2014年11月03日

ヒッチコック「汚名」

ヒッチ・コックの「マクガフィン」



評価:★★★★★ 5.0点

この映画「汚名」は、ケイリー・グラントとイングリッド・バーグマンというハリウッド2大スターの、全盛期の姿を堪能できます。

そしてまた、ヒッチコックのサスペンスを楽しむにも、いいバランスの映画で個人的に大好きな一本です。
この映画はヒッチコックの映画が持つドラマ=劇性の図式がスタンダードとして、表現されているように思います。
それは、スターによって観客に感情移入を促し、そのスターが困ったり苦しんだりするところを、観客がハラハラしながら見守るという構造のように思います。

そのヒーロー、ヒロインを困らせる原因が「鳥」の鳥の襲撃であったり、「サイコ」の精神病だったり、「レベッカ」の死者だったり、この映画の「ウラニウム」だったりします。

つまり主人公達を困らせる「原因」が大事なのではなく、困っている主人公の状況=シュチュエーションが重要なわけです。
この主人公が困っている「原因」の事をヒッチ・コックは「マクガフィン」という言葉で説明しています。

ヒッチコックの映画についてヌーベル・バーグの監督トリュフォーがインタビューした「ヒッチコック・トリュフォー映画術」という本の中で、この映画「汚名」の「マクガフィン=ウラニウム」のせいでアメリカ政府機関から取調べを受けたり、プロデューサー・デヴィッド・O・セルズニックと揉めたと語っています。
それに対する、ヒッチコックの答えとは「(マクガフィンは)何でもいい」というものです。

結局、主人公が困る状況が生まれるならキッカケはなんでもいいという意味であり、それは主人公が持った「危険な状況」とそこから「脱出」する姿のドラマを、その優れたストリーテーリングでスリリングに描けるという映画監督としての職業的自信だったに違いありません。

さらに言えば「マクガフィン」というのは、英国出身のヒッチコック監督が母国のスパイ小説や探偵小説の伝統を引き継いだ物です。
英国小説がイギリス上流階級の「暇つぶし」として作られたことから、どこか現実の痛みを持たないように感じます。
つまりは現実生活に満たされた貴族達にとってみれば「マクガフィン」が何であろうと、そこから発生するストーリーが退屈しなければ、それでいいということでしょう。

実は物語として、この「マクガフィン」を使ったものは特殊な形式だといえると思うのです。

通常の物語とは「マクガフィン」こそ主役です。

例えばこの映画で言えば、「ウラニウム」がどういうもので、どんな力を持っているのかという事が、物語に迫力と真実味を与えるのです。
その「ウラニウム」が強い力を持つからこそ、それを巡る戦いがスリリングなのです。

この「ウラニウム」の部分を例えば「殺人」「鳥の襲撃」「精神病」とした場合、なぜ殺人が行われたか、なぜ鳥の襲撃がされたか、なぜ精神病になったのかこそ物語の「主題=テーマ」となる部分であり、その「主題」を語ることこそが物語るということでしょう。

そういう意味で、ヒッチコックの映画群はドーナッツのように中心にポッカリと穴が開いたような作品だと言えます。
そして、それは、繰り返しますが、英国上流社会が持つ現実の切実な「問題=テーマ」を持たない事の反映のようにも思います。

そんな「英国」の伝統的物語を引き継いだ、「テーマ」が空白なヒッチコックの映画は、重いテーマ性から自由になることによって、洗練と純粋なエンターティメントの力を手に入れる事を可能にしたのではないでしょうか。

しかし残念なことに、「テーマ」が空白であるがゆえに、ヒッチコックの映画はエンターティメント「作品」としてヒットしたとしても、テーマ性を重視する批評家から評価を受けられないという結果になったと想像するのです。

アカデミー監督賞を手に入れられなかったのは、そんな理由によるのではないかと思うのです。

しかし実は、このドーナツ型の物語=「テーマの不在」は、主人公達のドラマ=葛藤・対立の理由が不明確であるという事実によって、観客にありとあらゆる解釈を可能にもします。

それゆえ、物語として無限の広がりを持つと思えるのです。
この物語の構造は「おとぎ話」と同様のものであり、そう思えば「おとぎ話」がそうで在るように、人々の無意識に訴える強い力を持つのだと、現代の精神分析家たちは教えてくれます。

そんな深い物語を作りながら、ハリウッドで低い評価を受けていたことこそ、この監督に着せられた「汚名」だといえるでしょう。


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posted by ヒラヒ・S at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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