2016年11月29日

『ファイト・クラブ』アナーキズムを描く映画のネタバレ・ラスト

デヴィッド・フインチャーの人工世界の勝利



評価:★★★★★  5.0点

いきなりだが、日本の歴史の転換点には、往々にして外圧が存在した。
朝鮮半島における白村江の敗戦によって大和朝廷の中央集権化が進み、鎌倉幕府の崩壊には元寇があり、江戸幕府の終焉は黒船の来航が引き金で、明治以降の日本の歴史とは端的に外圧にどう対処するかの足掻きだったろう。

結局外圧とは、安定した社会を壊す混乱の元凶であり、同時に旧態依然の形骸化した社会を変革する原動力でもあるだろう。

faght-club-soap.png
この映画は、そんな安定し同時に変革が求められた「存在」が、「破壊」をテコにして変革を起こす物語だと感じた。

そんなこの映画は、間違いなく傑作だ。


ファイト・クラブあらすじ


主人公(エドワード・ノートン)は、自動車会社の保険査定を任務とするサラリーマン。ノルウェイ製の高級家具に囲まれたエリートだったが、ここ数カ月は不眠症に悩んでした。そんなストレスが、病気や中毒で苦しむ者の「支援の会」で、緩和されることに気づく。そんな時、やはり「支援の会」に入り浸る、マーラ(ヘレナ・ボナム・カーター)に出会う。
そんなある日、出張先の飛行機で主人公はタイラー(ブラッド・ピット)と知り合う。出張から帰ってくるとアパートの部屋が爆破され、途方にくれてタイラーに電話する。タイラーは泊めてやるから、自分を殴れという。お互い殴り合う日を重ねる内に、次第に見物人が増え、ついには観客も殴りあいに参加しだし、タイラーは「ファイトクラブ」の設立を宣言する。
また、タイラーはエステサロンから盗んだ人間の脂肪を加工し、石鹸を作って売っていた。同時にその材料で爆弾も製造できるのだった。そんなタイラーはマーラを呼び出し、激しくお互いを貪りあった。「ファイトクラブ」はますます会員が増え、全国に支部も創設された。今やクラブは殴り合い以外にも、騒乱とテロを目的として組織化された。タイラーはついにビルを爆破する計画を立て、実行に移す。そんなタイラーを阻止しようと主人公が走り回るが、そこには驚愕の事実が隠されていた・・・・・・・

(アメリカ/1999年/139分/監督デイヴィッド・フィンチャー /脚本ジム・ウールス/原作チャック・パラニック)

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ファイト・クラブ感想

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この映画の、美しさと、危うさ、アナーキズムのパワーをどう表現すべきだろうか。
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ここに描かれたエドワード・ノートンが演じる主人公の、現代社会で生きることの実感の希薄さが印象的だ。

この主人公が、さまざまな病苦や中毒者のサークルに参加し「他者の痛み」を通じて、自らの生きているという実感を我が物としているように思える。

更にはもっと直接的に殴り合いという暴力によって、自らが生きている事の実感を得ようとしてもがく姿は、痛々しくすらある。

つまりここで語られる主人公の姿とは、生物としての必須要素「命」を喪う危険を犯して、自らが生きているという実感を得ようとする姿だったろう。

BraPi-FightClub-Body.jpg
その「命」の象徴が、強い生命力に満ち溢れたブラッド・ピット演じるタイラーの姿だったろう。

彼は、パワフルでセックスアピールに満ちたカリスマで、エドワード・ノートン演じる主人公とは、真逆の存在だ。

ここで、整理すればタイラーの役割は人工的に構築された現代社会を、生物としての野生を持って覆そうという試みだ。

対して、主人公は人工世界の犠牲者として苦しむ存在であり、この映画のラストで救われる存在として描かれたように感じた。

何故なら、このラストシーンは現代文明下で持ち得ない、「生の実感」を獲得しうる唯一の方法は現実世界に満ちた痛みなのだと語っていると、個人的には解釈していた。
Faight-club1.jpg
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以降

ファイトクラブ・ネタバレ

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しかし、そんな考えに疑問を持ったのはエンドロールを見ている時だった。
Fight-club-end.png

そのエンドロールのエドワード・ノートンの役名が、ナレーターとなっていたのだ・・・・・・

fight-club-pos.jpg
ナレーターとは映画の物語を説明する存在であり、つまりは 「映画=虚構内」の一部をなすものだ。

つまりは、タイラーの存在とは虚構内でも現実の存在として位置付けられるのに対し、このナレーターとはもう一段虚構的な存在なのである。

そもそも、この一見二重人格の物語は、登場人物の誰が「虚」で誰が「実」かは、この映画の中では曖昧で不明瞭だ。

私はヒロイン・マーラーのみが実像で、残りはその虚像として男二人が在るという可能性も考えたほどだ。

映画としての「虚実の枠組み」が不徹底であるので、どうにでも解釈できる中で、私が最も気に入った解釈を書かせて頂こう。

エドワード・ノートンの役がナレーターという「映画の一部」を構成していることから、この映画で語られた二重人格の物語は――
エドワード・ノートンの虚像としてタイラーがあるのではなく、タイラーという現実存在の虚像として、エドワード・ノートンの演じるナレーターが存在すると考える事もできる。
Fight-Brapi.png
こう捕らえれば、タイラーが生命力に満ちたカリスマで在るわけが解る。
彼は、映画内で現実の存在だったのだから。
faight-club-norton.jpg
対するナレーターは、タイラーが夢見たもう1人の自分であり、最終的にタイラーの野生を打ち負かした者だ。 

彼は、映画という名の虚像であり、タイラーの虚像だった。

その意味を探って見れば、野生の反対に位置する者、つまりは人工世界の代表者だと言える。

そう捉えたとき、タイラーの暴力的で野蛮な野生のアンチテーゼとして、このナレーターは虚弱で知性的な空想物として存在している。

そして、ラストにおいてタイラーの死とナレーターの生命の獲得が描かれるのだ・・・・・

つまりこの映画の語るのは、閉塞した現代文明の再構築を、冒頭で語った、歴史上で繰り返されてきた暴力と破壊に依らずに成そうという試みではなかっただろうか。

再構築にあたって、閉塞した文明社会を一度破壊しなければならない点で、この映画はアナーキズムを語っている。
faightclub-3.jpgしかし、その混乱を生じせしめる手法としての暴力を、タイラーの死によって明瞭に、否定している。

代わって示されたのは、文明社会を破壊するもうひとつの方法の提示だったように思う。

即ち、旧文明の基礎をなす社会概念の破壊であり、新たな文明概念の創出をなすことだ。

例えば、古代文明がキリスト教世界観で、書き換えられたように、キリスト教世界観が、神は死んだという「唯物論」により大混乱に陥ったように、人工的な概念、理想が、暴力と同様の衝撃を旧弊な文明にたいしアナーキスティックな効果を発揮し得るのだ。


つまりこの映画のラストで語られたのは、タイラーの代表する暴力的なアナーキズムの死であり、ナレーターという人工世界の概念・理念による旧文明の批判的再構築なのである。
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「ファイト・クラブ」ラストシーン
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<意訳>
マーラー:自分で撃った?/
ナレーター:ウン。でも大丈夫だ。マーラー僕を見て。本当に大丈夫なんだ、信じて。まったく快調なんだ。
(ビルが爆発する)
ナレーター:僕の人生の中でとても奇妙な時に、君は立ち会ったね。

この奇妙な時とは、ナレーターという人工的な存在がタイラーを倒し、実体化する過程という意味だろう。

このナレーターとマーラーは、「人工的な虚構=世界観・理想」を梃子に破壊せしめた旧文明の瓦礫の上に、新たな文明を築き上げるべきアダムとイブなのだと、花火のように崩壊するビルと、瞬間に明滅する男根によって、アナーキズムとエロスの内に告げている。

『ファイト・クラブ』エンディング・テーマ
この曲も暴力性とリリシズムを湛えて感動的、ピクシーズの歌う「フェア・イズ・オン・マイ・マインド」


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posted by ヒラヒ・S at 17:59| Comment(4) | TrackBack(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いや〜この映画は最高でしたね!BD持っています(´∀`)
自分のマイベストの一つ!★5で嬉しいです!
Posted by いごっそ612 at 2016年11月29日 18:08
>いごっそ612さん
ありがとうございます(^^)傑作でしょうね〜以降のただダマセバ良いという以上に、この映画には魂が籠っているように思いますm(__)m
Posted by ヒラヒ・S at 2016年11月29日 18:53
こんばんは〜観てないのですよね💦まだ( ̄▽ ̄;)これは観たい!じいちゃんがこの映画観て死んだのはせめて・・・と思いました(笑)←笑ってはいけない。ああ石鹸だったんですね。
Posted by ともちん at 2016年11月29日 19:42
>ともちんさん
ありがとうございます( ̄▽ ̄;)おじいさまがこの映画観てお亡くなりになったというのは感動的です・・・遺言ならぬ遺映画ですね・・・私も余命数日といわれたら、この映画を見るのは間違いないでしょう・・・・でも、最後に一本だけと言われたら・・・難しい(^^;
Posted by ヒラヒ・S at 2016年11月29日 20:35
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