2014年11月11日

初恋の来た道

近代の通った道



評価:★★★★ 4.0点

チャン・ツィーが瑞々しい魅力に満ちている。
この少女が初恋に落ちたのは、劇中のカレンダーから1950年頃である事が分かる。

中国の1950年代とは、日本軍を駆逐して、共産革命がなり毛沢東が中国を導いていた時代である。
それは中国にとって長い冬の時代を抜けて、ようやく春を迎えた時期でもある。

そんな若々しい時代の心の動きを「初恋」に仮託し、その華やいだ景色を「チャン・ツィー」に象徴したように思える。

実際、世界史的に言っても1950年代というのは二度にわたる世界的戦争を経て、新たな世界体制が確立していく時代であった。
この世界を巻き込んだ大戦は、多大な犠牲を払いはしたが、結局「旧世界」の社会・経済・法律・政治などが「新世界」の秩序に生まれ変わる為に、必然的に持たざるを得ない衝突のようにも思えるのだ。

それゆえ衝突が終息したのち、世界は新たな息吹を勝ち得たのだ。

たとえば、この映画の中でも語られるように自由恋愛というものが、1950年頃には希有な事件であった。
そしてこれは、ただ中国だけのことではなく、日本や他のアジア各国においても、欧州においても、程度の差こそあれ最も「恋愛結婚」の比率が高かったアメリカでさえ、基本的には自由恋愛というよりは制度として「結婚」があったと見るべきであろう。

結局のところ、人類史の長きにわたって「結婚」とは社会を構築するための「制度」としてあった。
結婚して親となって一人前と言われたのは、「結婚」という「家族の単位」を構築していかなければ、社会が成立し得なかったためである。
例えば、かつて子だくさんだったのは基本的には、子供というのが労働力として重要だったからにすぎない。
つまり、結婚とその結果としての社会構成員の増加が、社会的な生産力を増大させたのである。

こう整理して来れば「結婚」とは「権利」であるより「義務」としてあったと了解されるはずである。

その「義務としての結婚」が「権利としての結婚」にと移行していくには、上記の「生産性と結婚制度」の間の連環が断たれ、個人が自由意思において「結婚」を選択できる社会とならねばならない。

実際上、その制度的な破壊は「恋愛」の力や「自由」に向かう意思など、崇高な精神に基づく力というよりは、単純に一つの要因によっていたと考えられる。

その要因とは、生産性の向上=「経済力」である。

つまり生産性が高くなれば、少人数でも社会を構成する事が可能となり、必然的に「結婚」という制度によって社会の維持を成さなくとも良い。
こうして、生産力の増大が社会制度としての「結婚」を変革せしめたのである。

そして、この1950年代こそ戦争により破壊された世界を再建するために、地球規模で経済活動が活性化された時期だったのである。

そういう意味でこの映画は、人類全体が獲得した「経済力」が、人々に「自由」と「愛」をもたらしたという喜びの姿を鮮烈に捉えていると思うのである。

なんて事を、共産中国が生み出したこの映画を見たならば「マルクス」は言うでしょうか・・・・・・・

しかし思えば、今はいろいろ揉め事もあるけれども、全世界ミンナで破壊から少しずつ幸福に向かって歩いてきたんだな〜と・・・・・・仲良くしようよ。

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posted by ヒラヒ・S at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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