2015年05月01日

松田優作「野獣死すべし」

ヒーローを拒否したヒーロー



評価:★★★★   4.0点

人というのは困ったもので、最初にインプットされたデータ―に、良くも悪しくも引きずられる。
個人的には「野獣死すべし」の姿は、原作の小説において揺るぎなく確立していたらしい。そのイメージを払拭するまでに映画視聴5〜6回のリロードを必要とした。

逆に言えばそれほど、原作とはかけ離れていたという事だ。

結局この映画は、松田優作が演技者として「ヒーロー」となり得るかが眼目だっただろう。

少し言葉が足りていないのだが、「野獣死すべし」の前年に主演した「蘇る金狼」は、アクション・スター松田優作が「ヒーロー」を演じる事でヒットした。
しかし、文学座に在籍した硬派の演技者としての欲望に抗えなくなった松田優作は、もう自らをスターダムに押し上げた、煌びやかな「アクション・スター」として存在したくなかったに違いない。

それゆえ、この「野獣死すべし」では狂気を演じる事で役者としての、松田優作を表現した。
その演技は鬼気迫るもので、見る者に強い衝撃を与え得るものだ。

しかし、同時に「スター」として「ヒーロー」として呼ぶべき対象としては、成立し得ていないように感じる。
スターでありヒーローであるというとき、世間大衆の「憧れ」として存在せねばならないだろうが、この映画の演技は故意にその期待を裏切ろうとしたように見える。

そして、これ以降、松田優作は役者としての純度を上げる方向に進み、ついに「スター」の座に戻ろうとはしなかった。(以降の作品からすれば唯一、遺作の「ブラック・レイン」でヒーローの香りを感じえるが・・・・)

振り返ってみれば、この映画は松田優作にとっての分岐点になった。

しかしそれ故でもあろうか、商業映画としての成功と演技者としての満足の両者を追い求めたが故に、個人的にはエンターテーメントとしては力がなく、芸術作品としては演技の過剰さが物語から遊離しているように感じられた。

やはり、どっちつかずの過渡的な作品と見なさざるを得ない。

もちろんそれでも松田優作の持つオーラだけで★四つは十分あるので、ただのなんくせではある。
ついでに、さらにないものねだりを重ねさせていただければ・・・・・・

原作、大藪春彦の「野獣死すべし」は戦争によって己を作らざるを得なかった少年が、兵士のまま平時を戦い抜く物語だ。そこに描かれているのは、戦争の狂気を統べて現在を復讐の為に生きる鬼神である。

対してこの映画の主人公は、ベトナム戦争に従軍したカメラマンであり、その戦場の光景にショックを受けた、単なる「錯乱者」に過ぎない。そんな現代のヒヨワナ坊ちゃんを演じたところで、やはり深い表現には達し得なかったと思うのだ。

仮に、この原作小説の本質をそのまま表現し得たならば、鬼気迫る人物像とその戦いの相乗効果により、商業的な要請と芸術的な完成度の高さを、共に満たせたのでは無いかと夢想するのである。

そんな松田優作の「伊達邦彦」・・・・・・みたかったなぁ。

関連レビュー・大藪春彦「野獣シすべし」:http://hirahi1.seesaa.net/article/418193122.html

スポンサーリンク



posted by ヒラヒ・S at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/418242747

この記事へのトラックバック