2015年03月10日

アニメ映画『AKIRAアキラ』ジャパニメーションの革命者/あらすじ・感想・解説・評価

アキラの衝撃=「マンガから実写映画への越境者」

英語題 AKIRA
製作国 日本
製作年 1988
上映時間 124分
監督 大友克洋
脚本 大友克洋・橋本以蔵
原作 大友克洋



評価:★★★★★ 5.0点

いきなり手塚治虫の言葉から始めるのもナンだが・・・・・・

「アキラなんて全然新しくないでしょう。未来なのに現代と変わらないし、僕だったらもっと未来風景をいろいろ想像して画くな」と仰せだった(マンガの神様はホント負けず嫌いだったんです)・・・

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アニメ『AKIRA』ストーリー・あらすじ

1988年7月、東京が消滅する爆発が発生し第3次世界大戦が勃発した。終戦後の2019年、廃墟となった東京は、ネオ東京として再生されていた。
そんなネオ東京をバイクで疾走する暴走族は、職業訓練学校の生徒の金田たちのグループだった。
しかし、道路上に突然現れた白髪の子供に驚き、グループの一人鉄雄は事故を起こす。
その子供は軍の管轄下で進められていた秘密研究の被験者、タカシ(26号)だった。
その超能力の発現能力を持った特殊なエスパーは、キヨコ(25号)、マサル(27号)と、もう一人超絶的な力を持つアキラ(28号)という子供がいた。アキラの超能力は制御不能なため、冷凍カプセルの中で眠らされていた。

そして鉄雄は、現れた軍に連れ去れてしまう。そして鉄雄も同様に被験者となり、超能力を発現させた。
その能力は徐々に増大していき、ついには自らコントロールができないほどになり、その力に呼応しアキラをも共鳴させうるほどだった。

そうとは知らない金田は、偶然出会った反政府ゲリラの少女ケイと協力し、鉄雄を救うべく軍の施設に侵入する。しかし鉄夫は、すでに金田の言葉に従う存在ではなくなっていた。止める金田やキヨコ達の制止を振り切り、研究施設をその超能力で崩壊させ、外へと飛び出した。
そして元の仲間達を襲い、金田らと敵対関係になった。

そして金田は、アキラが封印されているオリンピックの会場建設場に向かった。
それを追って、軍、金田、反政府ゲリラ、超能力者、政治家、謎の宗教団体をも巻き込んで、闘いが繰り広げられた。そして、ついに鉄夫はアキラを呼び覚ました・・・・・・・・

アニメ『AKIRA』予告



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アニメ『AKIRA』感想・解説



モチロン手塚治虫のこの作品に対する評は、誠に正しい。
ストーリーも漫画的構造もキャラクターも、かつてのSFマンガの焼き直しだと言われてしまえば、真っ向から否定の声は発し難い。
しかし、手塚治虫になくて大友克洋にある、ただ一点においてこのマンガ は圧倒的な表現力を持ち得た。

それは画力、もっと細かく言えばその3次元を2次元化する上での、卓越したパースの力である。

この優れたパース画の力が、映画で言うFXやCGと同様の、マンガという仮想世界に圧倒的なリアリティを付け加えた。
例えば手塚治虫の生み出した数々の新しい世界観、例えば「アトム」の持つ未来世界が現実味を持って、見る者に伝えることが可能になったのである。

また大友克洋の絵に特徴的なこの優れたパース力は、なるほど、フランスのマンガ家「メビウス」の画風のマネにすぎないと言われるかもしれない。

しかし、この模倣者はやはり「メビウス」にない力を持っていた。

それは、日本マンガの伝統的な力、どんなジャンルの物語をも語れる「日本のマンガ様式」である。これはひとえに手塚治虫から始まるマンガ界の遺産に立ったものだ。
 本家「メビウス」が、その物語としてのバリエーションに幅がないのは、それだけの様式を持ち合わせないゆえである。

これまでの事から大友克洋の「マンガ」が「メビウスのパース画」と「日本マンガの様式」に多くを負っており、手塚治虫の言葉を借りれば「新しい要素はない」ということになる。

しかし、そうだろうか?

「組み合わせ=コンビネーション」の力こそ、芸術にとっての推進力だった。音楽にしても、絵画にしても、例えば他ジャンル(哲学、文学、科学)などの要素を導入したり、多文化(日本文化、アフリカ文化等)を取り入れることで表現の幅を広げてきたのである。

したがって、大友克洋の「マンガ」がその組み合わせによって、どれほどの表現をマンガおよびアニメに加えたかが重要になると思うのだ。

そう考えたときこの「アキラ」は、アニメとして表現されることで端的に「マンガの世界観」を「実写化」するための橋渡しをしたのではないか。
正確なパース画とはそのまま3次元の形を意味することを考えれば、実写映像はすぐ隣にある。

そういう意味で「日本のマンガ世界」を実写化する、またリアリティーのあるイメージを、見る者に与えることに成功した。
その表現世界が現実世界とリアリティを共有することで生まれた、「虚構世界」は「マンガ=アニメ」というジャンルを超越し、「サイバーパンク」の世界観として波及し、そのイメージは他ジャンルにまで及んだ。

 ある「文化的ジャンル」が他の文化ジャンルに影響を与える事を「文化革命」と呼ぶのは大げさに過ぎるだろうか・・・・・

この「アニメ」が「マトリックス」など実写映画の世界観に影響を与えたのは周知の事実だが、それ以上に「日本マンガ」を核とした文化的越境の道筋をつけた事にこそ、賞賛を贈りたいと思うのだ。

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アニメ『AKIRA』サントラ



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アニメ『AKIRA』ネタバレ・ラスト



鉄雄はついにアキラの封印を開いたが、その実体はバラバラにされた脳神経だった。
軍はその超絶能力を解明するため全身切り刻んでいたのだ。
そんな鉄夫の体が暴走を始めた。その超絶的な力が、自らの体をも変容させた。
そんな鉄夫を金田や、キヨコ、タカシ、マサルが止めようと闘いを挑む。
鉄夫の体はますます肥大し、世界を覆い尽くそうとしていた。

その時キヨコら3人はアキラを甦らせ、鉄雄を全く別の宇宙へと連れ去った。
そしてネオ東京は再び白光に包まれ崩壊した。
そのネオ東京を、生き残った金田やケイが疾走した。

そこに、キヨコ、タカシ、マサルの声が響く「でも、いつかは僕らにも・・・・」「それはもう始まっているからね」
そして、もうひとつの声が―
「僕は鉄夫」


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ラベル:大友克広
posted by ヒラヒ・S at 22:59| Comment(0) | アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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