2017年05月13日

実写『ゴースト・イン・ザ・シェル』センスオブワンダーの行方/ネタバレ・ラスト・結末感想

ゴースト・イン・ザ・シェル(ネタバレ・結末 編)


原題 GHOST IN THE SHELL
製作国 アメリカ
製作年 2017/上映時間 120分
監督 ルパート・サンダース
脚本 ウィリアム・ウィーラー
原作 士郎正宗

評価:★★★   3.0点

なかなか評価が分かれている印象ですが、この映画のビジュアルのクオリティーは一見の価値があると思います。
また、この実写版だけのオリジナル・ストーリー部分こそが、個人的にはこの映画の最も心動かされるシーンでした。

『ゴースト・イン・ザ・シェル』予告動画

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以降の文章には

『ゴースト・イン・ザ・シェル』ネタバレ

が有りますご注意ください。
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(ストーリーから)
鍵のある部屋に行くと、そこには見覚えのある猫がいて、一人の女性(桃井かおり)がいた。
ghost-momoi.png
その女性は少佐を見ると部屋に招き入れた。

彼女が語るには、モトコという娘がいて、一年前に警察から連絡が有り死んだと告げられたことを語った。
少佐は自分がそのモトコだと確信した。
そして去ろうとする少佐に、その部屋の女性は必ずまた来てねと言った。

少佐は荒巻に自分の知った事実を報告した。
自分の記憶が作られたもので、ハンカの計画によってクゼのような多くの犠牲者が出たと。
それはハンカの社長カッターが行った犯罪であると。
荒巻はカッターに責任を取らせることを決断し、首相官邸に報告に向かった。
少佐はクゼを探しバイクで疾走する。
ghost-bike.jpg

カッターは自分が窮地に立ったことを知って、荒巻をハンカ防衛隊に襲わせた。
しかし荒巻の手で返り討ちにあい、更に荒巻は9課全員に警戒を呼び掛けたので、ハンカの手の者は全て撃退された。

少佐は古びた倉庫に来た。
そこででモトコが連れ去られる光景が脳裏に浮かび上がった。
そしてカッターと自分がここにいて、ハンカによって拉致された記憶が蘇った。
そして、少佐=モトコは、カッターがヒデオだと思い出した。
そして、カッター=ヒデオは自分と共にネット世界に転移し、ハンカに復讐しようと言った。
そのとき二人を閃光が包んだ。
カッターが戦車で攻撃を始めたのだった。
ghost-Tankatack.gif

Ghost-tankBr.png
クゼ=ヒデオは下半身を喪い、モトコも損傷し動けなくなる。

クゼ=ヒデオは戦車の砲撃により消滅した。

少佐に戦車の照準が向けられたとき、9課の攻撃により戦車は破壊された。
ガトーが駆け寄り助け、本当の名前はと尋ねた。
少佐はモトコと答えた。

荒巻はカッター社長を、国家反逆罪で射殺した。
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『ゴースト・イン・ザ・シェル』ラスト

少佐は、モトコの墓の前にいた。
ghost-cemetary.png
そこにモトコの母が来る。
少佐はもうここに来る必要はないと、その母に告げ二人は抱き合った。
last-face.jpgそして昼、ビルの屋上に少佐がいた。
荒巻の声が告げる「事件はお前にまかせる。」
少佐は事件に向けダイブした。

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『ゴースト・イン・ザ・シェル』結末感想



この映画で最もユニーク性、 センスオブワンダーを感じたのは、少佐が母を訪ねたシーンだった。
goast-pos.jpg
かつてSF映画で、ここまでウェットな情緒性を持った表現が、あったろうか?

しかもその情緒性の強さは、明らかに日本的な土着性を伴っているもので、この映画の人工物に変容し、ネットに一体化していく人間達が、真に戻るべきアイデンティティーを示した名シーンだったと思う。
そして明らかに、これは実写で、桃井かおりという生身の俳優の繊細な演技があったからこその、リアリティーのある表現だと思った。

オープニングセレモニー:桃井かおりとスカーレット・ヨハンソンの絆


つまりは、実写にする際の本来の方向性は生身の人間、天然自然の景観の持つ説得力こそをいかに活かすかが重要なのだろう。
Ghost-pos-cir.jpg
逆に言えばCGが作品のスペクタクルを決め、収益に直結するのだとしても、だからこそ「実写部分=現実の要素」が作品の質を決めるのだと思える。

そういう意味では、今回の映画で垣間見えた、ネット社会における「現実=リアリティー」を、次の機会があるのならばぜひ描いてもらいたい。
それが出来る監督だと思うからこそ、その伸びシロを見越して、今回は評価★3を付けさせて頂いた。


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posted by ヒラヒ・S at 17:13| Comment(4) | TrackBack(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月10日

『ドライビング・ミス・デイジー』アメリカの軌跡/ネタバレ・ラスト・結末解説

ドライビング・ミス・デイジー(ネタバレ・ラスト 編)

原題 Driving Miss Daisy
製作国 アメリカ
製作年 1989
上映時間 99分
監督 ブルース・ベレスフォード
脚本 アルフレッド・ウーリー


評価:★★★★  4.0点

この映画は、アメリカの公民権運動を背景にしたアメリカの一時代を駆け抜けた、運転手とその主人の友情を
描いた物語です。
この物語は、アメリカ社会が人種差別を真摯に反省したからこそ生まれてきた、ある種の悔恨が描かれた作品だと個人的には感じられてなりません。

『ドライビング・ミス・デイジー』予告動画


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これ以降の文章には

『ドライビング・ミス・デイジー』ネタバレ

が含まれていますご注意下さい。

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(あらすじから)
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認知症が発症したデイジーを優しく宥め、その後献身的に支えるホーク。
そして、ある日デイジーは言った。

デイジー:ホーク・・・・あなたは最良の友だわ。/ホーク:とんでもない、デイジーさん/デイジー:本当よ。あなたこそ。あなたこそ。

1973年、認知症が進み、体調も衰えたデイジーは現在老人ホームで暮らしている。
デイジーの家は売られ、今では老齢のホークも運転はしなくなり、時々タクシーでデイジーに会いに来ている。
しかし、彼女はホークの事が分かる時と分からない時があるという。
ホークとブーリーは、感謝祭のお祝いを述べるためデイジーの元を訪れる。
driv home.jpg
そしてデイジーは、息子が未だにホークに毎週運転手としての給料を払っていることを知り、法外だと言った。
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『ドライビング・ミス・デイジー』ラスト



【意訳】ホーク:感謝祭のパイを食べませんか・・・・・どうぞ・・・・・・・さあ、お手伝いしましょう・・・・・どうです、オイシいですか・・・・・じゃあもう少し。

ホークがパイをデイジーに食べさせているシーンで映画は幕を閉じる。
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『ドライビング・ミス・デイジー』結末感想



実はこの映画を見て、このユダヤの頑固な未亡人と初老の黒人運転手が、真に相互に親愛と友情により結びついていく様子に心打たれた。
drivi-poster.jpg
しかし同時に、その二人が当時の時代背景、社会通念に支配され、友達でありながら相互に主従の分を超えないという姿に痛々しさを覚えた。

実際この映画は、黒人運転手ホークが、デイジーの依怙地さを耐え忍び続ける映画だと言っても良い。

しかしそれでも、お互いにお互いを必要とする、お互いがお互いにとっての存在証明のごとき存在に変容していく姿が描かれ、単なる従属関係ではないことが実感として理解できる。

そして、そんな親愛を従属関係の形でしか表現できない、この両者の関係、この両者の距離感がもどかしく痛々しい。

Film.jpg
先の感想で、この映画は最後になって同じテーブルに座ったと書いた。
しかし、見てほしい。

実はホークは食べさせているだけであり、介護をしているだけなのだ。

真の友人のように、共に食事をするシーンではないのである。
キング牧師の公民権に対する命がけの運動があったとしても、古い時代に産まれ生きた者達に染みついた、時代の道徳や習慣は、決して簡単に消えはしないのだという事実を示している。

つまりこの映画のラストとは、アメリカが過去の歴史の中でどれほど人種差別によって人々を分断し、その影響が人々に何を強いたかを描いているのだと思えてならない。
お互いの親愛の情が、これほど歪な関係性の形で表される事のグロテスクさが感じられ、切なくなる。

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『ドライビング・ミス・デイジー』評価の不安



これまで書いたように、この映画の語るところを丹念に追えば、人種差別に対する悔恨を二人に託した物語だと、個人的には読み取った。
それゆえのアカデミー賞の高評価だろうと納得もした。

しかし、私はIMDBを見て不安になってしまった事を、告白しなければならない。
IMDb_logo.pngInternet Movie Database(インターネット・ムービー・データベース、略称:IMDb)は俳優、映画、テレビ番組、テレビ・スターおよびビデオゲームに関する情報のオンラインデータベース。1998年からはAmazon.comによって提供されている。
IMDbでは映画上映スケジュールや予告編をチェックできるほか、写真ギャラリーやテレビ番組の放送予定、DVDの発売情報、 人気チャートの閲覧や、映画情報を共有することができ、150万本以上の映画とテレビ番組にアクセスできる。(wikipediaより)

このIMDbには、一般の評価コメント欄がある。
Film2.jpg
そのコメントを見たところ、その高評価の理由に、私が思っていたこととは違う言葉が発せられていた。

いわく、古き懐かしいアメリカが描かれているとか、この美しいノスタルジーとか、この映画の持つ古い時代を良きものとして捉えた批評が圧倒的に多かったのだ。
人権問題を主軸とした物語だという目線は、むしろ少数派だと言っていい。

もしこの映画が「古き良き時代」にノスタルジーを感じるための作品だとしたら、その古き良き時代を構築し得たのは、ひとえに差別を受けていた人々の、モーガン・フリーマン演じるホークの、忍耐と忍従があったからこそなのである。
従ってこの物語を「古き良き時代」の賛歌と見た瞬間、この映画は旧弊な「白人に仕える、従順で無垢な黒人」という「アメリカ白人の考える、人種差別肯定」を謳った作品と化してしまうだろう。

もしそんな映画であるとすれば、この映画は人種差別的な、醜悪な、偏見を助長する、人権主義に反する作品であると言わざるを得ない。
繰り返しになるが、個人的には、この作品の主題は「反人種差別」の物語だと信じている。
しかし、IMDBを見る限り、それが十分観客に伝わっていないというのが実情だ。
だとすれば、映画表現力として齟齬またはノイズがあるという事であり、もう少しダイレクトに言及すべきだったのだろう。

たとえば……
【自作ラストシーン】
ブーリー:いつも感謝してます。お母さんの具合は?/ホーク:やあやあ、時々俺すら忘れちまうんだよ。本当に俺を必要としているのかと疑うね。ほんとに厳しい、人種差別主義者だったから。/デイジー:私は人種差別主義者じゃありません。/ホーク・ブーリー:間違いなく、人種差別主義者だ。/ホーク:でも、いい、恨まない、そんな人間を愛した俺が悪いのさ。/ブーリー:ユダヤ教にまで改宗してもらって…/デイジー:結婚できて幸せよダーリン/ホーク:俺もだよダーリン


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posted by ヒラヒ・S at 18:41| Comment(4) | TrackBack(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月09日

『ドライビング・ミス・デイジー』アメリカの軌跡/詳しいストーリー・あらすじ

ドライビング・ミス・ディジー(ストーリー・あらすじ編)


原題 Driving Miss Daisy
製作国 アメリカ
製作年 1989
上映時間 99分
監督 ブルース・ベレスフォード
脚本 アルフレッド・ウーリー



評価:★★★★  4.0点

この映画は、ユダヤの頑固一徹の未亡人と、誠実で勤勉な黒人運転手の交流を、20年に渡り描いたハートウォーミングな物語です。
それと同時に背後に流れるのは、アメリカの近代が経験した人権運動の苦しみだったように思えます。
そんな点が評価されての、第62回アカデミー賞の作品賞、主演女優賞だったでしょう。

『ドライビング・ミス・デイジー』予告動画


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『ドライビング・ミス・デイジー』あらすじ



1948年、夏。未亡人のデイジー(ジェシカ・タンディ)は、ある日ガレージから車を出す際、アクセルとブレーキを踏みちがえて車を壊してしまう。
drivi-crash.gif

driv-dan.jpg
工場を経営している息子のブーリー(ダン・エイクロイド)は、母の身を案じ運転手を付けるというが、長年教師をしていたユダヤ人のデイジーは厳格で頑固で、息子の言葉に同意しない。

しかし息子のブーリーは、面接の上運転手ホーク(モーガン・フリーマン)という初老の黒人を雇う。
さっそくデイジーの元にホークを連れて行くが、彼女は必要ないの一点張り。
それから毎日ホークは通い続け、コミュニケーションを取ろうとしても、デイジーは頑なに拒否する。
そんなある日、家政婦のアデラがコーヒー豆が切れてるとデイジーに伝えると、彼女は市電で行くと意地を張るが、歩くデイジーをホークが車で並走し乗るように説得する。
デイジー初乗車シーン
【意訳】デイジー:何をしているの?/ホーク:あなたを店まで乗せようと挑戦してる所です。/近所の住人:こんな朝早くからどこへ?ワサンさん。/デイジー:ちょっとお買い物へ。行ってちょうだい!私は市電に乗って食料店に行くの邪魔しないで。/ホーク:でもワサンさんから、何もしないでお金をもらうわけにはいかないです。/デイジー:いくらもらってるの?/ホーク:デイジーさん。それは私とワサンさんとの間の事ですから。/デイジー:なんにしろ週に7ドルぐらいでしょ。法外な値段よ。まあ、ほんとに!/ホーク:ほんとうに、私は何もしないで・・・・・・一日椅子に座ってるだけで。/デイジー:分かったわ!ピグリーウィグリー(スパー名)、家。他はなし。/ホーク:ああ、私はこの小さな新車大好きなんです。どうです、デイジーさん?/デイジー:私はバカじゃないのよ。ホーク。

ホーク:分かってますとも。/デイジー:私の夫は車の運転を教えてくれた。夫が言ったことは全部覚えてる。一秒たりとも忘れないほどに・・・・待って。スピードの出し過ぎよ。分かってるのよ。/ホーク:たったの時速19マイル(時速30Km)ですよ。/デイジー:私は制限速度以下で走るのが好きなの。/ホーク:でもここは35マイル制限です。/デイジー:ゆっくり行けば行くほどガソリンの節約になる。私の夫はそう言っていたわ。/ホーク:動かしずらいですよ。歩いてるのとかわらない・・・・ピグリーウィグリーまで。/デイジー:これはあなたの車?/ホーク:いいえ。/デイジー:ガソリン代は出す?/ホーク:いいえ。/デイジー:いいわ、それじゃあ、私の息子は私が能力を失ったというけど、でも自分の車に乗っている時は、思い通りにするわ。どこに行くの?/ホーク:店に。あなたの言う通り。/デイジー:ハイランド交差点でなぜ曲がらないの?/ホーク:ピグリーウィグリーには、そこ曲がらなくても。/デイジー:私は、それがどこか知ってるわ!/ホーク:今ハイランド通りですから、この道を3ブロック行ったとこです。/デイジー:すぐ戻って!/ホーク:今戻れませんよ。ピグリーウィグリーに向かってますから。すぐに着きますから。/デイジー:これは道が違う!すぐ戻って!/ホーク:デイジーさん見てください。あそこ。

デイジーは文句を言いつつも、ホークはこれを機にユダヤ教会の送り迎えなど運転手としての仕事を始める。
しかしデイジーはやはりホークを認めがたく、ある日サケ缶が一つ無くなっているのを、ホークが盗んだと息子ブーリーを呼び出し文句を言った。
drive-salmon.jpgそこにホークが出勤して来て、「古い缶詰は頂けるという約束だったので頂きました。その代りコレを」と新しいサケ缶を差し出した。
ブーリーはうんざりした顔でデイジーを見て、デイジーは素知らぬ顔でその場を去った。

またある日、デイジーはホークの運転で墓参に行くが、彼が字を読むことが出来ず目的の墓を探せなかった。
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デイジーはそれからアルファベットをホークに教えるようになる。
そしてユダヤ教徒としてクリスマスを毛嫌いしていたデイジーが、ホークのため1953年のクリスマスには簡単な教科書をプレゼントした。
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そんなホークは車を新車のキャデラックにする時、万が一、今まで乗っていた車の方が良いとデイジーが言うかもしれないと、自腹で買い取った。

徐々にお互いを認め合う2人は、デイジーのアラバマ州モービルに住む兄弟の誕生会に参加するため、ホークの運転で旅立つ。
既に70歳近い高齢のホークだが、州外に出るのはこれが生まれて初めてだった。
drive-police.jpg
道中で警察官に呼び止められ、アメリカ南部に根強く残るユダヤ人・黒人の差別意識があからさまの対応を受ける。

数年後には、デイジーの家で、家政婦のアデラが倒れて亡くなる。
それ以後、ホークはデイジーの家事の負担を軽減すべく、細やかに気を配り、雪の中でも駆け付けた。
ついにはデイジーも、息子ブーリーにホークを称賛する言葉を語る。
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1966年の雨の日、デイジーはユダヤ教教会へ礼拝に向かう途中、クー・クラックス・クランによって教会が爆破された。黒人も、ユダヤ人も人種差別の標的だった。

そんなデイジーはマーティン・ルーサー・キング牧師の説教を聞くディナーパーティーに参加する。
息子のブーリーと共に出席する積りだったが、彼は人種偏見が残る同業者達への悪影響を考え欠席した。
デイジーはパーティーに向かう車中でホークを誘う。
ホークは「一月前に招待状は来ていたのだから、本当にその気ならもっと早く言うべきだ」と非難した。
結局デイジーは一人でパーティーに出席した。
driv-king.png
その夜のキング牧師の説教は、「白人の善意ある人々が成す無自覚の差別」の話だった。
その説教をホークは車のラジオで聞いた。
drive-king-hawk.png

1971年、いつものように出勤したホークは、様子のおかしいデイジーを発見する。
彼女は、子供たちの宿題を探し回って、見つからないと動転していたのだった。
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それはデイジーの認知症が表面化した最初だった・・・・・・・・・

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『ドライビング・ミス・デイジー』キャスト・出演者


デイジー・ワサン(ジェシカ・タンディ)、ホーク・コバーン(モーガン・フリーマン)、ブーリー・ワサン(ダン・エイクロイド)、フローリン・ワサン(パティ・ルポーン)、アデラ(エスター・ローレ)


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『ドライビング・ミス・デイジー』受賞歴


1989年度(第62回)アカデミー賞
作品賞:リチャード・D・ザナック、リリ・フィニー・ザナック
主演女優賞:ジェシカ・タンディ
脚色賞:アルフレッド・ウーリー
メイクアップ賞:マンリオ・ロケッティ、リン・バーバー、ケヴィン・ヘイニー
(主演男優賞、助演男優賞、美術賞、編集賞でノミネート)
1989年度(第47回)ゴールデングローブ賞
作品賞(ミュージカル・コメディ部門):『ドライビング Miss デイジー』
主演男優賞(ミュージカル・コメディ部門):モーガン・フリーマン
主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門):ジェシカ・タンディ
1990年度(第44回)英国アカデミー賞
主演女優賞:ジェシカ・タンディ
(作品賞、監督賞、脚色賞でノミネート)
1990年度(第40回)ベルリン国際映画祭最優秀競演賞:ジェシカタンディ&モーガン・フリーマン
(金熊賞でノミネート)



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posted by ヒラヒ・S at 16:54| Comment(4) | TrackBack(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする