2014年09月04日

フライド・グリーン・トマト

青いトマトに蜜の味



評価:★★★★ 4.0点

この映画の題名「フライドグリーントマト」は、青いトマトに蜜で下味をつけて、揚げるそうです。
まだ青い果実の酸味と、蜜の甘さが相まって、甘酸っぱい青春の味なんて想像したりします。

老婦人(ジェシカ・タンディ)が語る、第一次世界大戦前の南部の田舎町の昔語と、それを現代で聞く中年女性(キャシー・ベイツ)の様子が、フラッシュバックの形で展開されます。

その昔話を聞くうちに、この中年主婦が夫や世間に対して続けてきた忍従の生活から、自立に向けて歩みだすという物語です。
実際、主婦に扮するキャシー・ベイツの顔が最初くすんでいるのに、徐々に明るく美しくなるっていくところなんて芸が細かいなと思いました。

この主婦を力ずけた老婦人の話とは、閉鎖的で差別のある時代に敢然と差別に立ち向かうボーイッシュな女性=イジーの話でした。
イジーは、その幼馴染の夫の暴力に苦しむ=ルーシーを救出し、共にレストランを経営し、黒人や、大恐慌で苦しむ難民など、虐げられた人々を助け、KKKに襲われても自らの意志を曲げない、強い意志を持って生きていきます。


しかし、実はこの映画で語られている登場人物達は、どこかしら虐げられたり傷を持ったりしてる人たちに思えるのです。

例えば、主人公のイジーは愛する兄を事故で失い、自らを憧れの兄に模して「男」として生きている様に見えます。

もう一人の女性ルーシーは、結婚するものの夫の家庭内暴力に傷つき逃げてきた過去があります。

そして現代のキャシー・ベイツ扮する中年主婦も、映画内で語られる「子供部屋をいつまで残しておいても」という言葉から、子供を喪っていて、その結果として摂食障害になり、また夫や世間から虐げられても当然という心境になっていると、勝手に想像しました・・・・

そう思えば、この映画の女性達は女性であることによる、社会的な痛みや偏見を、その身に負っているように思うのです。

そして、このジェンダー(社会的性の役割)を乗り越えてお互いに同姓同士で助け合う事で、社会から自立するという、抵抗の物語のように思います。

その女性であるがゆえの、苦難に立ち向かう登場人物の姿が感動的です。

作中で明確に語られていないのですが、この映画のイジーとルースが「同性愛=レズビアン」の関係にあったのでは無いかと疑っています。

もし「同性愛」を視野に入れれば、「女性の自立」だけでなく「マイノリティ=少数者」の自立という部分も生まれてくるでしょう・・・・・・しかしその反面、観客の共感を得にくいようにも思えます・・・・映画として難しい所かもしれません・・・・

映画としての完成度は高いと感じていますので、小さな傷に過ぎませんが・・・・・
じつは、この映画は同じように、明確な説明がない部分があって、その不明確さに対してマイナス☆0.5です。


この映画の題名「フライドグリーントマト」は、青いトマトに蜜で下味をつけて、揚げるそうです。
まだ青い果実の酸味と、蜜の甘さが相まって、甘酸っぱい青春の味なんて想像したりします。

そしてまた、青い果実に蜜を塗るイメージは、性的な暗喩を個人的には感じたのですが・・・・・・・



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posted by ヒラヒ・S at 21:21| Comment(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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