2016年11月17日

『フォー・ウェディング』結婚制度を問う映画・あらすじ・ネタバレ・ラスト・感想

神の御前でためらう「結婚」



評価:★★★

この映画は、英国風の結婚式風景と英国風の笑いに彩られた、華燭の典を描いた映画ではあります。

基本的には女性遍歴をしてきた主人公(ヒュー・グラント)が、運命の人(アンディー・マクドウェル)に出会うんですが、なかなかスッキリと相思相愛とはならずに・・・・
4つの結婚式と一つの葬儀を経るうちに、お互いの立場も変わって、さて二人の運命やいかに・・・・
なんて、ちょっとややこしい物語です。
フォー・ウェディングあらすじ
チャールズ(ヒュー・グラント)は32歳の独身、女性にもモテるが、優柔不断で結婚となると躊躇してしまう。そんな彼が友人の結婚式に参列した時、アメリカ人女性キャリー(アンディ・マクドウェル)と出会い一目惚れする。お互い惹かれあった二人はベッドを共にするが、翌朝、結婚の話題が出て逃げ腰だったチャールズを見て一夜限りの関係で終わる。
数年後、チャールズは再び友達の結婚式でキャリーと再会するが、彼女には富豪の婚約者がいた。結婚式のパーティーでは、元カノのヘンリエッタ(アンナ・チャンセラー)に泣かれ、キャリーと共にパーティを逃げ出し、彼は再び彼女と夜を共にする。
その後、また街で偶然キャリーと会った彼は、彼女のウェディングドレス選びのお供をする。この時チャールズは彼女を愛していると告白するがすでに式は目前だった。
そのキャリーの挙式パーティーでチャールズの友人ガレス(サイモン・カラウ)が突然の死を迎える。ガレス葬儀で、同性愛の恋人マシュー(ジョン・ハンナ)が、彼への愛を弔辞で語った。
チャールズは、結婚に疑問を抱きつつもヘンリエッタと結婚する決心をし式の当日を迎える。しかし現われたキャリーが夫と離婚したと聞くと、チャールズの心は揺れ動き、ついに彼は結婚を拒否しヘンリエッタに殴られて式は中止となった。そして彼はキャリーに自らの思いを告げるのだが・・・・・・・

(イギリス/1994年/118分/監督マイク・ニューウェル/脚本リチャード・カーティス)


物語の内容も千変万化なのですが、見ている方の気持ちも右往左往してしまいます。

基本的にはラブ・コメ風味の小ジャレタ一作なんてところを目指していたのかなぁ〜なんて思いますが・・・しかし、なかなかうまくいってない気がします。

forwed.jpg
一つには、この映画の主人公の気持ちが、今一つ集中力が無い事が原因かと。

好きな相手に一直線というには、他に考える事が多すぎるようで・・・・・・
さりとて、運命の相手との結婚を夢見たりするくせ、現実的には不可能だとアキラメテいたり・・・・・・
さらには、好きでもない相手と結婚しようとして見たり・・・

そんなこんなの混乱ぶりです。

fourweddings-w.jpg
そしてまた、この映画の語りたい物語とはナンなの?
という疑問もあったりします・・・・・・


やっぱり主役がヒューグラントで相手役がアンディ・マクドゥエルなんて聞けば、恋愛映画を期待しますでしょう?

ところが・・・・・恋愛映画と言うのには、恋が迷子ですか?ってくらいどこ行ったんだという・・・

正直言って、何を中心に見りゃぁいいんですかという状態です。

本当に結婚式だけは盛大で、伝統的な教会で格調高く「誓いの言葉」を言ったりするのである。
ローワン・アトキンス演じる牧師の「誓いの言葉」

新米牧師の誓いの言葉は、どもったり、いい間違えたり・・・見てるだけで笑えます・・・・


・・・と書いてきて、気がついた・・・結局この映画が最も労力を割いているのは結婚式だった。

for-wedding-charch.jpg
つまりこの映画は、伝統的な結婚式と結婚の在り様を語りたかったのかと、そう思いだしました。
そんな結婚制度を軸に見てみれば、作中のキリスト教の神前結婚が意味する「誓い」は、神に対して絶対「妻を裏切らない=別れない」という、嘘をついたら地獄に落とされても文句言いませんという類の厳しい掟ナンですよね?

そう考えれば、主人公でなくてもウロウロしちゃいますわね。

for-wed.jpgだって、昨今の恋愛事情を経験したり見たり聞いたりしてみれば、「神の求める永遠の誓い」何て奇跡に近いでしょう?

昔々の「運命の人」と出会って「永遠の誓い」をして「死ぬまで一緒」なんていう、「愛の絶対法則」を誰か信じてる人います?

そうか〜存外この主人公イイ奴、マジメなヒトだったんだぁ〜と反省しました。
この恋愛の不確実性と、神の絶対の前で逡巡する恋人達を見て、恋に対して誠実に生きようとするのは「タイヘンだ」と思ったのです。
そんな「現代の恋愛の現実」を踏まえて、なを「神の前で永遠を誓えるか」という問いは、結局「結婚制度を現代でも維持可能か」なんてコトにつながるように思います。

そう考えると、原題「四つの結婚式と一つの葬式」という意味が、「結婚制度そのものを葬る」なんて皮肉かとも思えたりします。

しかも、このお葬式が「結婚制度を経ず」とも真に愛し合う、「ゲイ」のカップルのパートナーを見送るもので、その喪失の悲しみの「至誠」が切々と伝わってくるとき、今や結婚制度と真実の愛とは別物なんじゃないのナンテ・・・・・・そんなオソロシイことまで脳裏に浮かンできます。

fo-ued.jpgそれであれば、なるほど主人公の言う映画の最後のセリフも納得がいきますし、なかなかまじめな一本だったんだなぁとは思ったのです。


さて、マジメなことは判りましたが・・・・・・
じゃあ映画としてど〜なのとなると・・・・・・
☆3つというところかと・・・・・・

なぜなら、こんな「結婚制度の永遠」しかも「神の絶対」付きナンて、スゴイ「テーマ」をもってきちゃった割には、ラブコメ調で通そうというのがムリだったような・・・・・・
このテーマだったら、もうちょっとシリアスな方が伝わったと思うんですが・・・・・・
そうすると、商業映画としての「売り所」が難しいし・・・・・・

結局「新しいテーマ」には「新しい物語」が必要とされるのに、商売を考えると「ラブコメ」でまとめざるを得なかったというところでしょうか。for-ued.jpg
そういう点では、新しいコンテンポラリーな「ラブストーリー」を構築したかったのかなぁ〜とも思うのですが・・・・・・

と書いてきて、調べたところ海外では「ヒット」だったラシイという。

つまるところ、日本ではラブストーリーには「運命や絶対」を求めるが、外国では「ラブストーリー」にもう「奇跡」がないのが当たり前というところまで行っちゃってるので、この映画で描かれた恋愛こそが求められている「ドラマ」なのかなぁ〜と

ナンテ言訳シテミル・・・・・・
【休憩タイム】
挿入歌 Wet Wet Wetの歌う「Love Is All Around」

========================================================
スポンサーリンク

========================================================
========================================================
以降「フォー・ウェディングのネタバレ」と、
「フォー・ウェディングのラストシーン」です。
ご注意下さい。
========================================================
========================================================
========================================================

実はこの映画のラストは、そんな結婚制度に対する「辛らつ」な言葉で終わるのです。
ラストシーン
キャリーがチャールズの家を訪ね、教会で結婚を邪魔してしまったことを詫び、チャールズが大丈夫か確認しに来たと言います。
チャールズが大丈夫と答え、キャリーが立ち去ろうとするところに、チャールズが言います。
ボクが愛しているのは教会でベールを被った隣の女性ではなく、今目の前で雨の中で立っている人なんだと・・・
それに対するキャリー(動画の1分あたりから)のセリフがオシャレなので、以降を下に訳してみます。

セリフ意訳
キャリー:(好きなのは雨の中で立っている人だと言われ)まだ雨が降ってる?気がつかなかった。
チャールズ:間違いなく降ってるよ、始めて見た瞬間から君を愛してた。
チャールズ:もう離れない?/キャリー:溺れ死にでもしないかぎり、離れない。
チャールズ:中に入ろう。
チャールズ:でも最初に聞いておきたい。服が乾いたあとも、そのあともずっと一緒にいよう。誓う?
チャールズ:僕と結婚しないね?
チャールズ:僕たちは結婚しないほうが、もっと安らげる人生を送れる。
チャールズ:僕と結婚しないと誓う?/キャリー:誓います。


ということで結婚と愛は関係ないという映画でした。



スポンサーリンク
posted by ヒラヒ・S at 20:47| Comment(4) | TrackBack(0) | イギリス映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月12日

名曲『アメイジング・グレイス』の意味と映画のあらすじ感想

「偉人」プロモーション・ビデオ


評価: ★★★ 3.0

この映画の最後に、主人公の政敵が「ノブレス・オブリージュ」と口にします。
これは「貴族=選民の義務」と訳されることが多いようですが、本来的には「貴族の賜いし、下々への恩恵」ということらしく、つまりは「偉い人間は弱者を助けなさい」というボランティア的な意味合いだったようです。
アメイジング・グレイスあらすじ
18世紀奴隷貿易全盛のイギリス。富裕商人の家に生まれたウィリアム・ウィルバーフォース(ヨアン・グリフィズ)は成長し、イギリスの交易の柱であった奴隷貿易を、非人道的だという思いから反対する。彼は聖職者か政治家かで進路を迷い、『アメイジング・グレイス』の作詞をした宗教家ジョン・ニュートン(アルバート・フィニー)に相談すると政治家として世界を変えろとアドバイスされる。ウィルバーフォースは、21歳の若さで議員となり、盟友の英国首相ウィリアム・ピット(ベネディクト・カンバーバッチ)と共に、奴隷貿易廃止を訴える。賛同する仲間にトマス・クラークソン(ルーファス・シーウェル)、貴族出身で奴隷経験者のオラウダ・エクィアノ(ユッスー・ンドゥール)、いとこで下院議員のヘンリー・ソーントン(ニコラス・ファーレル)らがいた。彼らは1787年活動を開始し、熱心な運動の甲斐があり1年足らずで世論に影響を与え、39万人もの世論の支持を受けた。ついに1791年には国会に奴隷貿易廃止案を提出するが、しかし奴隷貿易賛成派の反対により否決される。落胆からウィルバーフォースは病に伏せ、ヘンリー邸で静養を余儀なくされる。そんな時、バーバラ・スプーナー(ロモーラ・ガライ)を紹介され恋に落ちる。バーバラの助けもあって、再び奴隷貿易に対する闘いに挑むことを決意する。ウィルバーフォースは国会の審議にあたり、前回の失敗を繰り返さぬよう一計を案じた・・・・・・・

(イギリス/2006年/118分/監督マイケル・アプテッド/脚本スティーヴン・ナイト)

階級社会のイギリスにおいて貴族が使う「ノブレス・オブリージュ」という言葉は、上から目線の傲慢な響きがあるようにも思います。
そういう中で、この映画の主人公「ウィリアム・ウィルバーフォース」は貴族ではありません。
富裕な商人の家に生まれた金持ちのお坊ちゃんです。
amezi-wilberforce.jpgウィリアム・ウィルバーフォース(William Wilberforce、1759年8月24日 - 1833年7月29日)は、イギリスの政治家、博愛主義者、奴隷廃止主義者。奴隷貿易に反対する議会の運動のリーダーを務めた。(Wikipediaより引用)
【ウィリアム・ウィルバーフォース奴隷廃止運動】
1785年、霊的な啓示を受け神のために生きることを誓った。彼が師事した一人が、福音主義運動のリーダーで英国国教会の聖職者、ジョン・ニュートンJohn Newton(アメイジング・グレイス作詞者他)だった。
1787年から1807年まで毎年のように奴隷貿易法案を提出し続ける。
そして20年に渡る執念の運動が実り、ついに1807年02月23日に庶民院の第2読会において、法案は283対16で可決される。
最終的に1807年3月に国王の裁可を受け、イギリス議会で奴隷貿易法が成立しイギリス帝国内での奴隷貿易を違法と定めた。

この主人公がキリスト教的倫理観から議会において闘い続け、ついに奴隷廃止に持ち込むわけですが・・・・・

AmazingGraceBig.jpgこの映画ではその理由として、主人公がキリスト教の持つ正義ゆえに奴隷という制度を許せなかったと描かれます。

歴史的にいえば、「ウィリアム・ウィルバーフォース」の主張する奴隷反対は、国民大衆の意見を代表したものであり、奴隷制を維持しようとする勢力が「貴族階級」であるとき、富裕市民と貴族階級の抗争という面もあるようです。

また奴隷制廃止の原動力も、キリスト的な人道主義・理想主義に原因を求める研究者と、現実的な経済原理による損得の力が大きく作用したとする論者の意見も、いまだに論争の決着はついてないということです。

確かに、この主人公に限って言えば
高潔な正義を追求して、
偉人と呼ぶべき人物である事は疑問の余地はなさそうです。


しかし、私みたいなヘソマガリには、この主人公が「美しいもの=真・善・美」を求めるのは、それに対応する「影」を自らの内に持っているのではないかと、つい考えてしまうのです。
amazing-waru.jpgそれが、家族的な問題なのか、自らの階級に対するモノなのか、過去の経験にあるのか、この映画では語られていません。

しかしそれは「映画=映像を主体とした劇」の形で語ろうとしても、なかなか伝記的な内容を伝えるというのが困難であるという事情を表していいるように思うのです・・・・

詳細な業績を描くには大雑把すぎ、人間的なドラマを前面に出せば歴史的事実が疎かになりそうで、結局バランスを取ってスゴイ仕事をしたスゴイ人という描き方になってしまうように思います。

そういう意味でいえば、結局ある人物のプロモーション・ビデオとでもいうべき内容にしかなり得ないのではないかと思います。
そのプローモーション=拡販活動でいえば、ビジュアル的な魅力は感じられたのですが、肝心の歌が今一つ届かなかったと感じたもので、個人的には☆三つ位の営業力という・・・・・そんな評価です。
そしてそれはまた、この映画の題名となった名曲「アメイジンググレイス」のプロモーションビデオとしても、さほど効果的とは思えません。

そこで不肖、私がプロモートしちゃおうかという・・・・・
題して「アメイジング・グレイスの魅力のすべて
===========================================================================
アメイジング・グレイス(英語:Amazing Grace、和訳例:すばらしき恩寵)は、イギリスの牧師ジョン・ニュートン (John Newton,1725–1807)の作詞による賛美歌である。特にアメリカ合衆国で最も慕われ愛唱されている曲の一つであり、またバグパイプでも演奏される。"grace"とは「神の恵み」「恩寵」の意。(Wikipediaより引用)
===========================================================================
有名な宗教家そして歌手でもあるウィントレイ・フィップスが
解説し歌う「アメイジング・グレイス」の動画が感動的

ウィントレイ・フィップスのこの曲の解説が素晴らしい。
以下、動画の語りの大意を訳しています、適当ですが参考まで
ゴスペルのメロディーはピアノの黒鍵、五音階で作られています。
初期のアメリカでは”スレイブ・スケール”(奴隷音階)と呼ばれていました。
白人のドレミファソラシドの七音階とは違う、黒人の持つメロディーです。
ゴスペルとは白い魂と黒い魂が結び合ったもので、「Amazing Grace」も例外ではありません。

この詞を書いたのはジョン・ニュートンはクリスチャンになる前は奴隷船の船長でした。
私はジョン・ニュートンがその船で黒人の歌をたくさん聞いて、そして西洋とアフリカの魂がつながったのだと信じています。そして「Amazing Grace」を書いたのです。
アメリカ議会図書館で調べても作曲者は不明と書かれていますが、まさしくそれは名前もない奴隷達なのです。
”スレイブ・ノーツ”にジョン・ニュートンが作詞したのが「Amazing Grace」です。神の御慈悲により、この「Amazing Grace」で我々全てが結びついているのです。ハレルヤ!
この曲を歌う時、私は奴隷船で船底から響いた奴隷たちの歌のように歌いたいと思います。
あたかもジョン・ニュートンが初めて奴隷船で聞いた時のように。

===========================================================================
newton-ameji.jpg作詞者のジョン・ニュートン は黒人奴隷の「奴隷貿易」に携わり財を築く。
その奴隷貿易の輸送中、多くの奴隷が輸送先に到着する前に、病気や虐待、栄養失調などで死亡した。
ニュートンも同様の扱いを奴隷に対して行っていたが、ある日、船が嵐に遭い浸水、遭難寸前に陥った時、彼は必死に神に祈り、その船は運よく難を逃れた。ニュートンはこの日から神の恩寵に気付き、それ以降、聖書や宗教的書物を読むようになった。1755年、ニュートンは船を降り、牧師となり、そして1772年「アメイジング・グレイス」が作詞された。歌詞中では、黒人奴隷貿易に関わったことに対する悔恨と、それにも拘らず赦しを与えた神の愛に対する感謝が歌われている
===========================================================================
という事で・・・・・・・以下私の好きな 「アメイジング・グレイス」歌集
===========================================================================
スコットランドの魂を伝えるから澄んだ歌声
ケルティック・ウーマン の歌う 「アメイジング・グレイス」


ニュージーランド代表
ヘイリー・ウィンストン の歌う 「アメイジング・グレイス」

===========================================================================
【アメイジング・グレイス歌詞】
Amazing grace!(how sweet the sound) 
驚くべき恵み(なんと甘美な響きよ)
That saved a wretch like me!
私のように悲惨な者を救って下さった。
I once was lost but now I am found
かつては迷ったが、今は見つけられ、
Was blind, but now I see.
かつては盲目であったが、今は見える。
'Twas grace that taught my heart to fear.
神の恵みが私の心に恐れることを教えた。
And grace my fears relieved;
そしてこれらの恵みが恐れから私を解放した
How precious did that grace appear,
どれほどすばらしい恵みが現れただろうか、
The hour I first believed.
私が最初に信じた時に。
Through many dangers, toils and snares.
多くの危険、苦しみと誘惑を乗り越え、
I have already come;
私はすでにたどり着いた。
'Tis grace has brought me safe thus far,
この恵みがここまで私を無事に導いた。
And grace will lead me home.
だから、恵みが私を家に導くだろう。
When we've been there ten thousand years,
そこに着いて一万年経った時、
Bright shining as the sun,
太陽のように輝きながら
We've no less days to sing God's praise
日の限り神への讃美を歌う。
Than when we've first begun.
初めて歌った時と同じように。
(Wikipediaより引用)

===========================================================================
オペラ界から
三大テノール:ルチアーノ・パヴァロッティ、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラス

===========================================================================
日本からも
本田美奈子の歌う「アメイジング・グレイス」

===========================================================================
奴隷たちの運命をさかのぼって・・・・・・・
アフリカ大陸から
レディスミスブラックマンバーゾの「アメイジング・グレイス」

アメリカに渡りゴスペルに
ゴスペルの伝説的ソリスト、ハーワード"スリム"ハントの「アメイジング・グレイス」


ホイットニー・ヒューストンの歌う 「アメイジング・グレイス」

最後にこの人、Mr.プレジデント・オバマ
アメリカ初の黒人大統領の歌う 「アメイジング・グレイス」は、過去の過ちを超えて人類が成し得た進歩の証のようにも思います


スポンサーリンク
posted by ヒラヒ・S at 17:04| Comment(4) | TrackBack(0) | イギリス映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月18日

『グランドブタペストホテル』技巧性クソ映画のあらすじ・解説・感想

マニエリスムとスノビズム



評価:★★★    3.0点

キレイな色合いに、凝った画面構成。
キャラクターといい事件といい、第二次世界大戦前のヨーロッパの世界観をノスタルジックに描いている。
この映画が求めるのは、重層的な構造を取った、技巧を凝らした欧州レトロ・ファンタジーなのだろう。
グランド・ブタペスト・ホテルあらすじ
東ヨーロッパ、旧ズブロフカ共和国の国民的作家(トム・ウィルキンソン)が語る物語。
1968年、若き日の作家(ジュード・ロウ)は、グランド・ブダペスト・ホテルを訪れる。今やサビれたこのホテルのオーナーのゼロ・ムスタファ(F・マーレイ・エイブラハム)は作家に対して、ゼロの波乱万丈の人生を語り始める。回想は1932年、ゼロ青年(トニー・レヴォロリ)がホテルのベルボーイになった時から始まる。全盛期のホテルはセレブで溢れ、伝説のコンシェルジュ、ムッシュ・グスタヴ・H(レイフ・ファインズ)が、マダムの夜のお相手も含め、完璧なサービスで評判を得ていた。しかし、懇意にしていたマダムD(ティルダ・スウィントン)が殺される事件がおき、遺言により高価な絵画『少年と林檎』を受け取った。しかし遺産を狙う長男のドミトリー(エイドリアン・ブロディ)の陰謀によりグスタヴが殺人の容疑者にされてしまう。さらにドミトリーの部下私立探偵ジョプリング(ウィレム・デフォー)の魔の手が忍び寄ってくる・・・・・
(イギリス・ドイツ合作/2013年/100分/監督・脚本ウェス・アンダーソン)

【受賞歴】ベルリン国際映画祭銀熊賞・審査員賞受賞作/第87回アカデミー賞・美術賞・衣装デザイン賞・メイキャップ&ヘアスタイリング賞・作曲賞
出演】レイフ・ファインズ,F・マーレイ・エイブラハム,マチュー・アマルリック,エイドリアン・ブロディ,ウィレム・デフォー,ジェフ・ゴールドブラム,ハーヴェイ・カイテル,ジュード・ロウ,ビル・マーレイ,エドワード・ノートン,シアーシャ・ローナン,ジェイソン・シュワルツマン,レア・セドゥ,ティルダ・スウィントン,トム・ウィルキンソン,オーウェン・ウィルソン,トニー・レヴォロリ

========================================================

グランドブタペストホテル感想

========================================================

この映画を見て、マニエリスムという言葉を思い出した。
マニエリスム
Angelo_Bronzino.jpgマニエリスム (伊: Manierismo ; 仏: Maniérisme ; 英: Mannerism) とはルネサンス後期の美術で、イタリアを中心にして見られる傾向を指す言葉である。美術史の区分としては、盛期ルネサンスとバロックの合間にあたる。イタリア語の「マニエラ(maniera:手法・様式)」に由来する言葉である。ヴァザーリはこれに「自然を凌駕する行動の芸術的手法」という意味を与えた。(Wikipediaより引用)


つまりマニエリスムとは、人工的に美を構築しようとする芸術的手法であり、美しいと思えばデッサン的に歪ませ引き伸ばして構図的な完成度を高めたり、ことさら寓意を加えて絵に哲学的な趣向を凝らしたりした。
その技法の本質は「自然の持つ写実美」ではなく「人工的な虚構美」に対する飽くなき追求であったろう。

この映画は正に「人工的な虚構美」を、スクリーンに投影しようとした作品だと感じる。
幾重にも重ねられた時間的な構造や、スクリーンサイズが切り替わるという表現によって、語られているのが「虚構空間」であると明確に主張し、画面を隙間なく埋めた人工的な映像イメージは現実世界に有り得ない形と色で構成されていると告げている。
その最もいい例が、スキー場のアクションシーンで、いかにも可愛いミニチュア風の演出は、この映画がファンタジックなマニエリスム的な夢物語だという事を表していただろう。
つまりは、作品中の全編に渡り人工的な彩色が、監督の美意識の下作り上げられているのである。


スキーシーンをどう撮影したかという質問に対し、監督はウィレム・デフォーのマペットを作りミニチュアセットを走らせたと言い、CG技術を使わなかったおかげで、生き生きとした雰囲気になったと回答している。監督のコダワリが全編を覆っている一例。

そういう目線で見た時、この人工的ファンタジーの完成度や割り切りはティム・バートンなどと同様、高度な洗練を見せていると思う。
============================================
スポンサーリンク

============================================
============================================
これ以降、本作品に対する悪評があります。ご注意下さい!
============================================
============================================
============================================


しかし、正直に言えばビジュアルのマニエリスム的な完成度の割には、映画としての感動が薄かった。ウエスモンゴメリー.jpg

結局のところ、この映画の監督ウェス・アンダーソンが構築した世界は、優れて技巧的な煌びやかな人工美に満ちてはいるが、それはそのままこの監督の美的趣味を披瀝するだけの意味しか持っていないと思う。
それゆえ、ここには耽美と言いたくはあるものの、それよりはどこか空疎な美の世界が展開されていると感じる。
個人的な印象からすれば、ここに描かれた世界は美しくは有るけれども、1940年代というレトロ世界に対する監督の「ぺダンチックなお遊び」以上の意味を見出しえなかった。

結局、マニエリスムにおける危険性とは「自然対象を求めない=現実世界に関与しない」でも、作品として成立してしまう点にある。

映画において現実に関与しないとは、即ち現実世界にあるテーマ、「理想」であったり「社会問題」であったり「愛」であったりに、触れない作品だといえるはずだ。

しかし個人的な見解としては、現実世界に関わるテーマを描く事によってのみ、その映画が作られる価値があり、他者に影響を及ぼせると、信じている。

この点において、マニエリスム的人工映画でありながら、タランティーノティム・バートンは、現実世界に関与しようという意思に則ってその作品世界を構築している点で、この映画監督ウェス・アンダーソンとは性格を異にすると、私は思う。
タランティーノのレビューはこちら:『イングロリアス・バスターズ』


特に最近の映画を見てしばしば思うのは、古典映画をコラージュ的に組上げた作品が持つ華やかであるが、現実に関与しない映画が、特に近年の若い作家に多く見られるという事実だ。

それは他者へのメッセージを持たない作品が増えてきたという傾向を示すものであり、この映画もその典型的な一つと思える。
そういう作品を見るにつけ、それらの作品を撮った監督の自己満足と自己顕示欲のみが感じられ、シラケた気分にさせられる。

つまりは、この作品は自己完結した人工世界を、エゴイスティックな欲求の為に、世間に発表したとしか思えなかった。

そんなエゴイスティックな特徴が最も端的に表されているのが、この映画内で使われたウィーン世紀末画家達の作品に対する扱いにある。
左:映画の1コマ壁にクリムトの絵が飾られている/右:クリムトの絵
butapesuto .jpgklimt forest.jpg
左:映画の1コマ壁にエゴン・シーレ風の絵が飾られている/右:エゴンシーレの絵
buta1.jpgegonshier.jpg


そもそも劇中で、クリムトやエゴン・シーレの絵より高価だという「遺産」として使われている、リンゴの絵が、明らかにチープ。ringo-otoko.png


そして、このリンゴの絵の代りに掛けられた絵が、上のエゴン・シーレ。

さすがにシーレのパチモノ作品で、この絵自体もチープだが、明らかにシーレの作風を模しており、ウィーン世紀末の文化風俗をこの映画の中で展開しているのだから、シーレのイメージに対し丁重に扱うべきだと思う。


しかし、あろうことかこの絵を「このクソはどういう意味だ!」と大声で侮辱する!

あまつさえ、このエゴン・シーレの絵を、映画内で破壊しさえするのである。butapesuto.gif

この感覚はちょっと承服できない・・・・・


つまりは、過去の芸術に対する敬意がないと、個人的には哀しく感じた。


実を言えば、このエゴン・シーレの絵画イメージに対する冒涜がなければ、人工的な理想世界がファシズムにより壊されるというストーリー展開から、「理想世界=芸術」を破壊する暴力に対するアンチテーゼ映画と解釈することも可能だった。

しかし、この芸術に対する尊敬心の欠如によって、結局そのテーマも雲散霧消してしまい、残るのはエゴイスチックな自己顕示欲のみになってしまったと言わざるを得ない・・・・・

そんなことで、私はこの監督のマニエリスム的な美意識は好きだが、その美意識の表現力が己の功名心のために使役されているように思われ、この映画をあまり好きにはなれなかった。
いつの日か、他者に対する真摯なメッセージのために、この監督の美意識が有効に発揮されることを願う・・・・

あ〜〜〜〜ぁ!ダメだ!
我慢できない!
正直にブチまけよう!!このクソ映画はどういう意味だ!!!

スポンサーリンク
posted by ヒラヒ・S at 18:44| Comment(4) | TrackBack(2) | イギリス映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする