2014年10月11日

アバウト・ア・ボーイ

「何不自由もない」ことの不自由



評価:★★★★ 4.0点

結婚している男性が言う「離婚する!もう我慢できん!」

えっと・・・・
それはともかく、かわいい小品という感じのこの映画。
大きな事件や、世界を揺るがすような陰謀が描かれるわけではないのです。
しかし、小さな世界のサザナミもそこ住む人達にとって見れば、シリアスな問題だということがシミジミと分かります。

主演のヒュー・グラントも、相変わらず「のらくら」したオヤジっぷりで責任を取らない大人キャラを自然に演じています。
なにせ親の遺産で悠々自適に暮らし、誰もかかわらず一人で家にいるとなれば、これはもう「ニート」と呼ぶべきでしょう。

こういう、お金があって生きるに困らないんだけど、なんか不充足というのは先進国に共通の「ニート」普遍化現象といってもいいのではないでしょうか。
つまるところ人間は、生きるに困らなければ嫌なこと苦しいことはしませんという、自明の事を証明しているのでしょう。

で、この映画です。
主人公は今の生活に不足を感じているわけでは在りません。
でも、充実感を感じてもいないというのがちょっと不満という・・・・・まぁ贅沢なんですが、人間なんてそんなもんでしょう?


結婚している男性が言う「離婚すれば、俺は好き放題し放題、カミサンの顔色を気にする必要なんてなくなる!」


ま〜それはそれとして。
義務を持たない中途半端な男の、なんとなくツマンナイの話ですけど・・・・・
その主人公に転機が訪れるのは、12歳の冴えない少年と出会ったからです。
またこの少年も、このままいきゃ〜未来が明るいとは決していえないジミな感じがナカナカ良いです。
いずれにしても、この少年にしたところで生き死にの問題というよりは、現状をちょっと良くしたいという問題の質だと思えます。


結婚している男性が言う「カミサンがいなければ、好きなだけビール飲んで!女の子と遊んで!」


ま、ちょっとホッといて・・・・・

この映画で描かれる、現代の不充足の本質は結局もっと良く生きたいという願いなのだろうと思います。
しかしこの望みこそ、現代において最も困難な望みではないでしょうか。
なぜなら、苦しくて困っている人がその状態から良くなるのは簡単ですが、生きるのに不自由なく勝手気ままに生きてる人が、それ以上良くするというのは相当ハードルが高い物に違いありません。


結婚している男性が言う「ホントにシアワセだろうなぁ!でもなぁ・・・・・」
おや?ちょっと様子が?


そんな高いハードルの飛び越え方の方法が、この映画に描かれているように思います。


結婚している男性が言う「でもなぁ・・・・・医者が言うんだよ・・・・ヒトは、重力じゃないけど、ストレスがあってちょうど上手く機能するように出来てるって」

お〜?

なるほど、そうです。
そう〜なんです。

つまり何不自由が無い、ノーストレスの、苦労が無い状態の人間は、実はシアワセになれないのではないでしょうか。
この映画で、この主人公が少年と関わりを断ち切らなかった、ストレス状態を保持したことで幸福の道を発見したように。
もうこの飢えが無い先進国においては、飢えに代わる何らかの債務を、人生を生きる上で担わなければならないという、提言であるように思いました。

結婚している男性が言う「カミサンがいなきゃ結局だめってことかぁ・・・・・」

そのようですね。
この男性と、がんばって生きてる現代人にこの言葉を送ります。

「人の一生は重き荷を背負いて遠き道を行くがごとし、 いそぐべからず、 不自由を常とおもへば不足なし」
徳川家康さんからのプレゼントでした。



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posted by ヒラヒ・S at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | イギリス映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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