2017年03月21日

『華麗なるギャツビー』ゴージャスな男の影・ネタバレ・あらすじ・感想・ラスト意味

アメリカン・ヒーロー「ギャツビー」



評価:★★★★  4.0点

この映画は、往年のハリウッドの大スター「ロバート・レッドフォード」のために作られた、プロモーションビデオのようにも見えます。
その華麗さゆえに、後年レオナルド・ディカプリオ主演でリメイクもされていますが、しかし、ここにはアメリカ合衆国を代表する小説家F・スコット・フィッツジェラルドが抽出し得た、アメリカ社会の栄光と影が象徴的に描かれ、見過ごせない力を持っていると感じます。


華麗なるギャッツビー・あらすじ



1920年代のアメリカ、ニューヨーク郊外のロングアイランドに、証券会社に勤めたニック・キャラウェイ(サム・ウォーターストン)は引っ越してきた。その近くには、ニックの従弟同志のデイジー(ミア・ファロー)が、夫であるシカゴの富豪トム・ブキャナン(ブルース・ダーン)と避暑に来ていた。
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また、ニックの隣家には豪華な邸宅があり、そこにはジェイ・ギャツビー(ロバート・レッドフォード)という謎の人物が住んでおり、毎夜のように豪華なパーティーを催していた。そんなある日、ニックのもとに面識のないギャッツビーからパーティーの招待があり、行くと招待客はギャッビーの資産は株で儲けたとか、密輸や殺人など非合法な方法で富豪になったなどと、好き勝手に噂していた。
gatubi-start-.gifすると突然ギャッツビーのもとにニックは案内され、彼の挨拶を受けた。
その後もニックは、何度かパーティに招待され、ギャツビーが過去に第1次大戦に参加したこと、オックスフォードに在籍していたこと、いかがわしい仲間がいることも知った。交際を重ね親しくなったニックに、ある日ギャッビーは、デイジーをニックの家に招き会わせて欲しいと頼んだ。実はギャッツビーが毎晩華やかなパ−ティーを開いたり、ニックと交流を持った目的は、ギャツビー邸と湾をへだてて向かい合っているデイジーの家から、彼女を呼び寄せることにあったのだ。
ギャッツビーは軍隊時代にデイジーと知り合い、激しい恋に落ちた仲だった。しかしギャツビーはフランス戦線へ派兵され、デイジーはシカゴの富豪トム・ブキャナンと結婚した。戦線から戻ったギャツビーは、デイジーが結婚し、上流階級で社交界の花形となっていることを知った。ギャツビーは再びテイジーの愛を取り戻すために、5年の歳月をかけ社交界の話題をさらう存在に成長したのだ。
Gatsby-couple.jpgそして、ニックの家でデイジーとギャツビーは再び会う。デイジーはギャッビーの愛を知り、その財力に圧倒され、再び彼に対する思いを新たにする。夫は、自動車修理業者のウイルソン(スコット・ウィルソン)の妻マートル(カレン・ブラック)を情婦にしており、夫婦生活はうまくいっていなかった。
そしてギャッビーとデイジーの交際も深まり、結婚しようと約束するまでになる。そして、デイジーの夫に2人の仲が露見し、ある日、ギャツビー、デイジー、ニック、トムがニューヨークのホテルで話し合いを持った。ギャツビーとトムが対立し、ギャッビーはデイジーにトムを愛してないと言わせようとしたが、デイジーはハッキリとしなかった。その帰り道、ギャツビーの車をデイジーが運転して帰路に着いたが、彼女は荒れた話し合いを思い出し、乱暴に車を駆り事故を起こしてしまった・・・・・・・・・

(原題 The Great Gatsby/製作国アメリカ/製作年1974/144分/監督ジャック・クレイトン/脚本フランシス・フォード・コッポラ/原作F・スコット・フィッツジェラルド)

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華麗なるギャッツビー感想・解説

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往年のハリウッドスター「ロバート・レッドフォード」のために作られた、プロモーションビデオのようなこの映画。
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全体に紗をかけたソフト・フォーカスのカメラの中で、次から次へと豪華な衣装を着たローバート・レッドフォードが、登場します。

実に様々なスタイルで、哀愁に満ちた横顔、怒りに燃えた男性的な表情、苦悩に沈む背中、なにより純粋な恋に輝く笑顔をスクリーンで見せたりしちゃえば・・・・・・
今のブラッド・ピットレオナルド・デカプリオなんか問題にならないぐらい、キャーキャー言われちゃったりしたモンです。

ロバート・レッドフォード、フイルモグラフィー


ロバート・レッドフォード(Robert Redford, 1936年8月18日 - )はカリフォルニア州サンタモニカ出身のアメリカ合衆国の俳優、映画監督、映画プロデューサー。サンダンス・インスティテュート主宰。
1969年、アメリカン・ニューシネマの傑作『明日に向って撃て!』に出演。興業的に大成功を収め、レッドフォード自身も知的で信頼性があり、時に冷淡な雰囲気を醸し出す俳優として一躍スターダムに上り詰めた。1970年代にはハリウッド屈指の美男俳優として数多くの映画に出演。
1980年には初めて監督した映画『普通の人々』でアカデミー監督賞を受賞。ハリウッドで初めて「演技と製作の双方で地位を確立した映画人」の地位を確立した。翌1981年、ユタ州のパークシティに若手映画人の育成を目的としてサンダンス・インスティテュートを設立。優秀なインディペンデント映画とその製作者を世に送り出すためにサンダンス映画祭を開催。(wikipediaより)


つまりこの映画は、「ロバート・レッドフォード」というスターの価値を上げる為に作られた映画で、その点では大変上手く行ってるのではないでしょうか。
gatubi-gatu.gif
今も昔もハリウッドスターとは人々を確実に魅了して、映画界に収益をもたらすドル箱です。

そのスターの魅力を際立たせる道具立てとして、この原作はうってつけだと思うのです。

そもそも極端な事を言えば、「スタームービー」はストーリーやドラマ性の優劣より、むしろスターが映えるシチュエーションを、どうつなぎ合わせるかの設計図なのだと思います。
それはいわば、日本で言う「やおい」のような、山場だけ、見せ場だけを際立たせる脚本こそ相応しいのではないかと・・・・・・
やおい
やおいとは、男性同性愛を題材にした女性向けの漫画や小説などの俗称として知られているが、本来やおいの語源は、作中の大部分が性描写で構成されることから、ストーリー構成に必要な「ヤマ(山、山場)無し」「オチ(落ち)無し」「イミ(意味)無し」の3つが無いという意味で、この三語を繋ぎ、そう呼ばれるようになったといわれている。

こんな「ハリウッド・やおい」作品を代表するのは、個人的には『カサブランカ』だと思ったりします。
当ブログ関連レビュー:
『カサブランカ』
ハンフリー・ボガードとイングリッド・バーグマン
2大スターを輝かせる傑作



アメリカを代表する文学に対して、冒涜だとお叱りを受けそうですが、実は個人的に「アメリカ文学」とは、映画を常に意識した表現が成されていると思えてなりません。

Film.jpgこの原作は、豪華な富豪の生活や、パーティーの煌びやかさが、主人公の姿をイヤでも引き立てます。
そんな大富豪でありながら、悲恋ゆえの陰のある性格設定。
さらに、一途に純愛を貫く姿勢。
その生い立ちと、イノセントな生涯。

結局アメリカ社会が求める「理想の男性像=ヒーロー像」を、このギャッツビーが持っていたのだと思うのです。

そういう意味で、実はフィッツジェラルドの原作ストーリとは、キャラクター・ストーリーとして実にコマーシャルな要素を、映画的な表現の原形を持っていたことに気づかされます。

また、ストーリーをよ〜く見てみれば、「富を持つ者」から「貧しい者」が「富=ヒロイン」を奪おうとするが、結局その富は「貧しいもの」には残らないと語られています。

そう考えればこの主人公とは、ヨーロッパから貧しさゆえに移住してきた、アメリカ国民の姿と重なるものです。
それゆえ努力し必死にお金に執着し、成功して豪華絢爛な乱痴気騒ぎを繰り広げたとしても、結局は虚しい馬鹿騒ぎに過ぎないと判ってしまった人間の、悲哀が感じられます。
また同時にこれは、いくら富をつんだ所で、真に重要な価値は手に入らないという詠嘆でもあります。

USA-flag.png
これはアメリカ社会の精神病理として、キリスト的な精神充足という「禁欲的な幸福」と、富の追求という「現世の幸福」とが、常に矛盾をはらんでいるという事実が、顕在化したものだったでしょう。


つまりギャッツビーとは、「アメリカ」をそのまま擬人化した存在だったと、言えるのではないでしょうか。
さらに言えば、ギャッツビーこそ「アメリカン・ドリーム」、アメリカの夢の象徴だったのでしょう。
だからこそ、このフィッツジェラルドの小説は、アメリカ文学の中で不朽の位置を占めているのだと思うのです。

そんな、アメリカを代表する小説で、キャラクターとしても魅力的であるがゆえに、ハリウッド・スターの価値を高める役柄であり、作品として認知されているとも思うのです。

アカデミー賞を狙っていた、レオナルド・デカプリオが演じたかったのも頷けます。
レオナルド・ディカプリオの『華麗なるギャツビー』


gatubi-gat-long.jpgつまりこの映画は、そんなアメリカ的背景を含みつつも、本質的には「スタームービー」です・・・・・
ロバート・レッドフォードのスターとしての魅力を観客がどのように感じるかによって、この映画の評価が変わると思うのです。


考えて見ればギャッツビーも、ハリウッド・スターも、人々の夢の結晶だとすれば、強く求められればられるほど、その輝きを増すという構造を持っているのではないでしょうか。

それゆえ今現在、どの程度この映画が魅力的に映るのかは、見た人がロバート・レッドフォードをどのぐらい魅力的に感じるかによって左右されるでしょうから、正直判断が付かないでいます。


