2015年07月18日

ジギー・スターダスト

トリックスターとしての吟遊詩人



評価:★★★★★  5.0点

かって吟遊詩人という歌い手達は、放浪しつつ町々で、歴史的事実やある人物に関する叙事詩を歌い上げた。
デビッドボウイは、吟遊詩人である。
このアルバムではジギ―という異星人ロックスターについて、その栄光と没落の歴史を語りかける。

またトリックスターと呼ばれる、秩序を撹拌し同時に新たな秩序を創造する役割を担うものがいる。
デビッドボウイはトリックスターである。
彼は、架空の人物の歴史を唄うだけではなく、自らが架空の人物になって演じてみせる。

こうする事で彼は現実の存在と虚構のキャラクターの境界を超えて、演技者=パフォーマーとし観衆の前に姿を現す。
その結果「デビッド・ボウイ」という歌手自体が、虚構世界の幻想が実体を持って、現実世界に現れたように見えはしまいか。

そしてしばしば、幻想の中に在るイメージは、人々の意識の底に在る原初的な情動に形を与えた物だと言う。
この人々の無意識に眠る、まだ具体的に名づける事のできない欲求に、形を与える者こそトリック・スターであろう。
しかし、この虚構と現実のカオスの中で、最終的に見る者の欲望の化身として典型を示す者は、現代にあっては「アイドル」と呼ぶべきである。

このアルバムでデビッドボウイは、架空の己をアイドルとして作り上げることに成功した。
そのキャラクターの選択も、その選択に対応したボウイのビジュアルとコスチュームも、そして虚実をないまぜにした言動もアイドルの成立に寄与した。

この1980年代とは、科学と冷戦のせめぎ合いの中で不安と希望が渦巻き、いつか核戦争によって世界が破滅するのではないかとの予兆の中で、無意識のうちに救世主が求められたという社会状況と呼応する物であったかもしれない。

もちろん、人類史の中でも最も懐疑的な時代=現代にあって「私が救世主だ」と言えば冷笑に迎えられるに違いない。
それであればこそ、デヴィッド・ボウイのトリック・スターとしての資質が功を奏したのである。

しかしこの「トリック・スター」が持つ真価は、その虚実入り混じった外見や、そのコンセプトのユニークさもさることながら、その歌声のどこか人工物めいた高音域がもつ、人の無意識を掻き回す訴求力に在ると感じる。

彼のその声が美しく鳴り響く時、一見チープなキャラクターとその世界設定に圧倒的な説得力を与え、その虚構世界のリアルな救世主たりえたのだ。

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posted by ヒラヒ・S at 14:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ロック音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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