2017年02月11日

映画『太陽の帝国』スピルバーグ少年の見た夢・ネタバレあらすじラスト・意味

軍国少年の行方



評価:★★★   3.0点
この映画はスピルバーグ監督にとって、初の戦争ヒューマンドラマとなった。
それまで、SFや冒険活劇という徹底したエンターテ−メントでヒットを飛ばしてきたスピルバーグが、この前作1985年の『カラーパープル』で黒人差別を描いたシリアスなドラマを撮り、「スピルバーグのオスカー狙い」だと揶揄された。
しかし、結局『カラーパープル』はノミーネートはされても、受賞はできず―
そして、この作品ということになるのだが・・・・・・・・

太陽の帝国あらすじ


日本軍による上海事変を目前にした、1941年クリスマスの上海。英国租界の裕福な家庭で育った英国少年ジム(クリスチャン・ベール)は、パイロット、それも日本の「零戦」パイロットになるのが夢だった。だが運命の日、ジム一家は日本軍が怒濤の如く上海市街に進攻してきた混乱の中で、家族は波止場を目指し、砲弾、銃声の飛び交う中、逃避行を開始した。しかし、雑踏に呑まれ両親と離ればなれになってしまったジム。彼は租界に戻り、自分の家やその周辺の住居で食料を見つけ食いつないでいたが、ついに1人で租界から出て生きていかなければならないと覚悟する。上海市街をさ迷い歩くうちに、飢えに苦しむジムを救ったのは、ベイシー(ジョン・マルコヴィッチ)とフランク(ジョー・パントリアーノ)のアメリカ人コンビだった。しかしある夜、ジムら3人は日本軍に捕まり、捕虜収容所へと送られる。収容所では両親の友人・ヴィクター夫人(ミランダ・リチャードソン)と出会うが、ジムら捕虜たちは蘇州の収容所へと移されていく。そこではローリング医師(ナイジェル・へイヴァース)から、最後まで生き延びるのが勝利だと教えられる。ジムは日々成長していき、アメリカ捕虜棟のボス格となったベイシーの雑用係として収容所内を忙しく走り回る。日本軍収容所長のナガタ軍曹(伊武雅刀)にも近づき、少しでも多くの食料を受けようとする。そんな時、フェンスを挟んで、空を飛ぶことに憧れる日本人少年(片岡孝太郎)と出会う。時は過ぎ1945年、米空軍ムスタングが収容所を急襲し、戦争は終わろうか思われたとき、ジムは他の人々とともに南島(ナンタオ)まで移動。その途中、ヴィクター夫人も亡くなる。一瞬、東の上空に妖しくも美しい閃光が走った。それは長崎に落とされた原爆の光だった。遠く中国でそれを見ながら、ジムは一人上海を目指し歩きだした・・・・・

(原題 Empire of the Sun/製作国アメリカ/製作年1987/151分/監督スティーヴン・スピルバーグ/脚本トム・ストッパード/原作J・G・バラード)

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太陽の帝国・感想・解説

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<スピルバーグとアカデミー賞>

実を言えば、1981年の時点で「私はアカデミー賞を獲れないだろう」と発言したとされるスピルバーグだが・・・・・・・

Film.jpg
アカデミー賞を巡る悲喜こもごもは数あれど、ディカプリオや、ヒッチコック監督に匹敵する迷走の一端がこの映画には刻まれている。


その思いはこの映画による1987年アカデミー再チャレンジも、結果から言えば、アカデミー賞にノミネートはされるがオスカー像は手にできなかった。

そして実を言えば、この映画の最大の問題は「アカデミー賞」を取ろうと、力が入りすぎたことだったろう。

『カラーパープル』で感触を得たスピルバーグは、更に人間ドラマを強くし、更に舞台を壮大なスケールで描けばイケると思ったのだろうが―


しかし映画というのは難しいもので、物語が必要とするベストバランスの表現量と言うべきものがあって、足らなくとも、過剰でも、見る者の心に届かない・・・・

そんな事実を反映して、この映画は制作費$38,000,000―に対し$22,238,696―の収益しか上げられなかった。
実質的には制作費の半分位しか回収できなかったと言うのは、相当のショックだったのではないかと心配になる。

この映画は、収益でも明瞭なように世間から高い評価を受けていないのは、結局この映画が作られた目的が「アカデミー賞」のためだったからだと思わざるを得ない。

しかし、この過剰な151分は、もっと良くなる映画だと感じるし、もう一度編集しなおすだけで素晴らしい作品に生まれ変わるのではないかと想像する。
そう思うと、つくづく「アカデミー賞の魔力」とは映画人を狂わせる力を持つのだろう・・・・・
1994年アカデミー賞授賞式『シンドラーのリスト』監督賞受賞スピーチ

【大意】プレゼンターはクリント・イーストウッド:たぶん、長時間、心配している5人だろう。私はプレゼンターの権利を得てここにいるが―(言葉を忘れて)誰か教えてくれ、俺にはプロンプターが必要だ。候補者は(紹介ビデオ)では、オスカーの行方は・・・・ビッグサプライズだ!スティーヴン・スピルバーグ
【スティーヴン・スピルバーグ・スピーチ大意】実際の話、僕の友達はもう獲得してるんだ。でも誓うけど、これまでに持ったことはないから、これが初めて僕の手に触れたオスカーだ。(シンドラーの映画ができたのは生存者 Poldek Pfefferbergのおかげだと紹介し、関係者に対する感謝の言葉が続く)今夜ここにいる、妻に感謝したい。昨年の冬92日間に及ぶクラクフ(ポーランド)で、私を助けてくれた事に対して礼を言います。そして、ここにいる私のおかあさん、彼女は私の幸運のお守りです。私はとても、とても、愛しています。そして10億人のTVの視聴者と、TVを見れない600万(ホロコースト犠牲者)の人々に、ありがとう。

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<太陽の帝国のオススメの見所>


なんだかんだいってもスピルバーグ作品。
スケール感と場面の絵作りの力は必見の価値がある。
しかし、物語として伝わりづらいのは、第二次世界大戦といえばナチスドイツや旧日本帝国を「悪」として、その悪に抵抗し闘う「正義」というパターンが多いのだが、この映画はそういう単純な対立になっていないからである。

たとえば、この少年はイギリス人だが「零戦」に憧れる少年だ。
少年が零戦に出会うシーン

そしてその思いは、日本の捕虜収容所で、苦しい生活を強いられても変わらない。
つまりこの映画の中の日本軍とは単純な敵ではない。
それは、少年と特殊な関係を築く、ジョン・マルコヴィッチ演じるアメリカ人捕虜ベイシーも同様だ。

結局この映画における日本軍と、ベイシーとは、この少年が生きるべき世界そのものなのである。
それは大自然が奪いもし与えもするように、その少年を取り巻く「環境との格闘」こそが生きるということだという事実を示していただろう。
empire-boys.jpg

そして、最も高い環境順応力を持つものこそ少年であり、それゆえ主人公の少年は軽々と楽しげに収容所内の現実に適応してみせるのである。

つまりこの少年は英国租界でキリスト教的な倫理で生き、両親と離れてアメリカ人ベイシーに合理主義・商業主義を埋め込まれ、収容所に入って日本軍のもと憧れと恐怖を学んだはずだが、その全てを消化し適応して見せたという事実だ。

そのことが語るのは、個性が粘度のように可塑性を持つ少年期においては、人は何物にもなれると言う可能性を表すものだろう。

つまりはもう一人の少年、日本の軍国少年と同様に、周囲の大人が与えた環境によっては軍国主義者にも易々となりうるのだという証明がここで描かれたものではなかったか・・・・・・・・・
そう思えば戦時下の少年達はどれほどの歪みを持ち得るかを想像すべきだろう。



つまり、たった12〜4年程度で、周囲の大人はその少年を悪魔にも天使にも変ええるのであろう。

結局この映画の日本軍とベイシーが表すのは、大人が作り出す環境を象徴する存在であっただろう。

そして、少年にとってはその少年の周囲だけが世界の全てで、善悪が未確定な精神的な発達状態にあれば、両親がイギリス人のクセにと怒っても「零戦」に憧れを持つように、強いもの、美しいものに、無条件で魂を奪われるものだろう・・・・・・・・・・
P-51!空のキャデラック
零戦好きの少年はアメリカの戦闘機P-51のファンでもある。
更に、英国人医師との対話で混乱を露呈する。

少年ジム:P-51!空のキャデラック!P-51!空のキャデラック(攻撃シーン)/ローリング医師:ジム!屋根から下りろ!ジム!(屋根で)ローリング医師:座れ!座るんだジム!/少年ジム:P-51!何て美しい!俺は触った、俺は触った、すぐ上を飛んでいった。匂いをかいだ、オイルと火薬。/ローリング医師:病院を手伝ってくれ!病院を!/少年ジム:あの滑走路は作るのを手伝ったよね。俺たちも死んだら、他の人みたいに滑走路の下に埋められるんだ。だから俺たちの滑走路だ!/ローリング医師:日本軍の滑走路だ!ジム!あまり考えすぎるな!たくさん考えるのは止めろ!/少年ジム:(泣きながら)両親の顔を覚えていない。お母さんとブリッジをしたのに・・・・お母さんが髪を梳くのを見ていた・・・ダークヘアーだった

この少年は、もはや自分が何物かも不明確だ。
EMPIREOFTHESUN-pos.jpg
日本人と同一視してみたり、P-51に憧れたり、イギリス人としてのアイデンテティーはすでにない。

しかし、それでも環境が求める形に、自分を柔軟に変化させ適応させていく、優れた能力が備わっている。
それは同時に必要とされる自分に自ら変化をする存在だといえる。

つまり人とは、どれほどの悪人であろうと、どれほどの偉大な人物であろうと、少年期の周囲の環境に適応した結果なのであると、この映画は語っているのである。

世界の不幸と混乱も、幸福と栄光も、全て少年の日の集積でしかないとリリカルに描いた映画だと信じる・・・

じつはこの主人公の姿を見ながら、スピルバーグの少年時代を思った。

宇宙を夢見、映画に耽溺して少年時代を経て、そして偉大なフィルム・メーカーに成長したのだろうと想像した・・・・・・

そしてスピルバーグの映画を見た少年達がまた夢を紡ぐのである。

この映画のもう一人の少年クリスチャン・ベールは成長して『バット・マン』になった。
地道に成長し続けてきたのだな〜という保護者目線の感慨を持ちます。

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以降

太陽の帝国ネタバレ

を含みますので、ご注意下さい。
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戦争は終わりもう一度無人の捕虜収容所に戻るジム少年。
そしてジムは日本人少年と再会し言葉を交わすのだが、ベイシーの仲間によって日本人少年は撃ち殺されてしまう。
泣き叫び憤りをぶちまけるジムは、もう一度少年を生き帰らそうとする。


ジム:原子爆弾。空を覆った白い光は神が写真を撮ったようだった。僕は見た・・・・・・・・・僕がもう一度生き返らせ・・・・誰でも・・・・・僕が生き返らせる・・・・・・/ベイシー:ジム、俺はお前になにを教えた?/ジム:ああ!分かってる!一つのジャガイモのためになんでもする/二人のアメリカ人:(笑って)そいつと3年も一緒に?/ベイシー:ジム行こう父親のところに、一日3度食べてプール付きの―

このシーンとは終戦によって環境が激変し、必死に適応してきた少年達にとって、生きるすべを失ったに等しい「世界の崩壊するような衝撃」を象徴するようなシーンである。
多かれ少なかれ戦時下の子供達に共通の意識だったのではないか。
ジム少年は、自分を創った戦争状況下の少年時代を蘇らせようとするが、それは再び復活し得ないのは明らかだ・・・・・・・・・
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太陽の帝国ラストシーン

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やがてジムは戦災で身寄りが見つからない子供の集まる施設で、両親と数年ぶりの再会をする。
しかし彼は両親の顔も何も覚えていないほだった。

全ての大人は子供だった。
全ての子供は大人の環境によって形成される。
今が子供達にとって良いのかと、大人達は常に問いかけねばならない・・・・・・・・

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posted by ヒラヒ・S at 20:45| Comment(4) | TrackBack(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは( ゚Д゚)こんな映画があったんですね〜しかもスピルバーグ監督とは。おもしろそうですけどね(笑)マルコビッチさんが出てるのが驚きです。
Posted by ともちん at 2017年02月11日 22:56
スピルバーグが「私はアカデミー賞を獲れないだろう」と発言していたと・・ヒットメイカーもそういう時期もあったのですね。
しかし、リスチャン・ベールのカメレオンぶりが凄いっすね。マシニストの激やせっぷりは圧巻でしたね〜。
Posted by いごっそう612 at 2017年02月12日 07:09
>いごっそう612さん
ありがとうございます(^^)
ヒット作をどれほど作っても、芸術性がないので「私はアカデミー賞を獲れないだろう」と発言していたようです。
それで、ドラマをしっかり語れるように試行錯誤が始まったということですね・・・・・アカデミー賞は作家を変えるという好例かとm(__)m
Posted by ヒラヒ・S at 2017年02月12日 11:05
>ともちんさん
ありがとうございます(^^)スピルバーグ監督の日本軍とイギリス少年との物語です・・・・。悪くないんですが、長い(笑)マルコビッチメインキャストです。
Posted by ヒラヒ・S at 2017年02月12日 11:12
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