晴らすため、身銭を切って1,000$の賞金を賭けた。
そして、カウボーイ2人を殺した者に賞金を支払うと触れ回り、その噂は西部中を駆け巡った。

その噂は、今はカンザスの片田舎で百姓仕事に精を出す、伝説的なアウトローのウィリアム・マニー(クリント・イーストウッド)にまで届いた。
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彼の元をかつての悪党仲間の甥だというスコフィールド・キッド(ジェームズ・ウールヴェット)と名乗る若者が訪れ、賞金山分けでカウボーイ二人を殺す仕事でコンビを組まないかと持ちかけたのだ。

マニーも昔は列車強盗で女子供や保安官を殺したアウトローだったが、妻と11年前に出逢ってから改心し、酒に溺れ金欲しさに悪事を働いたことを後悔していた。
結婚後、二人の子供が生まれたものの、三年前に妻に先立たれ、今は1人で子供の世話をして実直に暮らしていた。
キッドの誘いに、マニーはもう足を洗ったと断った。

しかし、マニーの現実は農業の収穫もほとんどなく、二人の子供を抱え、ひどい貧困に喘いでいた。
そして、他に手立てもなく、彼は賞金を目指しキッドの後を追う事を決意する。
しかし、銃の腕は錆びつき、馬にもろくに乗れない始末だった。
久々の拳銃射撃のシーン
【意訳】娘:パパは人を殺すのになれてるの?

Unf-morgan_1.jpgそれでも旅に出たマニーは、昔の悪党仲間の一人、ライフルの名手ネッド・ローガン(モーガン・フリーマン)の家によった。
彼もまた、今は足を洗って農夫をしており、マニーは子供たちの世話を頼んだ。

unfo-wife.gifしかし農業が上手く行っていないのは同様で、話を聞くうちにネッドもこの話に興味を示し、連れ立って家を後にした。

その後ろ姿を、ネッドのネイティブ・インディアンの妻が冷たい目で見つめた。

一方、ビッグ・ウィスキーには噂を聞き付けた、賞金目当ての荒くれ者が目に付くようになった。
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そんな一人、伝説的なガンマンのイングリッシュ・ボブ(リチャード・ハリス)が、作家のブーシャンプ(ソウル・ルビネック)を連れて町にやってきた。

彼は「銃の所持を認めない」という、町のルールに従わなかった。

保安官リトル・ビルは、暇さえあれば自らの手で家を建築しているが、ヘタな大工仕事で遅々として進まない。
しかしボブの一件を知ると、保安官助手を引き連れ彼の周りを取り囲み、その銃を取り上げた。
【意訳】ボブ:また女王の話をしたのか?独立記念日だってぇのに!俺がお前を蹴ってると思ってるだろう、ボブ!しかし違うぞ!俺がなぜこうするか、なぜこう言うのか?伝えてるんだ!カンザス中の悪党ども、ミズリーの悪党ども!ついでにシャイアンどもにも!女達の賞金は無い!あったとしても賞金稼ぎ共は入れない!

そのあと、町の市民や賞金稼ぎ注視するなか、何度も蹴り殴り完膚なきまで叩きのめし、賞金稼ぎ達へ大声で騒ぎを起こすなと警告した。
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そしてイングリッシュ・ボブを保安官事務所の牢に放り込だ夜、リトル・ビルはボブの伝記を書いているブーシャンプ相手に、ボブの有名な事件の無様な実態を暴露し、西部の早撃ちは非現実的だと教えた。

そして翌日、満身創痍のイングリッシュ・ボブはビッグ・ウィスキーから追放され、ブーシャンプはビルの元に残った。

一方マニー、ネッド、キッドの一行は、ウィスキータウンに向け旅を続けた。
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しかし、マニーとネッドの2人は久々の野宿に体が痛み、また若いキッドも威勢はいいが近眼で遠くの敵と戦えないことが判明する。

それでも3人は、雨の夜ビッグ・ウィスキーに到着し、キッドとネッドはストロベリー・アリスに詳細を聞きに行き、マニーは下の酒場で待った。
そこにリトル・ビルと助手たちが現れ、彼の銃を奪い、彼に暴行を加える。

【意訳】ボブ:俺が思うに、蛇用にこれを持っているのかな?/マニー:ああ・・そうだ。/ボブ:だがここに蛇はいないんだ、ミスター・ヘンダーショット/マニー:う〜ん、その・・・弾は入れてないんだ。火薬が湿ってて・・・/ボブ:ミスター・ボーシャンプー、これが俺の言ったゴミくずだ!どの町の酒場にもこんなクズがいる。ウィチタやシャイアン、アビリンにも!でも君はそんなクズをビッグ・ウィスキーで見ることは無い。

全身傷だらけになったマニーは、這いながら店の外へ出たところをキッドとネッドが助けた。
町の外れの隠れ家で看病されたマニーは三日間意識が戻らなかった。
3日後マニーの看病に、顔を切られたデライラがやって来た。
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デライラはキッドとネッドがただで娼婦達と遊んでると語り、マニーもどうかと誘った。
しかし、マニーは亡くなった妻が忘れられないと、その申し出を断った。

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マニーが回復し、3人は賞金首の1人デービー・ボーイが、荒野で牧場の仕事をしているのを見つけた。
ライフルの名手ネッドがデービー・ボーイを狙うが、ネッドはトドメを刺すことができない。
ついには、俺は撃てないと言った。
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その後を受けて、マニーがライフルを取りデービー・ボーイを射殺した。
ネッドは、すっかり落ち込み、カンザスに帰ると言い去った。

その頃、デービー・ボーイ殺害がリトル・ビルに知らされ、周辺地域が探索される中ネッドが捕られた。
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リトル・ビルは、ネッドの背を鞭で打ち、残り2人の情報を拷問で聞き出そうとするが、ネッドは口を割らない。

ネッドの事を知らないマニーとキッドは、牧場に隠れていたクイック・マイクを発見し、トイレに入った彼を急襲しキッドが仕留めた。
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そして二人は娼婦の1人から約束の賞金を受け取るが、ネッドがリトル・ビルに捕まり「なぶり殺し」にされた事実を知る。
そして無残な姿で、今は酒場の前に晒されていると知った。

その話を聞き、マニーは妻と出会ってから断酒していたウィスキーを飲む。
そして、実はクイック・マイク殺しが初の殺人だったキッドが、ショックを受け、もう銃などいらないというのをマニーは受け取った。
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そしてマニーは、1人リトル・ビル達の待つスキニーの酒場に向かった・・・・・

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映画『許されざる者』予告

映画『許されざる者』出演者

ウィリアム・"ビル"・マニー(クリント・イーストウッド)/リトル・ビル・ダゲット(ジーン・ハックマン)/ネッド・ローガン(モーガン・フリーマン)/イングリッシュ・ボブ(リチャード・ハリス)/スコフィールド・キッド(ジェームズ・ウールヴェット)/W・W・ブーシャンプ(ソウル・ルビネック)/ストロベリー・アリス(フランシス・フィッシャー)/デライラ・フィッツジェラルド(アンナ・トムソン)/クイック・マイク(デヴィッド・マッチ)/デービー・ボーイ(ロブ・キャンベル)/スキニー・デュボイス(アンソニー・ジェームズ)/リトル・スー(タラ・フレデリック)/シルキー(ビヴァリー・エリオット)/フェイス(リーサ・レポ=マーテル)/クロウ・クリーク・ケイト(ジョジー・スミス)/ウィリアム・"ウィル"・マニー・Jr(シェーン・メイヤー)/ペニー・マニー(アリン・レヴァシュー)


関連レビュー:モーガンフリーマン、クリント・イーストウッド共演作品
『ミリオンダラー・ベイビー』
クリント・イーストウッド監督
オスカー受賞作品


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2017年10月16日

ヒッチコック映画『汚名』マクガフィンの秘密とは?/ネタバレ・解説・あらすじ・感想・ラスト

ヒッチコックのサスペンスの構造



評価:★★★★★ 5.0点



この映画「汚名」は、ケイリー・グラントとイングリッド・バーグマンというハリウッド2大スターの、全盛期の姿を堪能できます。
そしてまた、ヒッチコックのサスペンスを楽しむにも、いいバランスの映画で個人的に大好きな一本です。

映画『汚名』あらすじ


ナチスのスパイを父に持ったアリシア・ハバーマン(イングリッド・バーグマン)は、世間から汚名を着せられて生きていた。
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警察につけ回される毎日にあきあきして、開いたある夜のパーティで、彼女はデブリン(ケーリー・グラント )というアメリカFBI捜査官と知り合う。(右:私に、にやにや笑う紳士は嫌い。)
デブリンの目的は、南米で陰謀を企むナチ組織の情報を得ることで、そのため組織の首謀者セバスチャンを知っているアリシアに近づいたのだった。
デブリンの調査協力の申し出に、アリシアも同意し、2人はリオ・デ・ジャネイロに飛ぶ。
共に時間を過ごすうちに、2人の間に愛が芽生えた。
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しかし、デブリンは、上司プレスコット(ルイス・カルハーン)からの命令で、昔セバスチャン(クロード・レインズ)がアリシアに好意を持っていたのを利用し、FBIのスパイにする計画を告げられる。
愛し合うようになっていた、アリシアとデブリンはそれぞれ逡巡しつつも、任務に就く。
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アリシアは容易にセバスチャンとの接触に成功し、彼は彼女を恋するようになった。
そしてついには、セバスチャンとアリシアは結婚するが、セバスチャンの母(レオポルディン・コンスタンティン)は彼女を疑念の眼で見ていた。
そんな時、パーティが開かれ、アリシアは陰謀の証拠がある酒蔵の鍵を盗みデブリンに渡した。
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デブリンは目的の証拠を持ち出して邸を後にしたが、セバスチャンに悟られた。
アリシアがスパイであると分かれば組織から責任を問われるセバスチャンは、その後毒入りコーヒーをアリシアに飲ませ、密かに殺そうとする。
一方、瓶の中は原子爆弾の材料のウラニウム鉱で、その出所がどこなのかFBIは情報を求めた。
アリシアは衰弱しながらも、なおもウラニウムの出所を聞き出そうとするが、セバスチャンとその母による毒の投与により、体力は限界に近づくのだった・・・・・・・
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映画『汚名』予告

(原題 Notorious/製作国 アメリカ/製作年 1946年/上映時間 101分/監督アルフレッド・ヒッチコック/脚本ベン・ヘクト)

映画『汚名』出演者

T・R・デヴリン(ケーリー・グラント)/アリシア・ハバーマン(イングリッド・バーグマン)/アレクサンダー・セバスチャン(クロード・レインズ)/セバスチャン母(レオポルディン・コンスタンティン)/ポール・プレスコット(ルイス・カルハーン)/アンダーソン博士(ラインハルト・シュンツェル)


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映画『汚名』感想



この映画はヒッチコックの映画が持つドラマ=劇性の図式がスタンダードとして、表現されているように思います。
それは、その時代の大スターの演技によって、観客の感情移入を最初に促します。
観客の感情移入を促す例「映画史上に残るキスシーン」
【意訳】アリシア:いいホテルね。今晩ホテルを出るのは止めましょう。/デブリン:食事はどうしよう。/アリシア:ホテルで食べましょう。私が料理するから。/デブリン:料理は嫌いだろ。/アリシア:ええ嫌い。でもアイスボックスに鶏があるの。それで我慢して。/デブリン:後片付けは?/アリシア:指で食べましょ。/デブリン:皿も使わない?/アリシア:ええ、一枚はあなたで1枚は私。/デブリン:今夜は一緒に、ディナーを取ろう。/アリシア:嬉しい。どこへ行くの?/デブリン:今夜ここなら、ホテルにメッセージが無いか確認する。/アリシア:後じゃダメなの?/デブリン:必要なんだ。/アリシア:変わった愛の表現ね?/デブリン:そうだね。/デブリン:あなたは実は私を愛していない。/アリシア:変わった愛の表現ね?/デブリン:もしもしパレス・ホテル?数日泊まってるデブリンだが、何か伝言があるかな?でも、愛せなくなったら教えるよ。/アリシア:何も言わなくても態度で示しているわ。/デブリン:読んでくれ。(電話を置く)上司が直ぐ来いと言ってる。/アリシア:彼は何て?/デブリン:分からない。/アリシア:たぶん私達の仕事に関してね。/デブリン:たぶん。帰ってくるとき何か持ってくるよ。/アリシア:記念に上等なワインっていうのはどう?/デブリン:何時に戻ろうか?/アリシア:7時/デブリン:じゃあ後で。

この、キスシーンの華麗さはどうでしょう。さすがに映画史上に名を残すロマンチックな2分30秒です・・・・・・・・

このシーンは、当時のハリウッド映画の倫理規定ヘイズ・コードが、3秒以上のキスを禁止していたため、3秒ごとに会話を入れて中断したものでした。
またこのシーンを「ヒッチコック・トリュフォー映画術」という本の中では、たまたま列車の乗ってる時に見た恋人達がアイデアの元だと語られています。その恋人達は、彼氏が道端でオシッコをしている間もキスをし、言葉を交わしていたそうです・・・・・・・・


二大スターがとろけるように口付けを交わし続ける姿にうっとりします。
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さらに、それが途中で断ち切られることで、否が応でも観客はこの二人の恋を応援したくなるでしょう。

しかし、その後の非情な命令を聞き、見る者は二人の運命がどうなることかと心を傷め、ドラマの行方から目が離せなくなります。

こうして、スターに心奪われた観客に対し、そのスターが困ったり苦しんだりするところを見せつけ、見る者をハラハラさせるというのが、ヒッチコックの映画の構造のように思います。

映画『汚名』解説

「マクガフィン」

そのヒーロー、ヒロインを困らせる原因が「鳥」の鳥の襲撃であったり、「サイコ」の精神病だったり、「レベッカ」の死者だったり、この映画の「ウラニウム」だったりします。omei-hitti.jpg
つまり主人公達を困らせる「原因」が大事なのではなく、困っている主人公の「状況=シュチュエーション」が重要なわけです。
この主人公が困っている「原因」の事をヒッチ・コックは「マクガフィン」という言葉で説明しています。


上でも引用しましたが、ヒッチコックの映画についてフランスの映画監督フランソワ・トリュフォーがインタビューした、「ヒッチコック・トリュフォー映画術」という本があります(そのインタビューの記録を元に、後年ドキュメント映画になっています)。
「ヒッチコック・トリュフォー映画術」映画予告

関連レビュー:トリュフォーのラブレターのような本
『ヒッチコック・トリュフォー映画術』
ヒッチコックとトリュフォーが映画術を伝授
古典的映画の教科書

その本の中には、この映画『汚名』の「マクガフィン=ウラニウム」のせいでアメリカ政府機関(FBI)から取調べを受けたり、プロデューサー・デヴィッド・O・セルズニックと揉めたと語っています。

この時セルズニックに対して返した、ヒッチコックの答えこそ名言でした。
それは「(マクガフィンは)何でもいい」というものです。
その証拠に、あっさりセルズニックに「じゃあマクガフィンをダイヤにしようか?」と提案している位ですから・・・・・・・・
マクガフィン (MacGuffin, McGuffin) とは、何かしらの物語を構成する上で、登場人物への動機付けや話を進めるために用いられる、仕掛けのひとつである。登場人物たちの視点あるいは読者・観客などからは重要なものだが、作品の構造から言えば他のものに置き換えが可能な物であり、泥棒が狙う宝石や、スパイが狙う重要書類など、そのジャンルでは陳腐なものである。(wikipediaより)

そして、この「(マクガフィンは)何でもいい」という言葉こそ、ヒッチコックのサスペンスの秘密だと思うのです。

結局、主人公が困る状況が生まれるならキッカケはなんでもいいという意味であり、それは主人公が持った「危険な状況」とそこから「脱出」する姿のドラマを、その優れたストリーテーリングでスリリングに描けるという映画監督としての職業的自信だったに違いありません。

そんな、職業監督としての実力をまざまざと見せ付けたのが、ウラニウムを隠しているワインセラーの鍵を受け渡すシーンです。
ワインセラー鍵の受け渡しシーン


この圧倒的なサスペンスの語り口の上手さがあれば、ただの鬼ごっこも傑作にしてしまいそうです・・・・
そして、この「マクガフィン」というのは、英国出身のヒッチコック監督が母国のスパイ小説や探偵小説の伝統を引き継いだ物だと語ってもいます。
英国の冒険小説がイギリス上流階級の「暇つぶし」として作られたことから、どこか結論よりも過程を楽しむという性格を持つように感じます。
つまりは現実生活に満たされた貴族達にとってみれば「マクガフィン」が何であろうと、そこから発生するストーリーが退屈しなければ、それでいいということでしょう。

映画『汚名』解説

ヒッチコックとおとぎ話


実は物語として、この「マクガフィン」を使ったものは、物語、小説のスタイルとしては特殊な形式だといえると思うのです。
なぜなら、通常の物語においては、大多数は「マクガフィン」こそ主役です。
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例えばこの映画で言えば、「ウラニウム」がどういうもので、どんな力を持っているのかという事が、物語に迫力と真実味を与え、そして往々にして「テーマ=主題」になるのです。

その「ウラニウム」が強い力を持つからこそ、それを巡る戦いがスリリングなのです。
この「ウラニウム」の部分を例えば「殺人」「鳥の襲撃」「精神病」とした場合、なぜ殺人が行われたか、なぜ鳥の襲撃がされたか、なぜ精神病になったのかこそ、物語の「主題=テーマ」となる部分であり、その「主題」を語ることこそが物語るということでしょう。

そういう意味で、ヒッチコックの映画群はドーナッツのように中心にポッカリと穴が開いたような作品だと言えます。
そして、それは、繰り返しますが、英国上流社会が持つ現実の切実な「問題=テーマ」を持たない事の反映のようにも思います。

Film.jpgそんな「英国」の伝統的物語を引き継いだ、「テーマ」が空白なヒッチコックの映画は、重いテーマ性から自由になることによって、洗練と純粋なエンターティメントの力を手に入れる事を可能にしたのではないでしょうか。
しかし残念なことに、「テーマ」が空白であるがゆえに、ヒッチコックの映画はエンターティメント「作品」としてヒットしたとしても、テーマ性を重視する批評家から評価を受けられないという結果になったと想像するのです。


アカデミー監督賞を手に入れられなかったのは、そんな理由によるのではないかと感じられてなりません。
しかし実は、このドーナツ型の物語=「テーマの不在」は、主人公達のドラマ=葛藤・対立の理由が不明確であるという事実によって、観客にありとあらゆる解釈を可能にもします。

それゆえ、物語として無限の広がりを持つものです。
この物語の構造は「おとぎ話」と同様のものであり、そう思えば「おとぎ話」がそうで在るように、人々の無意識に訴える強い力を持つのだと、現代の精神分析家たちは教えてくれます。

そんな深い物語を作りながら、ハリウッドで低い評価を受けていたことこそ、この監督に着せられた「汚名」だと言えるでしょう。

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以降の文章に

映画『汚名』ネタバレ

があります。

衰弱した身で、必死のスパイ活動を続けるアリシアは、ある日一味のアンダーソン博士(ラインハルト・シュンツェル)が口にした言葉で、ウラニウムの出所の秘密を掴んだ。
使命を終えたアリシアだったが、もはや一人で歩くこともままならなかった。
そこに、彼女を心配したデブリンがセバスチャン邸を訪れ、アリシアを病院に連れ出そうとする。
セバスチャンはナチスの組織メンバーと謀議の最中だったが、気付いて二人を阻止しようとする。

映画『汚名』ラスト・シーン




映画『汚名』ラスト感想


ラストで、示された三角関係と、母親の息子に対する支配欲との綱引き。
さらには、組織の一員という公的な顔と、愛という私的な感情との矛盾。
このラストは実に人間関係の全ての要素を含んだ緊張関係が、まさにサスペンスとスリルに満ちて展開していると思うのです。


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posted by ヒラヒ・S at 17:27| Comment(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月14日

映画『シャイニング』スティーブン・キングの映画批判/解説・原作違い・キューブリックの恐怖とは?

『シャイニング』(原作違い・映画恐怖解説 編)



原題 The Shining
製作国 イギリス
製作年 1980
上映時間 119分
監督 スタンリー・キューブリック
脚色 スタンリー・キューブリック、ダイアン・ジョンソン
原作 スティーヴン・キング


評価:★★★★★ 5.0点



スティーブン・キング原作の『シャイニング』を原作とするこの映画は、しかし原作とはまるで別の世界観を持っていると感じます。
そこにあるのは、原作とはまるで別の世界観だと感じますので、文句を言いたい気持ちも分からないではないのですが・・・・・・・
しかしそこには、映像作家キューブリックが開いた、新たな「ホラー」の地平線があったように思います。

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『シャイニング』予告

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『シャイニング』出演者

ジャック・トランス(ジャック・ニコルソン)/ウェンディ・トランス(シェリー・デュヴァル)/ダニー・トランス(ダニー・ロイド)/ディック・ハロラン(スキャットマン・クローザース)/スチュアート・アルマン(バリー・ネルソン)/デルバート・グレイディ(フィリップ・ストーン)/ロイド(ジョー・ターケル)/医師(アン・ジャクソン)
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『シャイニング』予告

小説と映画の違い


この映画と原作の違いを抽出するにあたって、一番手っ取り早いのはスティーブン・キングの主張を聞くことだろう。

スティーブン・キングのキューブリック『シャイニング』批判
【大意】キューブリックのシャイニングは本当に問題だ。キューブリックは「君は同意しないだろうが、全ての幽霊物語は基本的に楽天的だ。もし幽霊が存在すれば、それは死を乗り切れることを意味し、それは基本的に楽天的な見方だろう?」と言った。
私は「でも、地獄をどう思うか?」と聞くと、キューブリックは電話口で黙り、彼は非常に硬く、異様な声で「私は地獄を信じない」と答えた。しかし、私自身は、幽霊は死を乗り越えるとしても、地獄に落ちると考えており、そう行動し、信じている者がいると考えている。そこからシャイニングは来ている。
小説のジャック・トラランスは複雑な性格で、霊や超常現象に怯えてはいるが、彼は基本的に共感でき、暖かい性格で、息子を悪霊から守る。対して、映画はあまりにも冷たい。スタンリーキューブリックは主人公を心霊現象として描いた。私は、その見解が基本的に違うと、見るたびに思う。私の小説ではホテルは火事になるが、映画ではホテルは凍りつく。それは暖かいか冷たいかという相違だ。
また映画のイメージはジャック・ニコルソンに強調され、廊下で彼のヒゲ面の狂った笑い顔が、"ジョニーが来たぞ"とアドリブで言うが、そのイメージが強すぎる。しかしそれは表面的なことで、それは私が書いたシャイニングの本質ではない。この映画は、まるで、美しいがエンジンがない車のようなものだ。

この動画で語られているように、スティーブン・キングは映画『シャイニング』に対して執拗に、何度も、批判を繰り返してきた。
以下にその論点をまとめてみよう。

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@地獄が存在するか否か。

Aこの映画が小説の「ウォーム=暖かさ=情」を持っていず、あまりに「クール=非情=冷酷」である。

Bこの映画は強烈な映像イメージが前面に出すぎ、小説の本質とかけ離れている。


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やはりこう整理してみれば、この映画と小説の相違は、世界観の相違に尽きると思う。
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スティーブン・キングの原作の持つ基調は、勧善懲悪にあり、西洋キリスト教文明に在って善とは神であり悪とは悪魔を指す。

それを反映し、原作では「悪魔=地獄の住民=悪霊」に犯されそうになる、主人公のジャックはアルコール中毒で、さらに家庭内暴力を振るうような弱い人間として描かれている。
その弱さゆえに、本来は「神の子=人間=善」である存在が、悪霊に乗り移られてしまうと描かれている。

それに対して、息子ダニーやハロランが持つ「超能力=奇跡」とは神の能力であり、それゆえ悪に魅入られたジャックから、ハロランはその力でジャックの家族を救うのだ。
また、原作では、最後に主人公ジャックがダニーを助けようとする姿も見られ、これは悪魔に支配された弱き人間が、神の恩寵で改悛したと見るべきだろう。

こう見てみれば、総じて原作のドラマツルギーは、古典的なゴシックホラーを基調としており、そのテーマを新しいデザインで表現したものだと感じる。

つまるところ、スティーブン・キングが上で言う、「ウォームさ」や「地獄が存在する」という主張が、キリスト教的な道徳観が原作の基調としてあることを裏付けていると思える。

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『シャイニング』予告

キューブリックの『シャイニング』


上で、原作が持つ世界観は、伝統的なキリスト教的道徳律により成立していると書いた。
それでは、キューブリック本人が「地獄の存在を信じない」と言い、原作者キングに「冷酷」な世界だと言わしめたこの映画は、何を表していただろうか・・・・・・・・・・・

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前提として言えるのは、本質的にキューブリックは、宗教を信じていないのだろう。

それゆえ、原作では大きな役割を果たした、ダニーとハロランの超能力は作品中であまり機能していない。
また、この映画でも良く論争になる、一体この主人公ジャックは狂気に陥っただけで、霊もジャックの妄想なのか判然としないという声もある。
この点に関しては、霊が映画内で存在していると思えるのは、ジャックが外から鍵を掛けられた倉庫に閉じ込められた時、幽霊のグレディーがその鍵を外すシーンが証明していると思う。
幽霊は存在し物理的な力さえ発揮しているのだ。
そう思えば幽霊は存在するが、しかし、この主人公はその悪霊達に乗移られたというより、自由意志で家族を襲っているように思える。

たとえば、この主人公に宗教心があれば霊に遭遇したとしても、地獄の住人に魅入られた自分を、神が救ってくれるという逃げ道があったろうし、それこそが、スティーブン・キングの小説の主張だったはずだ。

しかし、この映画の主人公はキューブリックの主張を反映して、そんな霊を地獄や神と関連して捉えることをしない、一種の近代的な合理主義を体現しているように思える。

そして、その合理主義者の前に、不合理な「非科学的=非理論的」な世界が展開された時、近代人がいかに衝撃を受け、崩壊し、パニックに陥るかを描き出した映画が、この作品であるに違いない。
shin-cubr.jpgつまりは、神の加護も、勧善懲悪も、すでに信じられない現代人が、この霊的現象に遭遇した姿こそ、この映画の主人公に他ならない。

だからこそ近代合理を打ち崩された、自分の似姿を映画に見出し、人々は恐怖に震えるのに違いない。

つまりこの映画に表された、理不尽な、不条理な現象を前に、恐怖を感じるという事実こそが、現代人が合理という枠組みの中で、どれほど硬直し脆弱になっているかを示す実例であるはずだ。

キューブリックはその近代合理を否定するのに、言葉に依らず「感覚的=本能に近い」映像メディアを用いたからこそ、観客を無防備なまま不条理へと放り込めたのだろうと思わずにいられない。

関連レビュー:スタンリー・キューブリックの映画
『フルメタル・ジャケット』
キューブリックのベトナム戦争映画
戦争の非人間性を問う


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