2017年06月18日

『戦場にかける橋』実話を元にした日本軍捕虜収容所/感想・解説・実話・死の鉄道

『戦場にかける橋』(感想・解説 編)



原題 The Bridge on the River Kwai
製作国 アメリカ
製作年 1957
上映時間 162分
監督 デイヴィッド・リーン
脚本 デイヴィッド・リーン、カルダー・ウィリンガム
原作 ピエール・ブウル

評価:★★★★  4.0点



この映画は、クウェー川にかかる日本軍の橋を、英国軍捕虜が作り上げる物語です。
史実を元としておりますが、当時の映画産業のコンテンツとして、万人向けに口当たりを良く描かれており、 ‎「泰緬鉄道=死の鉄道」という実態とはかけ離れているようにも思います。
この映画は、第二次大戦後初の「反戦映画」ではないかと思います。
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『戦場にかける橋』予告


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『戦場にかける橋』
感想


この映画には、3ケ国の人間が主要人物として現れます。
最初に現れるのは、アメリカ兵の捕虜、ウィリアム・ホールデン演じるシアーズで、彼は墓を掘りながら死者からライターをくすね、日本兵との交渉材料として、うまく立ち回ります。
次に現れるのは、イギリス軍の捕虜の指揮官、アレック・ギネス演じる二コルソン大佐です。
かれは、誇り高く、自らの信念を曲げない男として描かれます。

そして、そのニコルソン大佐と対峙するのが、日本軍捕虜収容所長、斉藤大佐です。
卑怯者条項

【意訳】(士官も働けと言い)佐藤:捕虜囚人は道具を持て。/ニコルスン:ブラッドレー戻れ。斉藤大佐、注意を喚起したい。ジュネーブ協定第27条には"交戦国がその捕虜を使役する時は、士官を除き・・・・"/佐藤:本をよこせ。/ニコルスン:英語は読めますか。/佐藤:君は日本語が読めるか?/ニコルスン:いえ読めませんが、得意な者に訳させます。規則にある通り―(殴る)皆、列に戻れ。/佐藤:私に規則の解説か。何の規則だ!卑怯者の規則だろ!我が武士道の規則を知っているか。貴様に指揮官の資格はない!/ニコルスン:文明国の規則に従わないなら、あなたの命令に従えない。士官の労役は拒否する。/佐藤:そうかな。全捕虜は作業にかかれ。/ニコルスン:曹長皆を現場に先導せよ。/曹長:道具を持て。

上のシーンのあと、佐藤はニコルスン達を営倉(懲罰牢)に入れ、屈服させようとします。
更には、脅したり、すかしたり、怒り、あらゆる手を使った果てに、遂には佐藤はニコルソンに屈服し、泣きます。
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Kwai-pos1.jpgこのイギリス映画にあるのは、イギリス軍の誇り高さと、日本軍の残虐性と一種の稚拙さ、アメリカ軍の狡猾さが描かれているように思います。
このアメリカ軍の描き方は、シアーズが捕虜収容所から脱走することも含め、なんとなく義務を放棄し利益だけを得るという雰囲気も感じられたりします。

それは、第二次世界大戦後に明確になった、大英帝国の没落と、アメリカ合衆国の興隆の姿が反映されていると思えてなりません。
苦闘を続けたイギリスから見れば、後から参戦しながら結果的に一人勝ちとなったアメリカに対し、どこか納得いかない、そんな思いがこの映画にも見え隠れしている気がします。

しかしそんな皮肉な見方をしなければ、この映画の主軸は敵同士であるイギリス軍と日本軍が、対立を超え橋の建設という共通目的に向かい、相互理解に向かうと見るのが自然だと思います。
相互理解の象徴シーン
【意訳】斉藤:美しい/ニコルスン:ああ、美しい。いい出来上がりだ。想像以上だ。/斉藤:素晴らしい建築だ。/ニコルスン:私は明日で28年に渡って戦争と平和の間にいた。その間、家にいたのは10ヶ月もないだろう。いい人生だったと思う。インドを愛している。その人生に悔いはない。だが時として、ある日人生が終わりに近いと気付き、人生の最終的な意義を考えることがある。何か意味があったかと。結局、何の価値もないのではないかと。他の人生だったらどうかと。それが健全な考えかは分からない。しかし時として競争心から他の者と較べてみたりした。でも今夜、今夜は(指揮棒を落とす)しまった。戻らなければ・・・・兵達が余興を準備しているらしい。

この物語で描かれたのは、例えばホロコースト映画にある戦争犯罪を糾弾するという論調ではありません。
むしろ、たとえ敵味方に分かれていたとしても、協力して建設的な関係を築けるはずだという、人類愛と調和を謳ったストーリーだろうと感じます。

そして、同時にそんな人類愛の理想を打ち砕く狂気こそが戦争なのだと語られていると思います。
そういう意味では、第二次世界大戦後初の「反戦映画」だと思います。
またその「反戦映画」がイギリスによって作られたのは、戦争によって疲弊し世界の盟主から滑り落ちた、大英帝国の本音だったのではないでしょうか・・・・・・

関連レビュー:反戦映画の名作
『ジョニーは戦場に行った』
四肢を喪いベッドに横たわる兵士の悲劇
ダニエル・トランボ監督

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『戦場にかける橋』解説
早川雪舟、アレック・ギネス


この映画には、日、英の2大俳優が出演しています。
一人はイギリスの名優、アレック・ギネス。
アレック・ギネス(Sir Alec Guinness, CH, CBE、1914年4月2日 - 2000年8月5日)は、イギリスの俳優。
演技に興味を持つようになり、オールド・ヴィック・シアターの舞台に立つようになった。第二次世界大戦後に本格的に映画に出演し始め、1964年には舞台『Dylan』でトニー賞を受賞。イギリスきっての名優として知られるようになった。『The Horse's Mouth』でヴェネツィア国際映画祭 男優賞、『戦場にかける橋』でアカデミー主演男優賞を受賞。1980年には名誉賞も受賞している。また、『アラビアのロレンス』のファイサル王子や『スター・ウォーズ・シリーズ』旧3部作(エピソード4〜6)でオビ=ワン・ケノービ役を演じたことでも知られている。
アレック・ギネス賞賛動画

第52回アカデミー賞・名誉賞受賞シーン
【ダスティン・ホフマン紹介スピーチ大意】
アレック・ギネスに関し生まれ育ちを語り、俳優としての経歴を語る。舞台を見た、デヴィッド・リーン監督が映画「大いなる遺産」に起用し、数々の映画に出演。この1、2週間彼の映画をみたが画家のような演技者だと感じた。ローレンス・オリヴィエは5つのキャラクターを持てと言ったが、アレック・ギネスは他の方法を証明する。大いなる名誉を感じながら紹介する(作品名を連呼し)彼の仕事を愛しているといいギネスを呼び込む。

【アレック・ギネスのスピーチ意訳】
紳士淑女のみなさん感謝いたします。そしてホフマンさん、多大な惜しみない言葉と君の広範な調査作業に、感謝します。五週間前にアカデミー協会からこの名誉に関し電報で伝えられ、その衝撃から回復するのに時間がかかりました。しかし、私の驚きと喜びがこんなにも続くと思いませんでした。皆に感謝する時間はないが、監督、脚本家、そして我が人生を幸福にしてくれた、若い頃のヒーローだった素晴らしいハリウッドスターを含めた、役者仲間に感謝します。
ご承知だろうか、47年前演劇の学生だった頃、私は恐るべき女教師から"映画技術"という授業を受けた。そして、彼女は4フィートの大きな四角い木枠と共に登場し、我々の顔の前に置きクローズアップだといった。そして、その時彼女は吠えた。恐怖を、歓喜を、絶望を見せろと。
そして、すぐに笑いや他の二つも、仲間の生徒と学んだ。その時、騙されたようなものだが、映画のキャリアーを重ねるにつれ、結局、賢い方法は何もしないことだと知った。それから、多かれ少なかれそうしてきた。
私はこれは詐欺行為だと思うが、私の表情に何も浮かばなくても、私は親愛なる暖かい心遣いと大きな親切に感謝しています。そして、もう一度ダスティンに感謝します。これを持てて良かった。感謝します。お休みなさい。


そして、日本出身のサイレント時代からのハリウッドの大スター。
早川雪舟。

早川 雪洲(はやかわ せっしゅう、海外名:セッシュー・ハヤカワ(Sessue Hayakawa)1886年6月10日 - 1973年11月23日)は、日本の俳優。1907年に21歳で単身渡米し、草創期のハリウッドで映画デビューし一躍トップスターとなり、彼はアメリカとヨーロッパで主演男優としてスターダムにのし上がった最初のアジア系俳優。ハリウッドで最初の男性セックスシンボルの1人になって、晩年の『戦場にかける橋』(1958年)でアカデミー助演男優賞にノミネートされるなど半世紀以上にわたって活躍した国際的映画俳優。
早川雪舟・賞賛動画

早川雪舟伝説
@草創期のハリウッド・スターとして「悲劇のハヤカワ、喜劇のチャップリン、西部劇のハート」と呼ばれた。
Aハリウッドに4階建て32室のスコットランド風の大豪邸を構え、「グレンギャリ城」と呼び、金色の車を乗り回した。
B雪舟の映画を見に行く女性ファンは「雪舟に会うから」と化粧をして行った。
C雪洲は100万ドルの融資を受けて自身の映画会社ハワース・ピクチャーズ・コーポレーション(Haworth Pictures Corporation)を設立した。
Dブロードウェイの舞台『タイガー・リリー』を成功させ、た雪洲はブロードウェイで主役を演じた最初の日本人となる。
Eイギリス国王ジョージ5世が王室主催の「コマンド・パフォーマンス」に雪洲を招聘し、御前公演『神の御前に』『サムライ』の2演目を演じた。
F雪洲はモンテカルロのカジノで、500万ドルもの大金をすった。
G第二次世界大戦終結後に、雪州はパリで細々と暮らしていた。その雪洲をアメリカに呼び戻したのが、彼の大ファンだったハリウッドスター、ハンフリー・ボガート。
Hハリウッド・ウォーク・オブ・フェームにその名前「Sessue Hayakawa」が刻まれている。

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『戦場にかける橋』解説
泰緬鉄道建設


Kwai-pos2.jpg
この映画の舞台と成ったのは、日本軍が第二次世界大戦中に建設を進めた泰緬鉄道です。

作品中では、1958年の映画ということもあり、家族で見ても楽しめるというハリウッド映画の良識規定「ヘイズ・コード」に則り、刺激を減じた表現になっていると感じます。
また、この映画のテーマ「反戦」を際立たせるためには、現実の泰緬鉄道の建築状況を描いては、決して説得力のある物語にならなかったと思います。

それほど、日本軍の推し進めたこの工事は悲惨で困難な鉄路建設作業だったのです。

泰緬鉄道(たいめんてつどう)は、第二次世界大戦中にタイとビルマ(ミャンマー)を結んでいた鉄道。旧日本陸軍によって建設・運行されたが、戦後連合国軍によって部分的に撤去され、現在はナムトックサイヨークノイ停車場で途切れている。
kwei-Death_Railway.png日本軍の公式名称は泰緬連接鉄道。英語名称は「Thai-Burma Railway(またはBurma Railway)」だが、大量の死者を出した過酷な建設労働から英語圏ではむしろ「死の鉄道(Death Railway)」の名で知られる。
戦時中の1942年、旧日本軍は海上輸送の危険を避け、またビルマ戦線の物資輸送のためのルートを確保するために建設を開始した。建設の作業員には日本軍1万2000人、連合国の捕虜6万2000人(うちイギリス人6904人、オーストラリア人2802人、オランダ人2782人、アメリカ人133人の合計1万2621人が死亡)のほか、募集や強制連行による「ロウムシャ」と呼ばれた労働者 ➖ タイ人数万(正確な数は不明)、ミャンマー人18万人(うち4万人が死亡)、マレーシア人(華人・印僑含む)8万人(うち4万2000人が死亡)、インドネシア人(華僑含む)4万5000人が使役された。
建設現場の環境は劣悪でいわゆるタコ部屋労働であり、特に工事の後半の1943年には翌年のインパール作戦に向けての準備に加え敵潜水艦によって海上輸送が困難になったため雨季にもかかわらずさらなる迅速さが要求され、食料不足からくる栄養失調とコレラやマラリアにかかって死者数が莫大な数に上り、戦後に問題となった。(wikipediaより)


この線路の目的は日本軍の戦争遂行上、制海権、制空権の喪失を、陸上輸送に頼らざるを得ないための、無理な工事が原因であり、そのために連合国の捕虜6万2000人の内1万2621人の尊い命が喪われたのです。
kwei-cross.jpg
更に、それ以上に責められるべきは、民間人である周辺国の人々を「ロウムシャ」として、強制連行を含み使役し、タイ人数万、ミャンマー人18万人、マレーシア人8万人、インドネシア人4万5000人を動員し、8万人もの人々を死に追いやった事です。

アジア解放という旧日本軍のスローガンも、この事実の前では空しく響くように思います。

関連レビュー:日本軍捕虜収容所の映画
『戦場のメリークリスマス』
捕虜収容所の東西対決
大島 渚 監督

関連レビュー:日本軍捕虜収容所の映画
『不屈の男 アンブロークン』
収容所の不屈の男
アンジェリーナ・ジョリー監督
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『戦場にかける橋』
受賞歴

第30回アカデミー賞:作品賞/監督賞/脚色賞/主演男優賞/撮影賞/作曲賞/編集賞
第15回ゴールデングローブ賞:ドラマ部門作品賞/監督賞/ドラマ部門男優賞
第11回英国アカデミー賞:総合部門作品賞/国内部門作品賞/国内部門男優賞/脚本賞
第23回ニューヨーク映画批評家協会賞:作品賞/監督賞/男優賞
第31回キネマ旬報ベスト・テン:外国語映画部門第5位

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posted by ヒラヒ・S at 21:31| Comment(2) | TrackBack(0) | イギリス映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは( ̄▽ ̄)早川雪舟さんてすごい俳優だったんですね(驚)若い頃はイケメンだったのか(笑)しかし古い時代なのに敵味方を友好的に描いてるのがいいですね。ちょっとビックリです(笑)
Posted by ともちん at 2017年06月18日 22:47
>ともちんさん
ありがとうございます(^^)早川雪舟はハリウッドで成功したアジア人俳優として伝説の人ですね〜(笑)
やはりこの当時は、戦争はつらくて苦しくて、ケンカしても良いことないよね〜という映画が多かったように思います。「ひまわり」とか「禁じられた遊び」とか…あ泣きそう。
Posted by ヒラヒ・S at 2017年06月19日 11:28
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