2014年10月18日

私の中のあなた

命を巡る殺人と嘘



評価:★★★★ 4.0点

原題「My Sister's Keeper」がこの映画の本質を、全て表わしているように思います。

この原題は直訳して「姉のための予備」という意味にとれば、そのままこの映画の状況を告げる物です。

白血病の姉のため、その両親が「ドナー=献体者」となりうる妹を遺伝子操作をした上で出産するという物語です。
特に母親は自分の病気の娘を助ける為に可能な限りの努力を重ねるのですが、そのためもう一人の娘を不幸にしてしまうその矛盾が見えなくなるほどのめり込んでいます。
妹は自分が姉のスペアであることを知りながら育ち、大好きな姉を助けたいという気持ちと、自分が姉よりも愛されていないという悲しみを抱えて生きています。
そしてついに、娘は母親に対して反乱を起こしますが、その隠された理由とその行方は如何にというストーリーです。

そしてまた、この原題は旧約聖書のカインとアベルの一節"Am I my brother's keeper?"から取られているとすれば、アベルが嫉妬のために弟カインを殺すという挿話を背景にもつことになります。
この一文は、人類初の殺人が兄弟の嫉妬=愛憎によって起こったこと、そして人類初の神に対する嘘が愛憎ゆえの殺人の罪を逃れるためだったことが、語られています。

この映画で語られるのも命を巡って行われた、殺人と嘘の物語のように思います。

医療が発達していない時代にあっては、この映画で語られる妹のような存在(遺伝子操作による出産)はありえなかったでしょう。
その本来自然状態では有り得ない命の生成は、そもそも人が作った命を巡る嘘だと考えられませんでしょうか。
例えば、原理的なキリスト教徒の宗派では避妊や輸血さえも命を不自然に扱うものだと考えるようです。

しかしこの映画で示されるように、愛と情があれば少しでも命を永らえるために努力せざるを得ないでしょう。
この作中では家族全てがお互いを愛しているという設定の中で、それなりにハッピーエンドという結末になっています。
でも、実際に命がかかった状況においては、憎しみのほうが強くなるのではないでしょうか。
そうなった時にはこの映画のストーリーはまるで別の物になって、例えばそして誰もいなくなったというエンディングすら想定したくなります。
それゆえ★一つ減じさせていただきました。

つまりこの映画で語られる、命を巡って繰り広げられる人為的な操作と、本来の生命の在りようとの間のギャップという「嘘」は、愛情ゆえに更に強く激しく人を縛ることでしょう。

本作品のように誰かの命を犠牲にしてでも、誰かの命を助けるという選択はそんな「嘘」の究極のように思うのです。

その鬼のような選択をせざるを得なくなる母親役を演じた、キャメロン・ディアスが出色です。
また、監督 ニック・カサヴェテスは厳しいテーマと娯楽性の比率が絶妙で、一気に見せる力があります。

人類にとっての命の行方を考えさせる、秀作だと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最もiPS細胞の技術的応用が進めば、この映画のような悲劇は無くなるのではないでしょうか・・・・・・研究者の皆様には頑張っていただきたいと、心から応援しております。



スポンサーリンク


posted by ヒラヒ・S at 23:12| Comment(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]