2014年11月19日

あなたへ

惜別の日本男子



評価:★★★★ 4.0点

俳優高倉健が没した。
享年83歳だったという。
その軌跡は日本映画の衰退期にあって、一人日本映画の孤塁を死守したというべき生涯だった。

デビュー当時の『網走番外地』シリーズ、『日本侠客伝』シリーズ、『昭和残侠伝』シリーズは、戦後日本の男達の社会的不条理に血みどろで抵抗する姿を描いて、左翼右翼問わず熱狂的な喝采を浴びた。
さらに下って、社会が安定し高度成長時代に入ってからは、TVに主役を奪われた映画界にあって『新幹線大爆破』、『八甲田山』、『南極物語』など、映画だからこそ可能なスペクタクル作品の主役として堂々たる演技を見せた。
そしてまた『幸福の黄色いハンカチ』、『鉄道員(ぽっぽや)』、『居酒屋兆治』などの作品を通じて、高倉健という俳優の持つ佇まいの説得力で、時代時代の男達の理想型を表現してきた。

そして、その「男の形」は高倉健と同年代の男性のみならず、高倉健に己れを仮託した団塊の世代にも強い影響力を持っていたように思う。
やはり希有の俳優であり、映画スターとしては絶後の存在であるだろう。

そんな高倉健の遺作となった『あなたに』ににも、日本の男達の姿が鮮明に顕されているように思う。

この映画で語られるのは「妻を亡くした男」の姿だ。

この映画全編を通して、愛する者を失ってしまった人間の哀しみが胸を打つ。
愛するものから我が身と心を離していく行為は、痛切な思いを呼ぶ。

しかし、この映画にはそれだけでない、日本の男達の特殊性も描かれてはいまいか。
たとえば主人公のその心境は、劇中で俳人山頭火になぞらえられている。
すなわち「漂泊」である。
高倉健の年代の男達にとっては、妻に先立たれてしまえば根無し草のように、漂うしかないのだという事に気づかされる。

そしてまた、あらゆる年代の劇中に描かれた男達。
家を捨てた男。
妻に裏切られた男。
そしてもう一人の妻に先立たれた男。

結局この男達は、妻という支えがないが故に漂わざるを得ないのだと語られてはいまいか。
それは老年夫婦を演じる長塚京三・原田美枝子の、落ち着いた充足した生活と対比を成すものだ。

そう思うとき、この映画で描かれた日本の夫婦関係は、夫がいかに妻に依存しているかという事実を示している。
死んだ妻が、自分の死後に夫の精神的自立を促すために、手を貸すなどというのは、コッケイにすら感じられる。
しかし、実際過去に日本の男達が敗戦後の焦土から、奇跡の復興を成し遂げる為には、妻たちの忍従と献身なしには有り得なかった。

つまり、高倉健がかつて演じた男の中の男とは、妻の、母の、日本の女達の支えがあってこそ成立した。
そんな昭和の妻たちは、名目的には『妻』だが実質は『母』としと在ったように思える。
外で元気に遊ぶ子供たちを、優しく見守る母親の心情が『妻』たちに在ったであろう。

そう思えば、この映画で高倉健が辿る旅とは、母を求める旅路であったろう。
日本の男が男であるためには、『妻』という名の『母』を必要とし、その『母』を喪失する事がどれほどの衝撃を持ち得るのかが表わされている。

そして図らずも『妻=母』に対する依存を描いたこの映画は、日本の戦後を支えた本質が何であったのかを証明していると思う。

昭和を背負って立った高倉健の遺作として、見事に昭和を総括し得た映画だと感じる。
彼の残した「男の栄光」を描いた作品の残照として、哀切な余韻を残す映画ではないだろうか。
それはまるで、男が男でいられた昔に、惜別を告げているように思える。

高倉健という俳優人生の終焉としても、完璧な句点として在るように思われる。
その魂の安らかならん事を・・・・・・・・



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posted by ヒラヒ・S at 21:00| Comment(0) | 日本映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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