2016年10月26日

『愛と哀しみのボレロ』20世紀を貫く交響曲とバレエの映画を解説

映像の交響曲



個人的な評価:★★★★★ 5.0

クロード・ルルーシュ監督1981年の、個人的に愛して止まない作品です。
愛と哀しみのボレロあらすじ
1930年代から1960年代にわたり、パリ、ニューヨーク、モスクワ、ベルリンを中心とするフランス、アメリカ、ロシア、ドイツにおいて交錯する、2世代4つの家族の人生を描く。
1936年モスクワ、バレリーナのタチアナ(リタ・ポールブールド)は、オーディション選考委員のボリス(ジョルジュ・ドン)と恋に落ち二人は結婚する。夫は戦死し、残された幼い息子をボリショイ・バレエ団の名ダンサー、セルゲイ(J・ドン二役)へと育てるが、彼は西側に亡命する。
1937年、パリのキャバレー“フォリー・ベルジェール”のバイオリニスト、アンヌ(ニコール・ガルシア)はピアニスト・シモン(ロベール・オッセン)結婚したが、ユダヤ人収容所送りとなる。二人は赤ん坊を助けたいと、ある駅に赤ん坊を置きざりにする。シモン死んだが、生き延びたアンヌは、子供の行方を探す。捨てられた赤ん坊は、牧師のもとでダビッド(オッセン二役)として育てられアルジェリア戦争に参加し、パリで作家として成功。
ナチス占領下のパリ、歌手エブリーヌ(エヴリーヌ・ブイックス)は、ナチスの軍楽隊長カール(ダニエル・オルブリフスキ)の子を妊娠するが、戦後ナチスに媚びた女と非難され、パリ追放となり故郷で出産する。生まれた娘エディット(ブイックス二役)は成長し、TVのニュース・キャスターになる。
その父カールは、1938年ヒトラーに認められナチスの軍楽隊長となるが、戦後ベルリンにいる妻マグダ(マーシャ・メリル)の元に戻り指揮者として成功する。
1939年、ニューヨーク。人気ビッグ・バンド・ジャズを率いるミュージシャン、ジャック・グレン(ジェームズ・カーン)は、妻のスーザン(ジェラルディン・チャップリン)を交通事故で失うが、娘のサラ(チャップリン二役)は歌手として成功し、息子ジェイソン(カーン二役)がサラのマネージャーを勤める。
19881年、パリではユニセフ・チャリティ・コンサートが開催され、そこにはTVアナウンサーのエディットとバレエダンサーのセルゲイ、歌手のサラとダビッドの息子パトリック(マニュエル・ジェラン)が、一同に会した。そしてラベルの“ボレロ”が流れ出した・・・・・・

(フランス/1981年/184分/監督・脚本クロード・ルルーシュ)

ルルーシュ監督といえば『男と女』で鮮烈に示されたように、音楽と映像の美しい調和が素晴らしく、本当に音楽的な感性に長けた人なのだと思う。
クロード・ルルーシュ【男と女】予告

そしてその才能の結実としてこの映画が有ると信じている。
この映画では遂に、ストーリー、俳優、演出、モンタージュの全てが音楽的なパートを構成し、響きあい、混然一体となって、映画全体が楽器になり壮大な交響曲を響かせることに成功したと思うのだ。

セルゲイのモデル「ルドルフ・ヌレエフ
ルドルフ・ヌレエフ(Rudolf Khametovich Nureyev, 1938年3月17日 - 1993年1月6日)は、ソ連生まれのバレエダンサー。本名ルドルフ・ヌレエフ。17歳で名門校ワガノワ・キーロフバレエ学院にて、バレエを学ぶ。名教師プーシキンに師事し、ソリストとしてキーロフ・バレエ(現マリインスキー・バレエ)に入団しニジンスキーの再来とまで言われる。1961年に、海外公演の途中に亡命。(下/ヌレーエフ「白鳥の湖」)

大変長い物語であるし、冗長に思えるクダリも見えるかもしれないが、それもラストの「歓喜の歌」に匹敵する最終楽章に向かって必要な要素として、なければいけないのだと信じる。

なぜなら、この映画の表わす交響曲とは、人間の運命を音楽として描くという壮大な試みだと考えるからだ。

カールのモデル「 ヘルベルト・フォン・カラヤン
ヘルベルト・フォン・カラヤン(Herbert von Karajan, 1908年4月5日 - 1989年7月16日)は、オーストリアの指揮者。1955年より1989年までベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の終身指揮者・芸術監督を務め、一時期それと同時にウィーン国立歌劇場の総監督やザルツブルク音楽祭の芸術監督などのクラシック音楽界の主要ポストを独占し、多大な影響力を持つに至った。20世紀のクラシック音楽界において最も著名な人物のひとりであり、日本では「楽壇の帝王」と称されていた。また、その独自の音楽性と自己演出は「カラヤン美学」と謳われ時代の寵児にもなった。(wikipediaより引用)(下/ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮:ベートーベン交響曲第3番)


ここで語られている登場人物の物語を総合すれば、20世紀の激動の歴史が語られている事に気づくはずだ。
そして20世紀こそ、世界が一つの「連環=運命」のもとに、歴史を刻む事になった人類初の世紀であった。
この、全世界が国家を軸にして自国の利益のために争った世紀にあっては、国家を構成する全ての国民と名づけられた個人の運命は、強制的に国家によって支配された。
この世紀の個人は、一般的な自由・権利の拡大と引き換えに、国家から強制的な献身・犠牲を強いられざるを得なかった。
エディットのモデル「 エディット・ピアフ
エディット・ピアフ(Édith Piaf, 1915年12月19日 - 1963年10月11日)は、フランスのシャンソン歌手。
フランスで最も愛されている歌手の一人であり、国民的象徴であった。彼女の音楽は傷心的な声を伴った痛切なバラードであり、その悲劇的な生涯を反映していたのが特徴であった。有名な曲としては「ばら色の人生 La vie en rose」(1946年)、「愛の讃歌 Hymne à l'amour」 (1949年)、「ミロール Milord」 (1959年)、「水に流して Non, je ne regrette rien」 (1960年)などがある。(wikipediaより引用)(下/エディット・ピアフ:「愛の讃歌」)


従って20世紀とは、そこを生きた者たちに多かれ少なかれ、「歴史の激流にたいし個人として如何に対峙したか」という一つのテーマの変奏曲を奏でさせる事となったのだ。

その全人類に共通の歴史の奔流を基調メロディーとして、そのメロディーに流されるか、その流れに抵抗するかという、個々人の選択の違いをハーモニーとして、その人生のぶつかり合いや明滅という、ひとりひとりの幸・不幸の集積の果てに、ついには人類愛というテーマを奏でる壮大なクライマックスに至る。

この、個人が不可避的に負う運命に対し、否応なく人生の決算を刻まざるを得ないと考えた時、歴史の幾多の人々も、また、多かれ少なかれ全て上記の構図の繰り返しだと思えるのだ。
ジャックのモデル「 グレン・ミラー
オルトン・グレン・ミラー(Alton Glenn Miller、1904年3月1日 - 1944年12月15日?)はアメリカのジャズミュージシャン(トロンボーン奏者、作曲家、アレンジャー、バンドリーダー)。グレン・ミラー・オーケストラ(Glenn Miller Orchestra)を結成。カウント・ベイシー、ベニー・グッドマン、デューク・エリントン等と共にスウィングジャズ、ビッグ・バンドの代表奏者に挙げられる。(wikipediaより引用)(下/グレン・ミラー楽団:「茶色の小瓶」)

そう思えばルルーシュは、20世紀の人々に仮託して、歴史上無数の人々が繰り返してきた決断というドラマをこの映画の登場人物に集約し、そして同じ旋律の繰り返しである「ボレロ」という曲で、全人類が連綿と紡いできた運命のうねりの重複を表したのであろう。

 
最終的に人々と運命の相克は、ヌーレエフにも匹敵する映画公開当時の名ダンサー、ジョルジュ・ドンの踊る「ボレロ」よってこの映画で象徴され、大いなるクライマックスを迎える。
 
ジョルジュ・ドン(Jorge Itovich Donn, 1947年2月25日 - 1992年11月30日)はアルゼンチン出身のバレエダンサー。ブエノスアイレスのロシア移民の子として生まれ、5歳でバレエ学校に入校し、1963年モーリス・ベジャールのバレエ団公演を見て渡仏、ベジャールに師事する。(wikipediaより引用)



それゆえ、この映画の「ボレロ」を前にしたとき、人々が自分の人生と対峙せざるを得ないのである。

ちなみに、この「ボレロ」を振付した振付家はモーリス・ベジャール。
モーリス・ベジャール(Maurice Béjart, 1927年1月1日 - 2007年11月22日)は、フランスのバレエの振付家。マルセイユに生まれる。父は哲学者ガストン・ベルジェ。スイスのローザンヌでベジャール・バレエ・ローザンヌを主宰。(wikipediaより引用)



彼もまた、20世紀を生き抜いた運命の男である。
近代に苦悩する人々の姿をダンスとして投影したような、彼のバレエ団の名を「20世紀バレエ団」というのは、決して偶然ではないだろう。
モーリス・ベジャール振り付けジョルジュ・ドンによる「ボレロ」



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posted by ヒラヒ・S at 16:26| Comment(2) | TrackBack(0) | フランス映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月03日

『グラン・ブルー』伝説の実在モデルをもとに、リュック・ベンソンが描く深き海の世界

物語は海から始まったのだ・・・・



評価:★★★★★ 5.0


「偉大な青」から始まる物語。
gurannburu-.jpg全ての物語が生み出されたのは、生命があるがゆえだとすれば・・・・
海こそ、命の揺り籠だったろう。
それゆえ人は海を見たとき、限りない郷愁を覚えるだろう。
そして痛みも同時に感ぜざるを得まい。
人はその揺籃を捨て、地上を目指したのだから。
そこがもう再び戻れない、母の胎内とも知らず・・・・

この映画の男たちは、純粋で、痛々しいほど無垢だ。
それは偶然ではない。
彼らは、空を飛ぶ代わりに、海に潜るピーターパンなのだから。
自らを拒絶した母なる海に、愛を求める幼子達。
成長する痛みよりも、甘美な愛を求める者たち。


彼らを責めることも出来る、人にノスタルジーがないのであれば。


女たちは待つ。
どこか諦念を持って。
海という母に抱かれた男たちを見て、彼らを愛してしまった自分を悔いながら。
男たちが、いつか永遠に母の胎内に戻る予感に震えつつ。

その悲しい運命を引き受けてまでも、その無垢な男の子を選んでしまったのは、やはり母性ゆえだったろう。


グラン・ブルーあらすじ
1988年シチリアの近海、難破船の解体作業中に事故があり、潜水士のエンゾ(ジャン・レノ)と弟ロベルト(マルク・デュレ)は1万ドルで救助を請け負った。同じ頃、エンゾの少年時代の親友ジャック・マイヨール(ジャン=マルク・バール)は、アンデス山脈にあるローランス博士(ポール・シュナール)の研究所で、氷の下の深い湖に潜っていた。彼は酸素ボンベ無しのフリーダイバーで驚異的な潜水能力の持ち主だったため研究に協力していたのだ。保険調査員ジョアンナ・ベイカー(ロザンナ・アークエット)は氷原で起きた事故調査のため博士のもとを訪れ、ダイバーのジャックに合う。ジャックがコート・ダジュールに戻った時エンゾが表れ、シチリアで開催されるフリーダイビングの大会に参加を強く迫った。アンナはローランス博士からジャックの動向を聞き、シチリアへと向かう。いよいよ大会が始まり、ジャックは深く深く海の中へと入っていった・・・・・・・・・・・・・・

(フランス/1988年/169分/監督リュック・ベッソン/脚本リュック・ベッソン,ロバート・ガーランド/音楽エリック・セラ)

この映画は伝説のダイバー、ジャック・マイヨールエンゾ・マイオルカをモデルにフリーダイビングに命を懸ける男達の姿を描いたリュック・ベッソン監督の名作です。
ジャック・マイヨール
(Jacques Mayol, 1927年4月1日- 2001年12月22日)は、フランスのフリーダイバー。
建築家の父が上海で仕事をしていた子供時代、家族と共に毎夏のようにバカンスのため来日していた10歳の時、佐賀県唐津市の七つ釜ではじめてイルカと出会う。そして、彼はイルカと一緒に泳ぎたいとの思いで、イルカの調教師になった。その後フリーダイビングに転進し1966年にバハマで65mの世界記録を出す。以後8回に渡り世界記録を更新。最長潜水記録はエルバ島で1983年に出した105m。
唐津の海での交流を語った映画「ジャック・マイヨールの愛した海

エンゾ・マイオルカ
(Enzo Maiorca 、1931年6月11日 - )は、イタリアの男性フリーダイバー。
2016年現在存命。
1960年にシラクザで45mの世界記録を出し、以後17回世界記録を更新。
最高記録はシラクザで1988年に出した101m。

両者とも歴史を刻んだダイバーで、エンゾ・マイオルカとジャック・マイヨールの間で1966年から1989年まで激しい世界記録の更新合戦が繰り広げられた。


リュック・ベンソン監督は、この現代のピーターパンたちのわがままが、魅力的な「海」の引力ゆえ不可避であることを、映像によって証明して見せた。

この映画は、更に「海=海中」の世界の魅力を深く掘り下げた、同監督の海洋ドキュメンタリー「アトランティス」を見れば、この映画の男たちの心の在りようが、実感として理解できるはずだ。


当ブログ関連レビュー:『アトランティス

そして、リュック・ベンソン監督も、この映画以降その作品からフランスの色が希薄になっていく。
「グランブルー」のヒットによって、はっきり「商業監督=ハリウッド進出」を視野に入れたのだろうと個人的には想像しているのだが・・・・・・

リュック・ベンソンにとっても、「物語は海から始まった」のかもしれない。
エリック・セラ作曲「Le Grand Bleu
この曲を暗い部屋で聴くとき、深く静謐に共鳴する青の音に満たされる・・・・・


2001年ジャック・マイヨール氏は自死を遂げられました。
他者の人生を、勝手に忖度することは礼を失するかもしれませんが、氏は地上の人ではなかったのかもしれないと、そう思いました・・・・・・・ご冥福をお祈りします。


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posted by ヒラヒ・S at 18:02| Comment(4) | TrackBack(0) | フランス映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月15日

『黒いオルフェ』なんだ?このカーニバルの魔術的な夜は!

ちょっと意味が・・・



評価:★★★ 3.0点

1959年のフランス映画。
カンヌ映画祭グランプリ、アカデミー最優秀外国映画賞、ゴールデン・グローブ賞を獲得した。
ブラジル。リオ。カーニバルの夜。
サンバのリズムに乗せて、ギリシャ神話オルフェウスとエウリュディケの悲劇を、現代に置き換えた物語。

黒いオルフェあらすじ
リオ・デ・ジャネイロで黒人娘ユリディス(マルペッサ・ドーン)は、市電の運転手、黒人青年オルフェ(ブレノ・メロ)と出会い、愛しあった。夜、翌日のカーニバルの練習をしているところに、死の仮面をつけた男が現れ、ユリディスを襲った。オルフェは、彼女を助けその晩は事なきを得た。しかしカーニバルの日逃れるユリディスを、死の仮面の男が再び追ってきた。ユリディスとオルフェの運命は・・・・(フランス/1959年/監督マルセル・カミュ/脚本ジャック・ヴィオ)


愛する女性エウリュディケの不慮の死で失い悲しむオルフェウスは、冥界に入りエウリュディケを取り戻す。
しかし後ろを振り向いてはいけないという約束を破り、ついに彼女を永遠に失ってしまう。
そんな禁忌と執着のせめぎあいの果てに、人は愛する者を喪失するという悲劇。

しかしこの映画で語られる物語は、ギリシャのどこか淡白な陽光に比べて、粘着質の太陽光で包まれている。
これは南とは呼ぶものの、欧州の規則正しい寒暖によって培われた、ギリシャの神々の持つある種の合理を含んだ物語ではない。

そんなギリシャ的な整合性を持った語り口は、むしろ1950年の詩人ジャン・コクトーが監督をしたフランス映画「オルフェ」の方に表れているだろう。


この映画の神話世界、南国の熱帯の大気に揺らめくような変幻自在な神性は、どこか呪術的な理不尽な神々の世界を現出させる。

その呪術を呼ぶべき祭りこそ、サンバに彩られたカーニバルだ。その激しいリズムに身も心もシンクロし、ついにはトランス状態にいたった人々の集合無意識が、魔物を呼び寄せるに違いない。

そして、荒らぶる神々の気紛れな所行の果てに引き起こされる、人間の悲劇・・・・・・・それを鎮めるために、ボサノバがあるように思うのだ。
この映画は、そんな原初的な呪術に彩られた物語であるため、ストーリーの辻褄や、登場人物の情動にどこか違和感を感じるかもしれない・・・・しかし、映画的な整合性は取るに足らない些細な傷とも思えるのだ。

なぜなら、サンバで踊る人々に、サンバのリズムに、シンクロできる鑑賞者ならば、神の憑依を感じられるに違いないし、映画の魔術的世界にすでに魅入られているはずだからだ・・・・・・・

kuroi-orufe.jpg

・・・・などト言ってますが・・・・・・・・・・・
 
 正直言えば、わたしゃその憑依を感じられなかったっす。
 とほほ・・・・

 ワタシはブラックマジック的世界観がカイマ見えたというぐらいです。

 どっか植民地蔑視のフンイキもなぜかカンジる・・・・

ヒロインを殺すドクロ男の不思議さファンタスティックさも気になる・・・・・どこ行っちゃったんだか、ち〜ともわからん・・・・・元気にしてるといいが・・・・・・・・・・って、何言ってるのか見てない人にはわからないでしょうが、気になる人は見てみてください。

後悔しても責任とれませんが・・・・音楽はサイコーなんだケドな〜・・・何かハッキリせずにすいません。

ということでボサノバ黒いオルフェのテーマ
日本人ボサノバ歌手小野リサの歌う「黒いオルフェ」


最後はヤッパリサンバ!!!「Bellini - Samba Do Brasil」


ビ〜〜〜〜〜〜バ!ブラジ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ル!!


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posted by ヒラヒ・S at 15:42| Comment(4) | TrackBack(0) | フランス映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする