2015年09月10日

川の底からこんにちは

ゆけ!平成『スポコン』娘!!



評価:★★★★   4.0点

いや〜ワロタwww。
ケッコウべたな設定に、熱血的な解決で、ハナシとしてはオールド・ファッションな感じですが、コメディーって言うのは保守的な設定の方が生きるモンデス。
しかもこの映画のように、シチュエーション・コメディーであればなおさら、べたな古臭いジミーな貧乏たらしい救いの無いドンヅマリのこれでもかというタタミカけが、笑いを生みだすでしょう。

この主人公、駆け落ちして田舎から出てきて、男に騙されてというあたり、昭和の演歌の香りさえ漂う。
しかもその状況の対策が、ひとえに耐えて、熱血でがんばるというのも、かつての肝っ玉かあさんを見るようだ。
その、耐えていつか花咲く的な主人公に引っ張られて、冷めていた周囲もいつしか引きづられて、共に栄光を目指すというのも「スポ根」ものの常道だ。
つまりこの映画は、日本のドラマの伝統に則ったベーシックな作品だと思うのである。

そもそも、日本における「物語」は大別すれば二つに分かれる。
一つは平安貴族に端を発する王侯貴族の優美な物語だ。
「源氏物語」に代表されるような、生き死にに関わらない、どうでもよい話であるがゆえに美しくはかない物語だ。
もう一つは、武士階級の伝統に則った、武道・士道の物語だ。
この目標に向かって、艱難辛苦を耐えながら、自らを厳しく律するストイックな物語こそ「スポ根」の源流であるはずだ。
そしてまた、その自らを高める一点に向かって全身全霊をこめる「スポ根」の姿とは、貧しい日本を復興させた高度成長期の男たちの似姿だったろう。
たとえば「巨人の星」の星飛雄馬にしても、「明日のジョー」の矢吹ジョーも、はたまたポケモンの「さとし」にしても、遮二無二に自らの望む方向に暴走するだけだ。
それら主人公がなした一種はた迷惑な暴走行為は、「仕事のため」という錦の御旗を盾に、妻や子を置き去りにした団塊の男たちを英雄として描いたものだったろう。

しかし、この映画の主人公を演じる「満島ひかり」の姿は、かつての「スポ根」の主人公とは決定的に違っている。
それは、自らを客観視し、過大評価をしていないところだ。
つまりは周りが見えて、その中で自分の力の至らなさを自覚しつつも、自分の置かれている状況が、遮二無二「スポ根」に向かわせてしまう運命にあるということだ。
その状況とは、この映画の中で言えば、死にそうな父親であったり、父に捨てられた娘であったり、主人公が関わるどうしようもない男であったりする。
つまりは、父ちゃんがだらしないから母ちゃんがガンバルみたいな「よいとまけの唄」状態が現出しているのだ。

結局、この映画における「スポ根」が笑いを、それもどこかシニカるな味を帯びているのは、昭和の男たちの負の遺産が産んだ格差「中の下」の女が、高度成長期の男たちの真似をしなければ、現代日本が立ち行かないという皮肉を表しているからに他ならない。


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posted by ヒラヒ・S at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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