それゆえ私のつけた評価は、スターを語る映画の枠組みの完成度に対してのモノとご理解ください。

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以降

華麗なるギャッツビー・ネタバレ

を含みますので、ご注意下さい。
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(あらすじから続く)
デイジーは突然飛び出してきた、マートルを轢き殺してしまった。
そうとは知らないマートルの夫ウイルソン(スコット・ウィルソン)は、デイジーの夫トム・ブキャナンの家に乗り込む。
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トムはギャツビーがマートルを轢き殺したと嘘をいった。
マートルはギャツビー邸に忍び込み、彼を射殺すると自分自身も命を断った。
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華麗なるギャッツビー・ラストシーン

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葬儀の日、ギャッツビーの父親がやって来た。
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父親は名前はギャッツビーではなく、ガンツだと名乗り、息子は頭が良かったから努力して、東部で成功したと考えていたといい、息子が書いたものだとノートをニックに見せた。
そこには、達成すべき目標として、発音を直す、勉強をする、一週間に5ドル貯める、タバコとガムを止める、両親に孝行すると書かれていた・・・・・・・・
葬儀にはトムやデイジーから、花束も来なかった。

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やはり、アメリカ人として努力していった先に見える、光と影の落差がこの映画をただのアイドル映画にはしてないように個人的には感じます・・・・・・・

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posted by ヒラヒ・S at 17:49| Comment(4) | TrackBack(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月19日

『羊たちの沈黙』父と娘の危険な関係・ネタバレ・あらすじ・ラスト・意味・感想

アカデミー賞五冠の意味



評価:★★★★  4.0点

この映画を最初に見た時には、猟奇的なシーンと、アンソニーホプキンスの演ずる怪異なハンニバル・レクター博士に眼を奪われた。
また、映画としてもサスペンスたっぷりの刺激性に満ちており、エンターテーメントして強い力を持っていると思った。
その反面この刺激ばかり強い印象のドラマが、アカデミー賞5冠を獲るほどの内容だろうかと、疑問に思った事を覚えている・・・・・・

しかし、どうやら私が浅はかだったと、今回久々に見て思い知った。


<羊たちの沈黙・あらすじ>


FBIアカデミーのトレッキング・コースをひた走る訓練生クラリス(ジョディ・フォスター)は、上司ジャック(スコット・グレン)の呼び出しにより出頭する。hituji-gim.jpghituji-scot.jpgクラリスが大学で学んでいた時の恩師がジャックだった。ジャックが命じたのは、捜査中の事件の参考のため州立の精神病院に収監されている精神科医ハンニバル・レクター博士(アンソニー・ホプキンス)に面談する事だった。

レクター博士は自らの患者を9人を殺害し食べたという過去を持ち厳重に隔離されていた。精神病院院長のチルトン博士(アンソニー・ヒールド)から厳格な規則遵守を約束させられ、クラリスはレクターと面談した。レクターの透徹した知性と底光りする眼にクラリスは圧倒される。hituji-taimen.pngそして帰り際クラリスは別の収監者の精液を浴びせかけられると、レクターはクラリスを哀れんで事件のヒントを与え、その収監者に対して怒りを爆発させた。レクターは後日その収監者を言葉で責めて自殺に追い込んだ。
実はジャックがクラリスをレクターにあわせたのは、若い女性の皮を剥いで殺す連続殺人犯バッファロー・ビル(テッド・レヴィン)の捜査に、レクターの知見を引き出すためだった。ジャックはレクターがクラリスに興味を持つことを見越して研修生にも関わらず派遣したのだった。更に面談を重ねるうちに、レクターはクラリスの父が10歳の時に死んだという過去を語るのと引き換えに、事件捜査のヒントをレクターから抽き出せるようになる。

hituji-kathrin.jpgそんな時、女性上院議員の愛娘キャサリン(ブルック・スミス)がバッファロー・ビルに誘拐される。精神病院院長のチルトン博士は、FBIとクラリスがレクター博士に真犯人を語らせようとしていることに気づく。チルトンは自らの欲のため上院議員を巻き込み、レクター博士を待遇の良い牢に移動する事と引き換えに、レクターから真犯人の名前ルイス・フレンドを聞き出す。
レクターが移送収監された施設を訪ねたクラリスは、ルイス・フレンドの綴りを入れ替えると"Iron sulfide=硫化鉄=偽金=偽者"となると指摘する。レクター博士は、そんなクラリスに犯人は渇望している対象を見つめている者だと語る。hituji-screem.gifそして、クラリスは自らを語るように要求され、父が死んだあと親類の牧場に引き取られ、そこで羊が屠殺されている声で眼を覚まし、子羊をつれて逃げようとしたが捕まり牧場主が激怒し、施設に入れられた過去を語った。(右:暗闇で起きて、羊の叫びを聞くんだね?)そこにチルトン博士がやってきて、クラリスを強制退去させる。レクターは結局ヒントしか語らず事件資料を返した。

hituji-free.jpgそんなレクターは隙を見て職員二人を殺害し、脱獄に成功し逃走してしまう。一方、クラリスはレクターの残した資料を見るうちに、最初に殺害された女性が鍵だと知り、オハイオ州ベルベデーレに向かい女性の交流関係を洗う。そこで犯人は裁縫が上手く、大柄の女性を監禁し痩せさせ、その皮を剥ぎ取り服を作っていると予想する。上司ジャックに捜査報告をすると、シカゴのキャルメットシティに住む男が犯人だと特定され、その家に向かっていると知る。上司ジャックは引き続き、ベルベデーレで犯人との関係を調べるようクラリスに指示した。クラリスは被害女性が裁縫の仕事で訪れていた、リップマン夫人の家の調査に訪れる。
そして、同時刻にはシカゴの一軒の家をFBIの武装チームが急襲した・・・・・・・・・・


(原題 The Silence of the Lambs/製作国アメリカ/製作年1991/119分/監督ジョナサン・デミ/脚本テッド・タリー/原作トマス・ハリス)

<羊たちの沈黙・受賞歴>

第64回アカデミー賞、作品賞、監督賞:ジョナサン・デミ、主演男優賞:アンソニー・ホプキンス、主演女優賞:ジョディ・フォスター、脚色賞:テッド・タリー
第41回ベルリン国際映画祭・銀熊賞(監督賞):ジョナサン・デミ
第49回ゴールデングローブ賞・主演女優賞 (ドラマ部門):ジョディ・フォスター

【アンソニー・ホプキンスのアカデミー賞・最優秀男優賞・受賞式】

キャシー・ベイツがプレゼンターでノミネート者紹介。
【アンソニー・ホプキンスの受賞スピーチ大意】
神様、信じられない。本当に期待してなかった。ここにいるのは大変な名誉で、特にニック・ノルティー、ウォーレン・ベィティ、ロビン・ウィリアムスやローバート・デニーロのような偉大な俳優と一緒で光栄だ。まず最初に、私の母に挨拶したい。母はウェールズにいてイヴ、ジーン、ジルとトニーと共にTVを見ている。私の父は11年前に死にましたが、たぶん父もこの栄光に力を貸してくれたと思う。友人のボブ・パーマー、友で広報担当者、我が愛する妻のジェニー、そして長年ロサンジェルスで今ここにいる事を助けてくれた多くの人々に感謝します。私にとって素晴らしい栄誉で、大変感動しています。そして、神のご加護を全ての人に、ありがとうございました。

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羊たちの沈黙・解説・感想
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この映画のジョディーフォスター演じるクラリスは、映画内でしばしば、男たちの中で孤立し、彼等の視線にさらされ、不安げな表情を見せます。
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その最も象徴的なシーンは捜査に赴いた、葬儀場で表現されます。

警官:パーキンス保安官、FBIの捜査官が来ました。/ジャック:ジャック・クロフォードです。特別捜査官のテリーと捜査官スターリング。お招き頂き感謝したい。/パーキンス保安官:俺は呼んでない。州の検察だろう。我々は出来る限りの便宜ははかるが、しかし・・・・・/ジャック:保安官この種の性的な犯罪なので、個人的に話し合った方がいいと思うが。(クラリスを見て)意味が分かるかな。
(クラリスは葬儀会場の別室の葬式を見ながら、父の葬儀を思い出す)/保安官:オスカー、教会からエーキンス博士を。/ジャック:スターリングこっちへ/保安官:演奏が終わったらラーマーを呼べ。/ジャック:ああ、すぐに送る。6箇所につなげ、シカゴ・デトロイト・・・・何?ナンだ?/クラリス:すみません。すみません、皆さん。警察官も他の方も、お聞き下さい。これから彼女に処置を施します。彼女を遠くから運んで下さったことに、彼女の縁者も皆さんの親切とお心遣いに感謝してます。でも、もうお引取りくださって、我々に彼女の面倒を任せてください。お引取りください。感謝します。感謝します。ああ、そうエルク川だ、すぐに連絡する。

このシーンには続きがあり、帰りの車の中で、上司ジャックは保安官と席を外したのは、保安官を帰らせるためにしたことだと、クラリスの怒りを鎮めようとします。
しかし聡明なクラリスは、女性だから排除され、女性だから警官達に眼で犯され、女性だから異分子として疎まれていると分かっています。
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このシーンは、そのまま社会に出た女性達が、男権社会で働く事の困難さを象徴するシーンだったはずです。

社会に出た女性達は、男ではない存在として女性を排除しようとする力と、男の性的な対象として好奇と欲望の眼差しを、潜在的に受けるでしょう。
そんな事情を、この映画のポスターは象徴的に表現してます。

このポスターに描かれた蛾が、生れ落ちてから成虫へと変態していくように、人も生まれてから社会的な役割として「男女の性=ジェンダー」を生きることを強制されるのです。
つまりこの映画で現れる蛾とは、そのままジェンダーを象徴するモノでしょう。

そして、女性達は、その事、ジェンダーの不平等を口に出しては社会に適応し難くなるゆえに、口を閉ざさなければならないのです。

この映画のクラリスが、自らの意思を明確に持った強い女性でありながら、どこか儚げなのは、彼女がそんな社会的な弱者として登場しているからだと感じました。

こんな、女性達の社会に求められる、制度的な、もしくは潜在的な不平等と、差別に対して「No」を唱えたのがフェミニズムという主張です。
フェミニズム(英: feminism)とは、性差別を廃止し、抑圧されていた女性の権利を拡張しようとする思想・運動、性差別に反対し女性の解放を主張する思想・運動などの総称。
多くのフェミニストは、女性に関する様々な社会問題が、男性優位の社会構造から生じ、または家父長制が無意識に前提視されていることから生じていると主張している。また、女性間の差異を考慮に入れれば、たとえば「黒人」「女性」というように、二重、三重に抑圧されていると捉えることができるため、フェミニズムを複合的な抑圧の集成理論として、また相互に影響する多くの解放運動の流れの一つとして捉えることもできる、と主張している。(Wikipediaより)
下:エマ・ワトソン UN Women 親善大使演説
エマ・ワトソンはフェミニズムの現状を国連の場で語った。

この映画におけるクラリスが、女性として社会的に抑圧されている姿として、フェミニズム的主張を持って描かれているのは間違いないでしょう。

しかし上の葬儀場のシーンの動画で見逃せないのは、クラリスが男性社会で孤立したとき、父の葬儀を思い出していた事です。
実に、この映画にとっても、女性というジェンダーにとっても重要なのは、その「娘と父」の関係性だと語っていると思うのです。

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ストーリーを追えば、クラリスは母を早く亡くし、10歳の時に更に保安官だった父を事件で亡くします。

そして、親類の馬と羊を飼っている牧場に世話になりますが、2ヶ月で施設に送られることになります。
それは、ある晩奇妙な叫びを聞いて眼を覚まし、声のするほうを見てみると羊が屠殺されている姿を眼にします。クラリスは子羊をつれて逃げようとしますが捕まり、牧場主が激怒して施設に送られたというのが真相でした。その子羊の声がトラウマになり今も夜起きると語っています。

レクター博士に、そんな子羊を助けるためにFBI捜査官になったのかと問われ、キャサリンを助ければ声が消えるのかと問われます。

hituji-jisus.jpgこの子羊とはそのまま彼女だったでしょうし、その牧場主とは代理としての父であった事は間違いありません。
そしてそれは、迷える子羊を導いたという、「イエス・キリスト=神と人間」の関係とも相似だと言えるでしょう。

つまりは、「父=神」とは、守るものでありながら奪うものだという真実が描かれています。
そして、その関係とは「父と娘」の関係性の中で、重要な働きを娘に対して及ぼすように思います。


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普通に考えれば、本来女性とは母という属性を引き継ぐ存在ではないでしょうか。

ところが、母というキャラクターは男性社会の中で働く際に機能する属性ではないがゆえに、そのモデルは父親に求めざるを得ません。

しかし、父親という存在は娘にとって、二つの相反する力として現れるはずです。

一つは社会的先導役として娘を守り導く者。
一つは異性としての潜在的欲望対象として奪い汚す者。


つまり、この映画のハンニバル・レクター博士とFBIの上司ジャック・クロフォードとクラリスの関係とは「娘と父」の関係性を描いていると思えてなりません。
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レクター博士は奪い汚す者としての側面を、ジャック・クロフォードは教え守る者の側面を強く持っていると感じますが、二つの相反する力は両者とも交じり合って持っていると感じられます。
それは「娘にとっての父」とは、その愛情に従うか反発するかによって、違う様相を見せるからかもしれません。

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いずれにしても、そんな男権に対する矛盾した感情は保持したまま、男性社会の中に入っていく娘は、あらかじめ混乱した存在として社会を生きざるを得なくなるのです。


しかし、そんな「親と子」の関係とは、男女の分業が崩れ、ジェンダー自体に疑問が生じている現代社会においては、正解がないという点で混迷は深くなります。

実はそんな社会的な変化を踏まえた「親と子」の関係が、この映画には「誘拐されたキャサリン=娘と女性上院議員=母」とか「犯人バッファロー・ビルとその母」の関係であるとかいうように、いくつか提示されています。

そんな背景を持っているがゆえに、異様さや、サスペンスに深みと奥行きが出たと思います・・・

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以降

羊たちの沈黙・ネタバレ

とを含みますので、ご注意下さい。
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(あらすじから続く)
FBIが踏み込んだ家は、空き家だった。
クラリスの訪れたリップマン夫人の家の住人が、連続殺人犯バッファロー・ビルの正体だったのだ。
クラリスはその事実に気づき銃を抜くが、犯人は家の地下へと逃げてしまう。古井戸の底深くに閉じ込められたキャサリンを発見する。犯人を追ううちに浴槽に入った老婆の骸骨を見つける・・・・・

クラリス:FBIよ。あなたは安全よ。/キャサリン:何が安全よ!とっととここから出してよ!/クラリス:あなたは大丈夫。犯人はどこ?/キャサリン:何で私に分かるわけ!さっさと出して!/クラリス:黙って。犬を吠えさえないで。/キャサリン:私を出して!/クラリス:キャサリン、ここから出してあげるけど、ちょっと聞いて。私はこの部屋を出る。すぐ戻るから。/キャサリン:イヤだ!ここに置いとくな、このクソ女!ここから出せってば!あのヤローは狂いまくってんだ!ねえってば!出せよ!/クラリス:キャサリン、他の捜査官を呼ぶからちょっと待って。/キャサリン:待て!行くな!頼むから!/クラリス:黙って!
(暗転、犯人との対決)
犯人が電気を切り暗闇になった地下室で、犯人は暗視スコープを装着し背後に迫った。犯人が銃の撃鉄を上げた音に反応したクラリスは犯人の位置を知りを射殺する。
その地下室には、アメリカ国旗と、兵隊の人形、鉄兜のような帽子があった・・・・・・

このシークエンスのキャサリンとの会話は、男性社会において闘う女性の足を引っ張るのが、実に同性の女性に他ならないことを象徴的に描いていると思います。

また、このシーンは犯人に関する重要な情報がちりばめられていますが、ミイラ化した老婆のショットはヒッチコックの『サイコ』の影響を強く感じます。
当ブログ関連レビュー:
『サイコ』
サイコ・ホラー元祖映画
母と息子の危険な関係

また、この映画のサスペンシーンを、映像により状況を丹念に説明するのも、ヒッチコック風の演出だと思います・・・・・

そんな『サイコ』を踏まえれば、抑圧者の母にスポイルされたマザコンの犯人像という姿が見えてきます。
しかし硝煙の中に、アメリカ国旗を中心に、右に兵隊の人形、左の鉄兜という男性ジェンダーの象徴と、蛾のモールが回転する映像でその男性ジェンダーからの脱皮、さなぎから成虫への変態がイメージとして描かれているのを見れば、母に父権を求められ、反発した結果のようにも思えます・・・・・
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羊たちの沈黙・ラストシーン
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そしてFBI訓練生の卒業式。クラリスも晴れて捜査官となった。

同期生マップ:特別捜査官スターリング。/クラリス:特別捜査官マップ/同期生マップ:電話よ。/クラリス:失礼/客:ピンチ、写真取ってくれる/客:いいよ。モチロン。/ジャック:いいかな。おめでとうを言いたくてね。あんまりこんな事をしてはいけないんだが、だからここから直ぐ退散するよ/クラリス:分かりました。感謝してます。/ジャック:君のお父上も今日を誇りに思うはずだ。・・・・・電話を忘れずに。/クラリス:スターリングです。/レクター博士:クラリスか?羊達の叫びは止まったか?/クラリス:レクター博士/レクター博士:私を追いかけて不愉快な思いをさせてくれるな。さほど長くは留まらない。/クラリス:どこにいるんですかレクター博士?/レクター博士:君を訪ねる予定はないな、クラリス。君がいる世界は、より興味深いからな。それで、私にも同様の礼儀を、今君に期待したいがね。/クラリス:私は約束しかねます。/レクター博士:私は君ともっとお喋りしたいが、旧友とディナーの予定があるんでね。では。/クラリス:レクター博士?レクター博士?/チルトン博士:失礼。セキュリティーシステムは完璧か?/ボディガード:我々のセキュリティーは超強力です。/チルトン博士:ありがとう。感謝するよ。

このラストは、二人の父親からの承認を意味したはずです・・・・・・・・・・
特に握手のシーンは父性の持つ二つの側面が、鮮烈に描写されていると思います。
それは逆から言えば、「女性性」を男性社会から見て評価・規定する二つの側面、男権社会に対する奉仕と、男達の性的欲望の対象として、いずれも認められた事を意味するでしょう・・・・・・

しかしそれゆえ、このクラリスの耳には、子羊の泣き声がまだ響いているように思えてなりません。 
それは社会が、性差を元に個人の行動を規定しなくなるまで、けっして止む事はないのでしょう。

蛇足をもう一つ・・・・・・・
この映画のエンドクレジットの最後、音楽が終わった後に、鳥の鳴き声が入ります。
実は鳴く鳥とは大抵オスで、このさりげない鳴き声こそジェンダーが世界を覆っているという証明のように感じました

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posted by ヒラヒ・S at 17:39| Comment(6) | TrackBack(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月10日

映画『プラトーン』ベトナム戦争のはらわた・ネタバレ・あらすじ・ラスト・感想

戦争の真実の裏側



評価:★★    2.0点

『プラト−ン』とは軍隊用語で「小隊」の意味。
監督・脚本はオリバー・ストーン。
アメリカ社会の問題を告発し続けている、社会派監督の描くベトナム戦争映画。
そして、実際ベトナム戦争に身を投じた、オリバー・ストーンの自伝的な物語であるがゆえに、力のある一本になったと感じる。


プラトーンあらすじ


1967年のベトナム戦争真っ只中に、クリス(チャーリー・シーン)は戦地へ派兵された。彼はマイノリティーと貧困層が、次々と戦争に投入されていく現実に怒りを覚え、大学を中退して志願兵としてベトナムの地に来た。最前線の戦闘小隊に配属されたクリスは、運ばれる死体袋に呆然とする。戦争の現実は苛酷で、兵士達は日々酒やドラッグで気を紛らわせている。
platone-member.jpgクリスが配属された小隊の2等軍曹バーンズ(トム・ベレンジャー)は冷酷非情、何度も死線をくぐりぬけた古強者で目的のため手段を選ばない。3等軍曹エリアス(ウィレム・デフォー)は戦場にありながらも、非合法な行動はしない正義漢だった。そんな13人の小隊は、ある日ベトコンの基地と疑われる小さな村に入り検査する。その途中バーンズは疑わしい村民を追求するあまり銃殺してしまう。バーンズの非道な軍法違反に激昂したエリアスは、彼に殴りかかり「軍法会議にかけてやる」と叫び、帰営してからエリアスは上層部に報告する。バーンズはエリアスを偽善者だと嫌っており、以後二人の対立は決定的となった。そんなある日、隊がべトコンと戦闘となり、エリアスは一人偵察に向かう。ひそかに、その後を追ったバーンズは、エリアスを銃撃する。

そして、バーンズはエリアスが死んだと伝え撤収したが、クリスはバーンズの仕業だと勘づいていた。
ヘリコプターで戦地を飛び立つ小隊は、ヨロメキながらジャングルから歩み出る、エリアスを発見するが、べトコンの銃弾にエリアスは倒れる。

バーンズに疑いの眼を向けるクリスに対し、バーンズは俺が現実だ、殺してみろと脅す。
そんな小隊に運命のべトコン総攻撃の日が巡ってくる・・・・・・
【プラトーン予告】

(原題 Platoon/製作国アメリカ/製作年1986/120分/監督・脚本オリヴァー・ストーン)

プラトーン受賞歴


第59回アカデミー賞作品賞受賞
第44回ゴールデングローブ賞ドラマ部門作品賞受賞


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プラトーン・解説・感想

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plato-po2.jpg戦争の実態が表現されていると、ベトナム帰還兵達も折り紙をつけているというこの映画は、間違いなくベトナム戦争に対するその後の映像表現を一変させた。
この映画に描写されているベトナム戦争の真実は、確かに異常で狂気に満ちている。

ここで闘う兵士たちは、何のために命がけで闘っているのか。

そう問わざるを得ない・・・・

しかし、何か違和感があった。

platon-helmet.jpgこの戦争を始めたアメリカ政府に対する憤りは、ベトナムの戦場で戦った兵士たちにとっては怨念に近いだろう。
戦場で兵士同士の内紛や無軌道な争いが発生するのは、すでに正義なき戦争とアメリカ国内でも叫ばれ、現地の兵達も同様の思いでいる以上、そのストレスとフラストレーションは軍内部で渦巻いていただろう。
(右ヘルメット文章:俺が死んだら上下逆さに埋めてくれ。世界が俺のケツにキスできるように)

そんな中、闘わなければならない状況に同情を感じた。
その現実は切実に伝わってきた。

それでも、やはり違和感が消えない。
 
platoo-po.jpg違和感の正体を確かめるために、多分5回以上みていると思う。
この映画は問う。
アメリカはなぜベトナムで闘わなければならなかったか。

アメリカ兵がベトナムでなぜこんなにも苦しまなければならなかったか。
アメリカ兵の真の敵は誰なのか。

この映画が追求する問題を、こう整理して違和感の理由に気がついたのだ。

ここで言うベトナム戦争の真実とはアメリカ兵にとってのみの真実だ。
USA-flag.pngここに描かれている軍隊の痛みとは、アメリカ軍の痛みだ。
アメリカ兵士の怨み。アメリカ兵士の怒り。アメリカ兵士の悲しみ。
アメリカ兵士の悲劇に対して、憤怒のありったけを込めて、アメリカ政府の責任を追及するその第一歩・・・・・

しかし―
ベトナム兵は?
ベトナム人はどこだ?
 
私は問いたい。

アメリカ兵よ、どこに行って、誰を殺したのか?
ベトナム兵の痛みが、自分たちの痛みより少ないと思うのか?

plato-viet3.jpegアメリカ兵に国土を蹂躙され、家族を殺され、家を焼かれ、枯葉剤を巻かれ、国家を二分され、同国人同士戦わされ、圧倒的近代兵器の前に立たされ、それでも自分たちの国を、友を、家族を守るために命を顧みず闘ったベトナム人とベトナムに対して、なぜこの映画は触れていないのか。

ベトナム軍の真実、ベトナムの民衆の思い、その痛み、苦しみはどこにも描かれていない。

まるでアメリカ軍の兵隊のみが被害者として存在している様に。

platon-viet2.jpgやはり、この描き方は間違っている。

これがアメリカ国内で、傷ついたアメリカ人の為のメッセージとして作られたとしても、いや、それであれば尚更ベトナム人の痛みを描くべきだった。
ベトナム戦争の問題を真に解明するためには、アメリカがベトナムを侵略したと言う事実を認め、ベトナム人にどれほどの苦痛を与えたかを検証することが、絶対必要だ。


アメリカ兵の苦しみはつまるところ、正義なくしてベトナム人を殺さざる得なかったところに在るのだから。

Film.jpg
この映画がさらに危険を孕むのは、ドラマという表現形式が主人公側に見る者の気持ちを取り込む=感情移入を促す仕掛けが在る点だ。

主人公に同化・同情してしまえば、客観的に判断できなくなるというその仕組みゆえに、映画はプロパガンダに使われてきた

この映画も同じ構造を持っていはしまいか。

それがプロパガンダと簡単に分る位の技術的な低さであれば、まだ危険は少ないが、この映画のように作り手側が本気で自らの怒りを表出し、尚且つ技術的に優れていれば見る物は作り手の望む答え「ベトナムで戦ったアメリカ兵達の悲劇」と言う文脈でしか見ることができない。

実際、作者が真剣に誠実に誠心誠意作れば作るほど、必然的に語られる内容が力を持ち、最終的にその答えが間違っていたとしても遠く広く伝播していってしまう危険を孕むのだ。

pla-orive.jpg
これがオリバーストーン監督の『7月4日に生まれて』であれば私は文句は言わない。
敵がアメリカ政府であることがハッキリしているからだ。

しかし、この映画の舞台ベトナムでの戦闘で苦しむアメリカ兵という描かれ方をされてしまえば、監督の本意ではなくともアメリカ兵を襲うベトナム兵に対する憎悪を生むのではないかと恐れるのである。

たぶんオリバー・ストーンは自伝的なこの映画で、その苦しみのあまりの深さゆえに客観的な視点、公平性を欠いてしまったのであろう。それほどアメリカ人にとって辛く苦しい事実だったのだと、この映画の不公平な叙述が語っている。

また、それは日本の侵略の歴史にも通ずる、どこか眼を背けたい事実かもしれない。
それでも、自らが蹂躙してしまった者達に対して真摯に詫びる所から、始めるしかないと思うのだ・・・・・・

plato-viet24.jpgそれゆえもう一度言う―
 アメリカ兵よ、どこに行って、誰を殺したのか?
アメリカ兵よ知るべきだ、ベトナム人は君達よりもさらに辛く過酷な戦いを強いられたことを。

その、ベトナム戦争におけるアメリカの侵略の罪を直視さえしていたならば、その後の湾岸戦争の混迷も、テロもなかったのではないかと夢想する。

若き日のジョニーディップも出ています。
死んでしまいますが・・・・・・・

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以降

プラトーン・ネタバレ

を含みますので、ご注意下さい。
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(あらすじより続く)
ベトコンの大攻勢により接近戦が始まっり、次々と倒れていく戦友たち。夜が明けた時には、クリスは傷つきボロボロだった。バーンズはそんなテイラーに襲い掛かり、絶体絶命と思われたとき爆弾が炸裂した・・・・

エリアス射殺のことを気づいていたテイラーは、バーンズに向けて怒りの引金を引いた。

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プラトーン・ラストシーン

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【テイラー・モノローグ】
今思うのは、振り返ってみれば、敵と戦っていたのではなく、同士討ちをしていたのだ。敵とは我々自身だった。今、私にとって戦争は終わったが、たとえ休んでいる時でも、それはいつでも存在する。エリアスがバーンズと戦ったのは、ラーが言う「魂の場所」のためだと確信している。時が過ぎて、二人の父親の子供のように自分を感じている。しかし、どうであれ、我々は再び築く義務がある。我々の経験を他の者に教え、そして、この残った命で善良なものと人生の意味を探すのだ・・・・・


このラストのモノローグが語るのは、ベトナム戦争の悲劇がアメリカ人の同士討ち、内輪もめにあったと語っている。

再度問おう―
アメリカ人よどこに行って誰を殺したのか?
その戦争には相手があったのだ。
ベトナム戦争での米軍の戦死者5万8220名に対し、ベトナム人の戦死者200万人という事実を、アメリカ人はどう考えているのだろうか?

実際その後のオリバー・ストーンの作品を見れば、世間の問題をリベラルな反権力の立場で追求して頭が下がる。
つまりは、そんなオリバー・ストーンであっても、戦争の主観的な体験は人の心の深部に刻まれ、人格に影響を与えるという証拠ではないだろうか。

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posted by ヒラヒ・S at 18:11| Comment(4) | TrackBack(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする