2017年06月12日

『フォレスト・ガンプ』ホラ話・アメリカ現代史/ネタバレ・ラスト・結末感想

フォレスト・ガンプ(ネタバレ・結末 編)


原題 Forrest Gump
製作国 アメリカ
製作年 1994
上映時間 142分
監督 ロバート・ゼメキス
脚本 エリック・ロス
原作 ウィンストン・グルーム


評価:★★★☆  3.5点



この映画は、トム・ハンクスの演技力が光る作品だと思います。
フォレスト・ガンプという男の波瀾万丈の人生を、楽天的に、大らかに、描いているアメリカ的な物語で、アメリカ人から見ると、懐かしくもあり、楽しくもある、更に涙を誘う作品でも有ります。
そんな点が評価され、1995年の第67回アカデミー賞で、作品賞、監督賞、主演男優賞などに輝きました。
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『フォレスト・ガンプ』予告動画


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『フォレスト・ガンプ』出演者

フォレスト・ガンプ(トム・ハンクス)/ミセス・ガンプ(サリー・フィールド)/ジェニー・カラン(ロビン・ライト)/ダン・テイラー(ゲイリー・シニーズ)/バッバ・ブルー(ミケルティ・ウィリアムソン)/フォレスト・ガンプJr.(ハーレイ・ジョエル・オスメント)
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以降の文章には

『フォレスト・ガンプ』ネタバレ

が含まれますご注意ください。

(あらすじから)
フォレストがバスを待っていたのは、ジェニーに会いに行くためだった。
話を聞いていた老婦人から、そこが近くだと教えられ、フォレストは走ってジェニーが待つアパートの一室へ辿り着いた。そこにジェニーの息子が帰宅した。
【意訳】ジェニー:私の親しい友達、ガンプさんよ。こんにちはは?/息子:こんにちは。/フォレスト:こんにちは。/息子:今、TV見に行っていい?/ジェニー:良いけど音小さくね。/フォレスト:君はママなんだね。/ジェニー:私はママよ。彼の名前はフォレスト。/フォレスト:僕の名前みたいだ。/ジェニー:彼の名前は彼のパパの名前よ。/フォレスト:パパの名前もフォレストなの?/あなたがパパなの。フォレスト。(フォレスト下がる)/ジェニー:ねえ、フォレスト、こっち見て。あなたは何もしなくていいの。あなたは何も悪くないの。いい。彼、美くしくない?/フォレスト:今まで生きてきた中で一番美しい。でも、頭は良いの?僕−/ジェニー:彼は賢いわ。クラスでも一番なの。/フォレスト:そうか、OK、彼と話してくる。(息子に近づく)何見てるの?/息子:バートとアニー

ジェニーは彼がフォレストと自分の子供であると告げる。
その後、ジェニー本人から「不治の病」を罹っていると告白されたフォレストは、改めて自分の想いを伝え、結婚を誓い合う。
アラバマのフォレストの家に帰り、結婚式を挙げる2人。
結婚式

【意訳】フォレスト:ダン中尉、ダン中尉。/ダン:こんにちはフォレスト。/フォレスト:ダン中尉足が・・・/ダン:ああ、新しい足が。チタン性の特注だ。スペース・シャトルに使われてるんだ。/フォレスト:魔法の足だ。

彼らを祝福するために訪ねてきたダンはチタン製の義足をつけ、アジア系の女性と婚約していた。
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『フォレスト・ガンプ』ラスト


程無くしてジェニーは亡くなり、フォレストは幼少の頃一緒に過ごした木の下に彼女を埋葬した。
【意訳】ジェニー:ねえ、フォレスト。ベトナムは恐かった?/フォレスト:う〜ん、分からないな。ある時は雨上がりに星が出ると、美しかった。ベトナムの湾の太陽が沈む時は、水に一万の輝きが見えた。山の湖もきれいだった。透き通って上と下に二つの空があるようだった。それに砂漠の日の出、境が分からなかった。どこまでが天国で、どこからこの世なのか、美しかった。/ジェニー:私も一緒に見たかったわ。/フォレスト:君もいた。/ジェニー:愛してるわ。/フォレスト:君は土曜の朝に死んだ。僕等の木の下に君を埋めた。君のお父さんの家は、ブルドーザーで土に戻した。ママはいつも言ってた。「死は人生の一部だって。」でも悲しい。

小さなフォレストは元気だ。直ぐに学校に戻る。毎日、僕が朝、昼、晩を作ってる。そして毎日、髪をとかし、歯を磨かせている。ピンポンも教えている。釣りもよく行く。本もよく読む。それは頭の良い子だ、ジェニー。君も誇りに思うよ。僕もだ。あの子から手紙だよ。読むなといわれたから、君のためにここに置いておくよ。ジェニー、僕には分からない。正しいのはママなのか、ダン少尉なのか。みんなには運命があるのか。それとも、いつでも風に漂っているだけなのか。だけど、その両方なんだろう。その両方が同時に起こっている。君が恋しいよ。何か欲しいものがあれば、直ぐに呼んでくれ。

フォレストは、かつての自分のように息子をスクールバスで小学校へ送り出す。
そしてバス停で息子を待つガンプの足元から、羽が飛び立ち物語は幕を閉じる。

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『フォレスト・ガンプ』結末感想


人生は、風に漂う羽のようでもあり、人それぞれ運命が決まっているのか。
フォレストはその両方だといいます・・・・・・・

この「ほら話」は、風に漂い偶然のせいにするところと、運命に導かれるところを、話の都合に合わせて上手く使い分けていると思います。


壮大で、トム・ハンクスの名演が光る作品なだけに、個人的には歴史解釈の点を惜しまざるを得ません・・・・・


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posted by ヒラヒ・S at 18:14| Comment(2) | TrackBack(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月09日

『フォレスト・ガンプ』ホラ話・アメリカ現代史/解説・感想・評価・批判

フォレスト・ガンプ(感想・解説 編)


原題 Forrest Gump
製作国 アメリカ
製作年 1994
上映時間 142分
監督 ロバート・ゼメキス
脚本 エリック・ロス
原作 ウィンストン・グルーム

評価:★★★☆  3.5点



この映画は、トム・ハンクスの演じる主人公フォレスト・ガンプが、アメリカの1950〜90年の歴史を走り続けるような映画です。
ここには、アメリカの物語の伝統「トール・ストーリー(ほら話)」の伝統があるように思います。
また同時に、そんな「ほら話」がこの映画の題材に相応しかったのかと、問いたい気持ちもあります・・・・・
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『フォレスト・ガンプ』予告動画


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『フォレスト・ガンプ』解説

「アメリカン・トール・ストーリー」ほら話の伝統


この映画を見て、アメリカのトール・ストーリー(ほら話)の伝統を思い起こしました。

「トール・ストーリー=Tall Story:Tall tales=背の高い物語」とは、誇張された部分や信じられない部分を含んだ、大きく驚くようなありえないような「ホラ物語」です。

トール・ストーリーの主眼は、物語全体をどうオーバーに誇張するかにありますので、話として非常に面白いですし、現実離れしたファンタジーに近づくように思われます。

このアメリカの民間文学の伝統である、「トール・ストーリー」は、アメリカの開拓者達が、火の周りに集まったときに自慢話合戦から始まったと考えられているようです。
アメリカのほとんどの「トール・ストーリー」は、勇敢な探検家が西部の荒野へ進んだ、1800年代の西部開拓の冒険時代から由来しているといいます。

そんなアメリカの民話の人気者の例を挙げてみましょう。
gump-Paul-Bunyan.jpg
ポール・バニヤン(Paul Bunyan)は、アメリカ合衆国の伝説上の巨人、西部開拓時代の怪力無双のきこりです。

「生まれたときから8mという巨体で、木を伐採すると1日で山が丸裸になって、ベイブという巨大な青い牛を連れていて、五大湖やミシシッピ川をつくった」という凄い人です。

ペコス・ビル(Pecos Bill)はアメリカ合衆国の伝説上のカウボーイです。
gump-pecos.jpg
コヨーテに育てられて、身長が2メートル以上あって、気は優しくて力持ちで、投げ縄の腕は超一流。
鞭として、ガラガラヘビを使い、投げ縄で竜巻を捕まえて、竜巻を野生馬のように乗りこなした。
リオ・グランデ川を掘って、カウボーイの歌を作ったという、豪快で、でも優しい人です。

これらの物語に登場する、背の高い物語の英雄達は、実在の人物に基づいていたとしても、実際の人よりも背が高く、大きくて強く優しい存在として描かれています。

そんな、アメリカ民話の伝統を正しく引き継ぎ、映画として定着したのが、この映画だと感じました。
さらに言えば、トール・ストーリーの伝統を引き継いだ映画は、他のハリウッド映画作品でも見ることができます。

関連レビュー:ティム・バートン監督の「ほら話」
『ビッグ・フィッシュ』
「ほら話=ファンタジー」の力
親子の和解の物語

そして、この『フォレストガンプ』においては、過去のニュース映像に主人公をはめ込むと言う形で、歴史的なホラを構築することに成功しました。

その特殊撮影によるリアリティーは、映画表現に新たな可能性を開くものだと思います。

しかし下手をすれば、過去の映像資料を改変して、都合のいい事実を作ることもできそうで一抹の不安も感じます・・・・・・・

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この映画はアカデミー賞に輝く高い評価を受けている作品です。
しかし、以下の文章には私見による批判、悪評が含まれています。ご注意下さい。

『フォレスト・ガンプ』感想


上で描いたように、アメリカのほら話の伝統を継ぐ、この映画は知的障害を持ちながらも優しい一途な主人公が、歴史的事件に関わりつつ成功する物語です。

gump-pos.jpgその物語は、明るく壮大で、人情味もあって、映画の語るストーリーラインや主張に素直に従えば、感動的な物語として心に響きます。
このイノセントな主人公の生きてきた道とは、大きな歴史の流れに漂う羽のように、「人生とは歴史の中で翻弄されるものだが、きっとハッピーになれる」というメッセージに集約できるかと感じました。

それは、社会の一員として生きる庶民にとっては、間違いなく実感だったでしょう。
個人では、どうしようもない時代の潮流というのも、間違いなくあると思います。
しかし、それでもこの映画が語る「歴史」に対する認識に納得がいかないのです。


Film-USA-flag.png
この映画が「歴史的事件」を語っていながら、歴史認識が皆無だという点に違和感を感じざるを得ないのです。

たとえば、映画の中で「アラバマ州立大学問題」や「ブラック・パンサー党」など黒人差別が語られ、「ベトナム戦争」が語られ、「ベトナム反戦運動」が語られ、「ジョン・F・ケネディー」や「ウォーター事件」が語られる時、その社会を揺るがし、世界を変えた事件に対し、この主人公は一切主体的に関わろうとしません。

このフォレストは歴史の場に立ち会いはしますが、それは大学卒業時にたまたま勧誘のビラを見て陸軍に入ったように、ワシントン観光中に流されるままに反戦デモに組み込まれたように、成り行きと偶然とに彩られた人生です。


しかし、普通に考えれば、ベトナム戦争や人権問題を眼にすれば、そこにはその主人公の感慨なり意見が生じるはずで、それこそが通常は映画のテーマとなるべきものだったはずです。
そしてその主人公の主義主張を通して、表現されるのが「歴史に対する責任」であるはずです。

Film.jpg基本的には歴史事実には、その事実ゆえに世界がどう変化し、その変化をどう解釈するかという言葉が求められるはずです。
なぜなら、その歴史事実によって傷つき苦しんでいる人々がいて、その人たちに対する救済や、次の世代に対する戒めを、その事実から汲み取り伝える必要があると思うからです。

たとえば、この映画で語られる歴史事実として「アウシュビッツ」が出てきて、主人公がそれを、ただ眺めているとしたらどうでしょうか?

たとえば、この主人公がヒロシマに原爆を落とした、B29エノラ・ゲイに乗っていたとしたらどうでしょうか?
何も言わずに通り過ぎて済まされるでしょうか?

極端な例だと言われるかもしれませんが、ベトナム戦争は上二つに匹敵する犯罪行為だと個人的には思います。
また、人種差別の問題も100年に渡る差別の中で多くの黒人が命を落してきた経緯と、その差別を受けた者達の苦悩はどれほどのものか想像もつきません。
この両者に対して何の意見も表明されないという、この映画の描き方は異様ですらあると思います。

例えば「アラバマ州立大学黒人入学問題」では、ウォーレス知事に「なぜ黒人が大学に入ってはいけないのか」と聞いてほしかったのです・・・・・・・
「ベトナム戦争の反戦集会」ではマイクを切らず、ベトナムでどんな苦しみがあったか語らせてほしかったのです。

【意訳】後ろの男:お前はいいヤツだ。いいぞ。/フォレスト:分かった。(フォレスト・ナレーション:演説をしている男がいた。アメリカ国旗のシャツを着た男が、Fの付く言葉をたくさん言い、それを聞くたびに観衆が喜んでいた)/国旗シャツの男:来いよ、早く、上がって来いよ。/国旗シャツの男:前線の話を。/フォレスト:ベトナムの話?/国旗シャツの男:ベトナム、クソッタレ戦争の話だ!/(フォレスト・ナレーション:ベトナムについて僕に言えることは唯一つだった)/フォレスト:ベトナムについて僕に言えることは唯一つ。ベトナムでは・・・(男がマイクの線を抜く)観衆:聞こえないぞ、何も聞こえない。/フォレスト:僕にいえるのはそれだけです。/国旗シャツの男:素晴らしい。その通りだ。君の名前は/フォレスト:フォレスト、フォレスト・ガンプ/国旗シャツの男:フォレスト・ガンプ

しかしこの映画は、それらの歴史解釈を、慎重に語らないように努めているように見えます。
ここにあるのは、アメリカ現代史に対する肯定でも否定でもなく、単なる事実の羅列です。
そしてそのことで、その事件・事実に関わった人々が傷つく結果になっていないかと恐れるのです。
関連レビュー:ベトナム戦争の罪を語らない映画
『プラトーン』
オリバー・ストーンの自伝的物語
ベトナム戦争の敗北の真実

さらに言えば、これらの人権問題や、ベトナム戦争という、負の歴史を正面から捉えていないことで、このフォレスト・ガンプに代表される白人中間層(それはトランプ政権の支持基盤でもありますが)の、人種差別や反グローバリズムの感情を助長するのではないかと恐れるのです。
Gump-forest.jpg
実を言えば、こんな不自然な過去の歴史に対する無関心を成立させるために、この映画は主人公を知的障害があるという設定にしたのではないかと疑っています。

例えば、これが普通の人間であれば、この映画の事件の現場で意見を言わずに済ませられないでしょう。
その無関心さを、イノセントさとして演じて見せた、トム・ハンクスの演技力も恐るべきものだと思います。


個人的な印象では、トム・ハンクス演じるキャラクターには、白人中間層を代表するような役柄が多いような気もします・・・・・・・・・・
関連レビュー:人種差別が垣間見える映画
『グリーン・マイル』
刑務所の奇跡の物語
トム・ハンクス主演のアカデミー賞作品


映画としての表現技術が高いにもかかわらず、その表現力を歴史を無視する方向で使役していることに疑問を持ったものですから、敢えて申し上げました。

当作品に対する評価★★★☆ 3.5点は、映画表現としては5点に近いものの、その歴史性無視ゆえに★をマイナスしました。

現実をほら話として語るには、もう少し時が立つのを待った方が良いのではないでしょうか・・・・・・

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posted by ヒラヒ・S at 17:16| Comment(2) | TrackBack(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月07日

『フォレスト・ガンプ』ホラ話・アメリカ現代史/フォレスト・実話・事件の解説

フォレスト・ガンプ(実話・事件 編)


原題 Forrest Gump
製作国 アメリカ
製作年 1994
上映時間 142分
監督 ロバート・ゼメキス
脚本 エリック・ロス
原作 ウィンストン・グルーム

評価:★★★☆  3.5点



この映画は、トム・ハンクスの演じる主人公が、アメリカの現代史の現場を駆け抜けるような映画です。
そんなフォレスト・ガンプが関わった歴史や事件を、簡単ながら説明・解説させて頂きたいと思います。
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『フォレスト・ガンプ』予告動画


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『フォレスト・ガンプ』解説

アメリカ現代史・実話とフォレスト・ガンプ


この映画の時代背景は、1950年代から90年代にかけてのアメリカ現代史とシンクロしています。
また、ロバート・ゼメキス監督が「バック・ツー・ザ・フュチャー」で使った、主人公が歴史を変えるという手法を、さらに大胆に、見事な特殊映像効果を使って、効果を上げていると思います。
以下、私が気が付いたトピックスを紹介させていただきます。
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フォレストの名前はクー・クラックス・クラン(KKK)の創設者、ネイサン・ベッドフォード・フォレスト将軍から由来しているそうです。
クー・クラックス・クラン

僕が赤ん坊のときママは南北戦争で英雄になる、ネーサン・ベットフォード・フォレスト将軍から名前をつけた。ママは僕たちが血がつながっていると言ったが、彼はクー・クラックス・クランというクラブを作った。彼等はローブとベッドシーツで着飾ってユーレイのマネみたいな事をする連中だ。馬にもシーツをかぶせて走らせた。何にしろそれがフォレストの由来だ。ママは、人間はバカなことをすると戒めるため、僕の名前をフォレストにした。

クー・クラックス・クラン(英: Ku Klux Klan、略称:KKK)はアメリカの秘密結社、白人至上主義団体である。
主に黒人、アジア人、近年においてはヒスパニックなどの他の人種の市民権に対し異を唱え、同様に、カトリックや、同性愛者の権利運動やフェミニズムなどに対しても反対の立場を取っている。
マニフェスト・デスティニーを掲げ、プロテスタントのアングロ・サクソン人(WASP)などの北方系の白人のみがアダムの子孫であり、唯一魂を持つ、神による選ばれし民として、他の人種から優先され隔離されるべきである、と主張する。
(wikipediaより)


フォレストが子供の時、母親が下宿屋をしていた。
そこに若き日のプレスリーが宿泊し、フォレストの歩き方に興味を覚えた。
エルヴィス・プレスリー

【意訳】ママ:フォレスト。私はこのステキな若い方を煩わせないでって言ったでしょ。/エルヴィス:いえ。大丈夫です。お母さん。ちょっとギターで幾つか見てもらったんです。/ママ:分かりましたわ。朝食が準備できました。よろしければお食べになって。/エルヴィス:ええ。嬉しいです。ありがとうお母さん。(ドアが閉まる)そのイカレてる、ステップを見せてくれ。今度はゆっくり。(フォレスト・ナレーション:僕は音楽に合わせて体を動かし、お尻を振った。ある日買い物に出て電気店の前を通りかかってビックリした。)ママ:子供は見ないの。(フォレスト・ナレーション:その若者はやがて"キング"と呼ばれ、歌を歌いすぎて、心臓まひを起こしたとか、たぶん"キング"は大変なんだね)

エルヴィス・プレスリー
エルヴィス・アーロン・プレスリー Elvis Aron Presley, 1935年1月8日 - 1977年8月16日)は、アメリカのミュージシャン、映画俳優。
1950年代にチャック・ベリーやファッツ・ドミノ、リトル・リチャード、バディ・ホリーらと共にロック・アンド・ロール(ロックンロール)の誕生と普及に大きく貢献した、いわゆる創始者の一人であり、後進のアーティストに多大な影響を与えた。その功績からキング・オブ・ロックンロールまたはキングと称され、ギネス・ワールド・レコーズでは「史上最も成功したソロ・アーティスト」として認定されている。(wikipediaより)


フットボールで大学進学した先は、アラバマ州立大学だった。1963年にアラバマ大学への二人の黒人学生の入学をめぐる事件の現場にフォレストは立ち会った。
アラバマ州立大学黒人入学問題


フォレスト:アール、どうしたんだ?/アール:黒人(Coon)が大学に入ろうとしてるんだ。/フォレスト:Coon?ラクーン(アライグマ)がポーチに来た時には、ママはほうきで追い払ってた。/アール:アライグマじゃない、バカ、黒人共さ。奴らは一緒に俺たちと、大学に通いたいんだと。/フォレスト:僕たちと?彼らが?/TV:廊下をブロック…ケネディー大統領は国防長官に軍の出動を命じました。ここにあるビデオテープは、州兵のグラハム将軍とウォーレス知事が対峙しております。(ウォーレス知事演説)/TV:そして、日の終わりで、タスカルーサのアラバマ大学は差別を撤廃しました。そして、学生ジミー・フッドとビビアン・マローンは夏のクラスに入学しました。/フォレスト:ちょっと、本落したよ。

アラバマ州立大学黒人入学問題アラバマ州知事ジョージ・ウォレスが、南部白人層の人種差別的な民意を背景に大統領令により認められた、2人の黒人学生ジェームズ・フッドとヴィヴィアン・マローンのアラバマ大学入学を阻止しようとしたもの。大学周辺を州兵で固めて自ら大学の門の前に立ちはだかった事件。
時の大統領ジョン・F・ケネディは2人の黒人学生に、政府特使を付き添わせ、大統領布告を読み上げて認めさせた。


アメリカ公民権運動は1950年代〜1970年代にかけて、アメリカを二分する問題だった。
関連レビュー:人種差別の歴史
『招かれざる客』
黒人と白人の結婚物語
アカデミー賞に輝く名作

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フットボールのアメリカ代表になったフォレストは、ホワイトハウスでケネディ大統領と握手をする。
ケネディ大統領


ジョン・F・ケネディ大統領
1961年当選。彼の在任中は公民権運動が盛り上がりをみせ、国外ではベルリンの壁やキューバ危機で冷戦構造が決定的になる。ベトナム戦争が本格化の様相を示し、ケネディーはベトナムから撤退を模索していたとされる。しかし彼はテキサス州ダラスで暗殺され、戦争は泥沼化して行く。更にその弟のロバート・ケネディも暗殺された。


大学を卒業しフォレストは陸軍の勧誘ビラを見て入隊した。
フォレストはヴェトナムを転戦する。
ヴェトナム戦争
第二次世界大戦後、北部にホー・チ・ミン率いるベトナム独立同盟がベトナム民主共和国を樹立し独立し、南部ベトナムは、ベトナム共和国を建国し対抗した。北ベトナムはソ連・中国の共産主義勢力が後ろ盾となっており、北ベトナムの勝利はドミノ倒しのように世界の共産化が進行すると恐れたアメリカ資本主義陣営は、南ベトナムを援助した「東西冷戦」の代理戦争だった。
1961年アメリカの大統領ジョン・F・ケネディが南ベトナムに4000名の部隊を派遣。
1964年トンキン湾事件を機にアメリカは直接介入。
アメリカ大統領は、ケネディが暗殺されジョンソンに。
1965年アメリカ南ベトナムに軍隊を派遣し、北ベトナムに爆撃攻撃「北爆」実施、255万トンの爆弾を投下。
以降アメリカ軍は最大時54万の兵力を投入するが、ジャングル内のゲリラ戦で泥沼化。アメリカ本国にてベトナム反戦運動が高まり、ベトナムからアメリカは撤退し事実上の敗北を喫する。
1975年4月30日、南ベトナムの大統領官邸は南ベトナム開放民族戦線によって占領、ベトナム戦争は終結。


帰国したフォレストは、戦友救出の勇敢な行動に対しリンドン・ジョンソン大統領から栄誉勲章を送られた。

リンドン・ジョンソン
リンドン・ベインズ・ジョンソン(Lyndon Baines Johnson、1908年8月27日 - 1973年1月22日)は、アメリカ合衆国の政治家。第36代アメリカ合衆国大統領。1963年ケネディ大統領暗殺で大統領に昇格、政権を引き継ぐ。人種差別に対して否定的であり、公民権運動に強い理解を示した。ジョンソン治世下にトンキン湾事件を契機にベトナムに本格的に軍事介入するに至る。


ヴェトナム反戦運動
当時アメリカでは公民権運動と学生運動、反戦運動が盛んだった。この三者は、その共通点として「現体制に対する反対」があった。これらの運動に多くの若者が集まり、ヒッピーなどの若者文化を形成した。


ジェニーに連れ来られたのは反戦運動のブラックパンサー党の活動拠点だった。
フォレストはそこでジェニーの彼氏となぐり合い、その場を立ち去る。
ブラックパンサー党

ジェニー:行こうフォレスト。/フォレスト:ブラックパンサーのパーティー中にケンカしてごめんなさい。
ブラックパンサー党キング牧師のように非暴力な公民権運動では社会変革はできないとして、武力行使も辞さない、暴力的な差別撤廃運動を主張したマルコムXなどに主導された、革命による黒人の解放を目指す黒人組織。ベトナム戦争は白人の為に戦争だとして、反戦を唱えた。


フォレストは卓球でアメリカ・ナショナルチームの一員に選ばれた。
後にピンポン外交と呼ばれる卓球の試合を行う。
ピンポン外交
gump_pingpong.gif

ピンポン外交(ぴんぽんがいこう)とは、1971年(昭和46年)に日本の愛知県名古屋市で行われた第31回世界卓球選手権に、中華人民共和国(中国)が6年ぶりに出場し、大会終了後に中国がアメリカ合衆国など欧米の卓球選手を自国に招待したことを嚆矢とする米中間を中心とした一連の外交をいう。これにより1949年10月1日の中華人民共和国建国以来険悪だった米中関係の緊張緩和が実現、同年7月にヘンリー・キッシンジャー大統領補佐官が極秘に訪中、1972年2月には、リチャード・ニクソン大統領の訪中につながった。(wikipediaより)


ピンポン外交で有名になったフォレストは、テレビ「ディック・カベット・ショー」に出演しジョン・レノンと会い、ジョンの代表曲『イマジン』の歌詞を生む。
ジョン・レノン「イマジン」
【意訳】ディック・カベット:フォレスト・ガンプです。さあ座って。フォレスト・ガンプ、ジョン・レノンだよ。/ジョン・レノン:お帰り/ディック・カベット:中国に行ったなんて・・・・どんな国だった?/フォレスト:中国という国は人々が何も持っていません。/ジョン・レノン:何も持ってない?/フォレスト:それと教会に行きません。/ジョン・レノン:宗教もないのか?/ディック・カベット:想像できない。/ジョン・レノン:努力すれば簡単さ。(フォレストナレーション:数年後英国から来たその若者は、家に帰る途中ファンにサインをしている時、何の理由もなく誰かに撃たれた。)
上の会話、所有物もない、宗教もない、試してみれば簡単なこと、想像してご覧というのは、ジョンの代表曲『イマジン』の歌詞だ。

【イマジン和訳】
Imagine there's no Heaven(想像してみよう、天国が無いと)
It's easy if you try(試してみれば、簡単なこと)
No Hell below us(我々の下に地獄はない)
Above us only sky (我々の上には ただ空がある)
Imagine all the people (想像してみよう、みんなが)
Living for today...(今日を生きている)

Imagine there's no countries (想像してみよう、国が無いと)
It isn't hard to do(それは、難しいことでは無い)
Nothing to kill or die for(殺人や死も無く)
And no religion too (そして宗教すらも無い)
Imagine all the people(想像してみよう、みんなが)
Living life in peace(平和に暮らしているのを)

You may say I'm a dreamer(僕のことを夢想家だと言うだろう)
But I'm not the only one(でも僕は一人じゃない)
I hope someday you'll join us (いつか君も我々に加わって)
And the world will be as one (そして世界はひとつになる)

Imagine no possessions (想像してみよう、何も所有しないと)
I wonder if you can (君なら出来るはずだ)
No need for greed or hunger (欲も飢えも必要ない)
A brotherhood of man(人々は全て兄弟だ)
Imagine all the people(想像してみよう、みんなが)
Sharing all the world(全世界を共有する)

You may say I'm a dreamer (僕のことを夢想家だと言うだろう)
But I'm not the only one (でも僕は一人じゃない)
I hope someday you'll join us (いつか君も我々に加わって)
And the world will live as one (そして世界はひとつになる)


ピンポン外交で活躍したフォレストはホワイトハウスでニクソンと面会する。
そこでニクソンはフォレストにウォーターゲート・ホテルを紹介する。
そこは民主党党本部のあるウォーターゲート・ビルの正面で、真夜中に民主党党本部に盗聴器を仕掛けようとしていた、ニクソン大統領の不正工作を目撃する。
ウォーターゲート事件

ニクソン:どこに泊まっているんだ?/フォレスト:ホテル・エボットです。/ニクソン:だめ、だめ、だめ、だめ。もっといいホテルを知ってる。出来たばかりで、現代的だ。君の為に私のスタッフが準備するよ。/ホテル従業員:保安部のフランク・ウイルスです。/フォレスト:ああ、その、保守点検員を向かいのビルのオフィスに送ったかな。ライトを消して欲しいんだ。懐中電灯を使っているから、彼らはたぶんヒューズ・ボックスを探してるんだと思うけど、それで僕は寝れないんだ。/ホテル従業員:わかりました。確認します。/フォレスト:ありがとう。/ホテル従業員:どういたいしまして。/フォレスト:お休み。/ホテル従業員:お休みなさい。(TVのニクソン大統領の退任演説)
ウォーターゲート事件1972年の大統領選挙戦のさなかに当時のニクソン共和党政権の野党だった民主党本部があるウォーターゲート・ビル(ワシントンD.C.)に、何者かが盗聴器を仕掛けようと侵入し警備員に発見されて警察に逮捕されたことから始まった。やがて犯人グループがニクソン大統領再選委員会(Committee to Re-elect the President, CREEPまたはCRP)の関係者であることが分かり、当初ニクソン大統領とホワイトハウスのスタッフは「侵入事件と政権とは無関係」との立場を取ったが、ワシントン・ポストなどの取材から次第に政権内部がこの盗聴に深く関与していることが露見する。合衆国史上初めて大統領が任期中に辞任に追い込まれ、2年2ヶ月に及んだ政治の混乱が終息した。


そしてフォレストは創業当時のアップルの株を買っていた。


【意訳】フォレスト・ナレーション:バッバ-ガンプ・カンパニーの資金は彼(ダン=会社パートナー)が管理していた。彼はある果物会社(アップル)に投資していた。そして、彼からの電話で、もうこれからお金の心配はいらないと言われた。
アップル(英: Apple Inc.)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州に本社を置く、インターネット関連製品・デジタル家庭電化製品および同製品に関連するソフトウェア製品を開発・販売する多国籍企業である。
1980年のAppleの株式公開に合わせて、株を取得していたら、一株3.59ドル(約395円110円換算)が1990年には10.63ドルと3倍、1991年には17.00ドルと5倍の価値に跳ね上がっています。さらに言えば、2011年9月には422.86ドル(約46,515円)の高値を付け、公開時の118倍の価値を生んでいます・・・・・・・・


アメリカ大陸を横断する中で、バンパーに貼るステッカーの業者から声を掛けられた。
「シット・ハップン」ステッカー

【意訳】バンパーステッカー業者:聞いてくれ、僕はバンパーステッカーを仕事にしてて、いい言葉の着想を得たいんだ。そして、あなたが周囲の人たちに影響を与え続けているのを見て、俺も助けてくれるんじゃないかと思ったんだ。うわ!犬のクソ踏んだぞ!/フォレスト: それは起きる( It happens.)/バンパーステッカー業者:何だって、ヒドイ( What, shit?)/フォレスト: たまに/フォレスト・ナレーション:数年あと、あの男の人がバンパーステッカーを作って、それで大儲けしたと聞いた。

gump-shit happen.gifこの会話の中にある「Shit happens」とは、「不運(クソ)は起きる」という意味のようだ。そしてこの「Shit happens」は車ステッカーとして、1980年代に人気が出て、全米的なヒット商品となった。


さらに走り続けると、車に泥水を掛けられ、Tシャツで顔をふく。
その顔の跡がニコちゃんマーク(英語名:ハバ・ナイス・デー)だった。
「ハバ・ナイス・デー」マーク

【意訳】フォレスト・ナレーション:またある時、Tシャツ業で破産した男がいた。僕の顔でTシャツを作ろうとしたが、上手く描けなくて、カメラももってなかった。
Tシャツ業者:ほら、これを使って。皆この色が好きじゃないんだ。/フォレスト:それじゃあ。(Have a nice day)/フォレスト・ナレーション:数年後、その男が作ったTシャツを見つけた。彼はそれで大儲けした。

gump-niceday.jpgフィラデルフィアの兄弟マレーとバーナード・スペインにデザインされて、車のステッカーやマグカップなど、世界中で販売された大ヒットマークが「ハバ・ナイス・デー」。
ニコちゃんマーク自体は、ハーベイ・ボールというデザイナーが、1963年に保険会社のキャンペーンのため10分で45ドルの報酬で書いたマークだったという。ハーベイ・ボールはそのニコちゃんマーク(英語名:スマイリー)を敢えて商標登録せず、皆に使ってもらいたいと考えたようだ。
マレーとバーナード・スペイン兄弟は、そのマークに「ハバ・ナイス・デー」という言葉を付けて、その組合せを商標登録し販売したので大儲けした。その商品名「ハバ・ナイス・デー」というフレーズが、今ではニコちゃんマークのアメリカでの呼び名になっているらしい。


このように、歴史的大事件から、文化ムーブメント、産業界まで大小硬軟取り混ぜて、フォレストがアメリカの現代史と並走する映画です。
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posted by ヒラヒ・S at 17:06| Comment(2) | TrackBack(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする