2017年05月18日

『マイ・レフトフット』脳性まひ芸術家・奇跡の実話/ネタバレ・ラスト・結末感想

マイ・レフトフット(ストーリー・あらすじ編)

原題 My Left Foot
製作国 イギリス
製作年 1989/上映時間 119分
監督 ジム・シェリダン
脚本 ジム・シェリダン、シェーン・コノートン
原作 クリスティ・ブラウン

評価:★★★☆   3.5点



この映画は実在のアイルランド人芸術家、脳性小児麻痺を患うクリスティ・ブラウンの物語です。
ここにあるのは、障碍者にとって生きるということの、真の意味の問いかけがあるように思います。
しかし、この映画に描かれなかったクリスティーの人生を考えた時、映画で伝記を伝えることの難しさを、考えずにはいられません。

『マイ・レフトフット』
予告動画


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『マイ・レフトフット』
キャスト・出演者

クリスティ・ブラウン(青年期:ダニエル・デイ=ルイス、少年期:ヒュー・オコナー)/母:ブリジット・ブラウン(ブレンダ・フリッカー)/父:パディ・ブラウン(レイ・マカナリー)/アイリーン・コール(フィオナ・ショウ)/キャッスルウェランド卿 (シリル・キューザック)/ピーター (エイドリアン・ダンバー)/看護師メアリー・カー(ルース・マッケイブ)

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以降の文章には

『マイ・レフトフット』ネタバレ

がありますご注意ください。
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(あらすじから)
クリスティーは失恋の失意から自殺を企るが、不自由な身体ではうまくゆかなかった。
そしてベッドで布団にくるまり、一日中抜け殻のようにそこにいた。
そんなクリスティーを見て、母が言葉を掛ける。
母の励まし

【意訳】母:起きな、クリスティー。お前に起きた悪い事は、全部私が作ったようなもんさ。お前もお父さんとおんなじで、外見では威勢が良くても、心の中では怯えている。戦いに勝たなくちゃ。パブで若い者の前で虚勢はって、イキがってないで。いいかい、もしお前があきらめたって、私はあきらめないよ。/クリスティー:何考えてるの母さん。/母:部屋でも作れば、やる気が出るだろう。/クリスティー:狂ったの?/クリスティー:一人でだって、画家でやってけるさ。私たちはお終いじゃないよ、クリスティ・ブラウン。時々お前の傷ついた足と、私の足を喜んで換えてやりたいと思うよ。何が問題なんだ、クリスティー/クリスティー:ごめんなさい。かあさん。/父:いったい何をおっぱじめたんだ。/母:クリスティーの部屋を立ててやるのさ。/父:これ見ろよ。/兄弟:クリスティーお前は偉大な画家だが、レンガ積みの腕はまだまだだな。/父:よしお前らもっとレンガもってこい。(以下、父と息子の競争だと言って、家族揃って部屋を建てる。母は息子たちに父親に花を持たせろと言った)

母は出来た部屋を見て、クリスティーにこれは「父の愛」だと言った。
そんな父が1957年に死に、パブで葬式後の清めをしていると、他の客に文句を言われ喧嘩となった。
Foot-pubFight.png

foot-type.pngそんなクリスティは画家としての活動に加え、左足一本でタイプライターを打ち、自伝『マイ・レフトフット』を書きベストセラーになった。

そんな彼の元を、脳性小児麻痺の専門医アイリーン・コールが訪ね、慈善バザーへの参加を依頼した。
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『マイ・レフトフット』
ラスト・シーン

バザー会場では、クリスティーの出番が迫っていた。
Foot-baza-end.png
出番前にも関わらず、看護婦のメリーをしつこく口説くクリスティー。
今晩デートしようと誘うクリスティーに、彼と約束があるというメリー。
本当に愛しているのかと問うクリスティー。
ついにメリーは怒り、その場から立ち去ってしまう。
しかし、バザーが終わった後、家族を先に返し、一人残ったクリスティーの前に現れたのはメリーだった。
Foot-end.png

クリスティ・ブラウンとメアリー・カーは1972年9月5日結婚した。
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『マイ・レフトフット』
結末・感想


映画は、メリー・カーと結婚しメデタシメデタシとなっています・・・・・・・・
しかし実は、このクリスティー・ブラウンという芸術家は悲劇的な死を迎えるのです。

ブラウンの健康はカーと結婚した後に悪化した。
彼は、彼の最後の年にはほとんど隠遁者になったが、これはカーの直接的な影響と、おそらく彼女の虐待の自然の帰結であると考えられている。
Foot-mary.jpgブラウンは、夕食時ラム・チョップを喉に詰まらせ49歳で死亡した。彼の体には大きな傷があり、多くの人がカーが物理的に虐待していたと信じている。(右:メリーとクリスティーの結婚式写真)
後のジョージナ・ハンブルトンによる伝記『The Life That Inspired My Left Foot』には、より明確に、不健全な関係を、明らかにしている。この本ではカーを虐待的で、習慣的アルコール依存症の不誠実な人物として描写している。ハンブルトンの著書では、ブラウンの姉ショーンの言葉が引用されている。
「クリスティは彼女を愛したが、それが戻ることはなかった、なぜなら彼女はそんな人間ではなかったからです。もし彼女が彼を愛しているなら、彼女の言動や行動が、男だったり女だったり(バイセクシャルだったという)する必要はなかったでしょう。私はより多くの点で彼女が彼を利用したと感じています。」


このクリスティーの悲劇的な死を前に、何も言葉が見つかりません。
ただ想像するに、彼にとってメリー・カーや女性たちとは、自分が健常人に比べても女性にモテるという事実が重要だったのではないかと思うのです・・・・・・・
もし想像が正しければ、そこには世間から障碍者として線引きされた者が、無理をして存在証明を成さねばならなかった痛々しさを覚えるのです。

『マイ・レフトフット』
評価


少なくとも、この映画が伝えたクリスティーではない、もう一人のクリスティーがいるように思えてなりません。

そういう点で、伝記映画の困難さを考えざるを得ませんでした。

それゆえの評点3・5だとご理解下さい。

関連レビュー:伝記映画の困難さ
『アメイジング・グレイス』
名曲アメイジング・グレースの物語
イギリス奴隷開放運動の歴史


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2017年05月17日

『マイ・レフトフット』脳性まひ芸術家の奇跡の実話/感想・解説・実在モデル紹介

マイ・レフトフット(感想・解説 編)

原題 My Left Foot
製作国 イギリス
製作年 1989/上映時間 119分
監督 ジム・シェリダン
脚本 ジム・シェリダン、シェーン・コノートン
原作 クリスティ・ブラウン

評価:★★★☆   3.5点



生まれながらに脳性小児麻痺を患うクリスティ・ブラウンが、左足一本で描く絵画と、出版した自叙伝によってアイルランドで有名になる実話を描いた作品です。
そのクリスティーをダニエル・デイ=ルイスが演じ、見事アカデミー男優賞に輝く、力のある演技を見せてくれます。
そしてこの映画には、障碍者という存在の本質が描かれているように思います・・・・・・


『マイ・レフトフット』
予告動画


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『マイ・レフトフット』解説
アイルランドの労働者階級


この映画の魅力は、奇跡の人「クリスティー・ブラウン」だけにとどまらず、アイルランドの労働者階級の生活が生き生きと描かれている点も、個人的には印象深かったです。

石炭泥棒シーン

クリスティー:ちょっと、置き去りにされた。押して。戻って、ミスター/兄弟:クリスティー、お前の計画上手く行かないぞ。坂道が勝負だ。/近所の主婦:赤ちゃん抱っこしてて。/母:神様、何が起こったんだい?/兄弟:大丈夫だよ母さん。ただの石炭だ。/母:その石炭を盗んだね。盗みは罪だよ。そのお前の罪は神様が見てらっしゃる。その石炭は家には入れないよ。/父:カッカしてないであたれよ。/兄弟:クリスティー洗ってほしいか?/クリスティー:いや。/姉:クリスティじゃあね。/父:遅くなるなよ。(火の中の缶)/兄弟:母さん、クリスティーがおかしい。/クリスティー:暖炉、暖炉/母:ああ、神様!/兄弟:おかあさんどうしたの?/父:水を持って来い。何があったんだ。狂ったのか。この缶の中に何が入ってるんだ。/母:クリスティーのお金さ。/父:何?/母:クリスティーの車椅子のためのお金なの。/父:20ポンドぐらい入ってるじゃないか。/母:28ポンドと7シリング3ペンス/父:俺達がここに座って凍えているのに、麦粥を朝・昼・ティータイムに食べているのに、お前は28ポンド7シリング3ペンスもヘソクリしてたのか?

この上の動画のように、石炭に近所中で群がるバイタリティーが凄い。
そしてまた、この22人を生んだというブレンダ・フリッカー演じる母親の、ダメなものはダメという「肝っ玉かあさん」ぶりが凄い。
またクリスティーの為に必死にお金をためる、母の愛が凄い。
さらには、父親の威勢はいいくせに生活力のない、でもプライドだけは人一倍という、オヤジっぷりもどこか昭和の懐かしさを感じます。
こんな落語の長屋に出てくるような、アイルランドの労働者階級の生活を、実感として感じられたのは貴重でした。
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『マイ・レフトフット』解説
障碍者のリアリズム


何よりこの映画で感動したのは、主人公のクリスティ・ブラウンです。
foot.jpg
それは一個の障碍者として、知能障害や身体的な付随意性を医学的に予見されながら、それを覆し、その唯一動く左足で自己表現し得たという奇跡をまずは賞賛したいと思います。

しかし実は個人的に感動を覚えたのは、この主人公がアイルランドの日常の中で、他の子供たちに交じって、間違いなく生きているという姿のリアリティーでした。

そもそも、このクリスティーにとってみれば、生まれた時から左足しか動かないという自分というのは、かれにとっての普通の状態です。
その状態で、子供のころから遊び、思春期に恋をし、健常者がする生活を、健常者の中に交じって生きてきたのです。

こんな健常者と共に生き、日々を過ごしている彼は、いったい障碍者でしょうか。
けっきょく障碍者とは、その障碍者本人が決めることではなく、周囲の人間が決めることではないでしょうか。
foot-pos.jpg
仮に、歩けないにしても、口をきけないにしても、それが生まれた時からの日常であれば、本人にとってその日常は健常であり、誰もが持つのと同じ意思と希望をもって生きているのです。

この映画のように、その障碍者が持つ意思や希望を周囲が受け入れ、共に生きるのであれば、彼は障碍者と呼ばれる必要はないのではないでしょうか。
結局、障碍者とは、周りの人間がこの子は歩けないとか、この子は喋れないとか、体の一部がないとか、健常者との違いを指して、だから健常者と同じ生活はできないと線を引くところから始まるのだと思えます。


例えば、人間の体、人間の感覚器、人間の能力が、今のように共通項が多くない異世界を想像すると、そもそも健常者と障碍者の線引きなどできないはずです。
Film.jpg
ある者には眼がないとか、ある者は口がないといった時に、クリスティーのように、人はその人の持つ可能なコミュニケーション能力を育み、あらゆる人と意思疎通が可能なのではないかと思うのです。
そしてまた、手のないものは足のないものを助け、体が十分動か無いものは、強靭な肉体を持った者が補うでしょう。

つまりは、人が皆違う個性と肢体を持っていることを前提とすれば、そこには健常者と障碍者の区別はないはずです。

そして、このクリスティーのように、その欠落=個性ゆえに、その表現が深く力をもつのではないでしょうか。

例えば、目が見えない人が、目が見える人間よりも広い周波数の音を聞けたり、触感だけの夢を見たりすると言います。
やはり人間の可能性というのは可変性があり、使える部分の能力を最大限に活用するのでしょう。
そういう意味では、クリスティーが示したのは、人の能力の可能性であり、希望だったでしょう。


foot-pos2.jpg
人は人として、障碍者だろうと健常者だろうと、多かれ少なかれ違う個性をもって生まれながら、皆同じように喜怒哀楽を持ち、欲望が満たされれば喜び、希望が叶わなければ泣く存在なのだと思えてなりません。

しかし、今は健常者側が障碍者を、異なる個性として見ずに、欠落した者として捉えていないでしょうか。
その健常者の意識が、障碍者を障碍者に貶めているのだと思えてなりません。


そんなクリスティーが、障碍者という外部からのレッテルを貼られた時に生じた感情的な歪みが、この映画のクリスティーの姿に垣間見えるように思えます。

その障碍者としての外部評価を自分に突きつけられるのが、異性との失恋のシーンです。
そこには人間性や個性ではごまかしようのない、交際相手、結婚相手、子供の父親としての対象としての、完全さを否が応でも求められ、そして拒絶される瞬間だったはずです。
foot-suci.jpg友達なら、身内なら、個性として受け入れサポートが可能でも、恋愛対象に理想の条件を求めるのを打算とも言い難いと思うのです。
そんな恋愛に象徴される、他者の線引きに傷つく姿が、ダニエル・デイ=ルイスの演技力もあり、クリスティーの怒りや、喜び、嫉み、楽しみ、苦しみをぶちまける姿がリアリティーを持って迫ってきます。

ここにあるクリスティーの姿は、他の映画で描かれた、弱く、純粋で、天使的な、イノセントな障碍者の姿とは一線を画すものです。
しかし考えて見れば、それらの美化された障碍者の姿とは、他者からのレッテルを受け入れ、健常人ではない自分を受け入れてしまった悲しい姿のようにも見えます。
そこには、正常である、健常であるのが、「正しい」という世間の価値観に、障碍者自ら従わなければ、世間と衝突し生きずらい現実が。

そんな正常、健常という言葉に秘められた価値判断が、障碍者に無言の圧力を掛け、障碍者自身に健常者と同じ日常を送る気持ちを削ぎ、ついには自己の存在を消す結果になっているのではないかと危惧するのです。
この映画のクリスティーを見て、彼の日常を異常だと見る外部の目に対する怒りを感じ、こんなことを考えました。
もう一度言いますが、クリスティーがその体に体現していたのは、差異であり、個性だったのです。
その差異や個性に応じて、クリスティーは、たとえ健常者と違うライフスタイルだったにせよ、彼の日常を生きたのだと信じます。

ここまで私が語ってきた内容は、理想論、キレイごと、だと言われれば返す言葉はありません。正直机上の空論です。
ご不快に思われた皆様にはお詫び申し上げます。

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『マイ・レフトフット』解説
実在モデル、クリスティ・ブラウンの肖像


この映画では看護婦メリー・カーと出会うところから始まります。
しかし、実はこの映画に描かれてないクリスティーの人生も波瀾万丈で、彼が人生をしっかり生きたという姿が見えて感動しました。

クリスティ・ブラウン(Christy Brown 1932年6月5日 – 1981年9月7日) は、ダブリンのロトゥンダ病院で労働者階級のアイルランド人の家庭に生まれた。彼の両親はブリジット(Bridget Fagan 1901-1968)とパトリック・ブラウンだった。彼は22人の兄弟がいた。この22人のうち、13人が生存し、幼児期に9人が死亡した。
Foot-Christy-with-mother-Bridget-sister-Mona-and-Katriona-Maguire-1944.jpg彼の誕生後、医師は、彼の手足には痙攣が残り、神経学的に深刻な脳性麻痺障害を有するのを発見した。病院は彼を入院させるよう促したが、ブラウンの両親は従わずその他の子供たちと一緒に家で彼を育て上げると決断した。
ブラウンの思春期に、ソーシャルワーカーKatriona Delahuntは彼の話を知り、ブラウンの家を定期的に訪問し始め、クリスティーに本や絵画画材を数年にわたり与え、彼は芸術と文学に関心を示した。彼は非常に印象的な身体的な器用さを実証し、すぐに、後にいくつかの自家出版となる、文学と絵画をその左足で表現する事を学んだ。
foot-crysty-mum.jpgブラウンはすぐに真のアーティストへと成長した。ブラウンは、公的には、彼が青年になるまで、ほとんど正式な教育を受けていないが、彼は聖ブレンダンの学校、サンディマウント(ダブリン地名)のクリニックに断続的に出席した。聖ブレンダンで、彼は著名な権威者であるロバート・コリス博士と面識を得た。コリスはブラウンが生来の小説家であることを発見し、その後、コリスは自身の知る関係者に働きかけ、長い間温められた自叙伝、ダブリンの活気に満ちた文化の中での日常生活と、ブラウンの闘争について描かれた、マイ・レフト・フットを出版した。
マイ・レフト・フットが文学的な注目を浴びた時、ブラウンに手紙を書いた大勢の中の一人が、アメリカ人既婚女性ベス・ムーアだった。ブラウンとムーアは定期的に往復するようになり、1960年にブラウンは北米で休暇をとり、コネチカットの自宅でムーアと一緒に過ごした。1965年に再び会ったとき、彼らは不倫関係になった。ブラウンはコネチカットに再び旅し、何年も前から書いてきた長大な作品を完成させた。1967年に彼は、最終的にムーアの管理した、厳密な作業計画を導入し、彼(ブラウンが依存していた)アルコールを拒否することによって、仕事を完了させた。
この本は「ダウン・オール・デイ」と題し、1970年に出版され「べスへ・・・・この静かな凶悪さを持つ者は、ついにこの本を完成させた...」とムーアに捧げられた。この間、ブラウンの名声は国際的に広がり続けた。彼は成功した著名人になった。アイルランドに帰国した彼は、彼の姉妹家族と一緒にダブリンの外に特別に設計した家を建設し、移転費用に彼の本の販売の印税を使った。しかしブラウンとベスは、結婚して、新しい家で一緒に住むことを計画していたし、さらにべスは彼女の夫にその計画を告知していたのだが、このころのどの時期かで、英国女性メリー・カーとロンドンのパーティーで会って、ブラウンは恋愛関係になっていたらしい。
ブラウンはムーアとの関係を終え、1972年にダブリンの婚姻登録事務所でカールと結婚した。彼らはダブリン州ラスコーレのストーニー・レーン(現Lisheen Nursing Home所在地)、バリーへイグ、ケリー、そしてサマーセットと転居した。彼は、画業と、小説著作、詩作と戯曲を書き続けた。彼の1974年の「夏の影」はムーアとの関係を元にした小説で、そこでは彼はムーアをまだ友人だと思っていると記されている。(wikipedia英語版より和訳)

クリスティーブラウンのインタビュー映像


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2017年05月15日

『マイ・レフトフット』脳性まひ芸術家・奇跡の実話/詳しいストーリー・あらすじ・受賞歴

マイ・レフトフット(ストーリー・あらすじ編)

原題 My Left Foot
製作国 イギリス
製作年 1989/上映時間 119分
監督 ジム・シェリダン
脚本 ジム・シェリダン、シェーン・コノートン
原作 クリスティ・ブラウン

評価:★★★☆   3.5点



この映画はアカデミー主演男優賞に輝いた、ダニエル・デイ=ルイスの演技が、迫真の表現を見せます。
また、脳性小児麻痺を患うクリスティ・ブラウンが、芸術家として世に出るまでの実話を元にした、奇跡のような物語です。
そして何より、ここに描かれたのは理想化や卑下ではない、日々を生きる障碍者の現実の姿だと思います。


『マイ・レフトフット』
あらすじ


生まれながらに脳性小児麻痺を患うクリスティ・ブラウン(ダニエル・デイ・ルイス)は、今は左足一本で描く絵画と、出版した自叙伝によってアイルランドで有名になっていた。
そして彼の兄弟と母親と共に、脳性小児麻痺の専門医アイリーン・コール(フィオナ・ショウ)主催のチャリティー・バザーに出席した。

【意訳】クリスティー:後で。/母:後で/兄弟:注意してな。/看護婦メアリー:大丈夫よ/兄弟:本当に大丈夫かな(以下バザーの挨拶、主催者アイリーン・コール紹介、演奏の紹介)/看護婦メアリー:見に行きたい?/クリスティー:いいや。君は読みたいかい?/看護婦メアリー:オリジナル?本ここ?/看護婦メアリー:きれいね。/クリスティー:見た目は当てにならない。
彼の介護についた看護婦のメリー・カー(ルース・マッケイブ)に、自作の『マイ・レフトフット』を読ませた・・・・・・・・・・

foot-born.png1932年クリスティは、アイルランドのダブリンの煉瓦職人の父パディ・ブラウン(レイ・マカナリー)と母ブリジット・ブラウン(ブレンダ・フリッカー)の10番目の子供として生まれた。
父パディは病院で息子に問題があると聞かされた。

パブに行けば、主人から施設に送らないのかと聞かれ、顔見知りにはまだ子供を作るのかと問われ、パディは怒って帰った。

foot-kaidan.png
少年に成長したクリスティ(ヒュー・オコナー)を、母ブリジットは常に身重の体でありながら、献身的に世話し、貧しい家計の中で大所帯の家族のやり繰りをしていた。

しかし臨月を迎え階段から落ち、意識を喪ってしまう。
クリスティは、動かせる左足を使って2階の部屋から一階に体を必死にくねらせ、その左足で懸命に扉を叩き、近所の人が異常に気付き事なきを得た。
しかし、近所の者はクリスティーが母を助けたと気づかず、逆に3歳の知能しかないクリスティーのせいで母ブリジットが危機に陥ったと責めた。
foot-mumema.png

foot-116.pngしかし、そんなクリスティーは喋れず、体も動かせないため、外に表現できないだけで、しっかり知性が備わっていたのだった。
ある日数学の問題を解いている兄弟の答えを、左足にチョークを挟み床に書いた。
母は意味があるといったが、父はこの子は普通ではない、意味はないと取り合わなかった。

しかし、そんな彼も、近所の子供達と共に手押し車の上で、一緒に遊ぶのは大好きだった。
ある時は悪童のせいでポルノ雑誌を体の下に隠されたりした。
また教会では、クリスティーは牧師から聖餐会に参加できないと断られたが、母はお前のことは神様が見ててくださると慰めた。
foot charch.png

しかしついに、クリスティーが意味のあるメッセージを、始めて外部に向けて表現する日が来た・・・・・・

クリスティーは刻むように、MOTHERと記した。
母は涙ぐみ、父は祝い酒だと、クリスティーを連れてパブに行き、この子は「天才」だと言った。

クリスティーは17歳になった。
foot-shoot.jpg
兄弟や遊び仲間とサッカーをして遊び、PKを決めるほど、その左足を自由に使えるように成長していた。
foot-break.jpg
また、同年代の遊び仲間の女の子に恋をし、左足で絵を描いたラブレターを送り、失恋を経験した。

しかし、父が失業し更に一家の困窮は深刻になり、22人の子供を抱えた家俗は、麦粥一杯で朝と夕食を済ませる日もあった。
foot-tale.jpg
また、寒い冬夜遅くまで絵を描くと石炭代が大変だと言われ、石炭トラックから盗んだりした。


19歳になったクリスティーは、母から車椅子を買ってもらった。
Foot mary.jpg
そんな、クリスティの言語能力と身体機能を上昇させたのは、脳性小児麻痺の専門医アイリーン・コール(フィオナ・ショウ)が、彼の絵の才能を知って訪ねてきたからだった。

foot -syabon.gifしかし病院に行ってみたものの、そこでの治療をクリスティーは嫌がった。
そこで、アイリーンは自宅でクリスティーの加療を行うことにした。

いつしかクリスティーはアイリーンを好きになる。
そして精神的に落ち込んだり、明るくなったり起伏が大きくなる息子を、母は心配した。

そんなある日、アイリーンの提案で、クリスティの絵の個展が盛大に開かれた。
foot-gyar.jpg

個展が終わった後で、クリスティーはアイリーンや画廊オーナーのピーター達と、レストランで打ち上げをすることにしたが、そこで事件が起きる。
レストラン打ち上げシーン
【意訳】クリスティー:愛しているアイリ−ン。/アイリーン:私もよクリスティー。/クリスティー:違う、本当に愛してるという意味だ。皆愛している。/それはよかった。/クリスティー:ピーターでさえも。/アイリーン:そう、ピーターを好きになってくれて嬉しいわ。私達6か月以内に結婚するの。ねえクリスティどう思う。/クリスティー:おめ…おめ…おめでとうピーター、アイリーン。すばら・・・・すばらしいニュースだ。僕に喋り方を教えてくれて感謝してる。そう言いたいアイリーン:。/アイリーン:有難うクリスティ。/クリスティー:それで僕たちはどこに向かってるの?/アイリーン:マルケイの議論を。/クリスティー:マルケイなんて無意味だ。/アイリーン:あなたは彼を魂の全てだと言ってたじゃない。/クリスティー:僕は無意味だと言った。ウィスキー!

アイリーン:落ち着いてクリスティー/クリスティー:君は僕のママじゃない。それを忘れるな。君は俺がいくつだか知ってる。10歳の子供だ。俺は10歳だ。/もう彼に飲ませないでトニー/クリスティー:触るな、蹴飛ばすぞ。君の解剖のおかげで元気が出た。/アイリーン:止めて/クリスティー:なぜ僕を愛していると言わない?/アイリーン:だって愛してるわ。/クリスティー:君の言うのはプラトニックだろ。何もなかったけど、プラトニックな愛だけは人生に満ちていたよ。何を言ってるか判るか?プラトンなんかクソくらえ!100%関わらない愛なんて全部クソくらえ!もうこれ以上、君と離れたくない。本質的な議論をしよう。/ピーター:クリスティー/クリスティー:これをどうしようっていうんだ、ピーター?君は良い奴だ、これをどうしようって?/アイリーン:ピーター座って。/ピーター:僕は君をレストランの外に運ぶつもりだ。/クリスティー:障害者を追い出す!障害者を追い出す!/アイリーン:止めて!止めて!/ピーター:どこに、ブレーキがありやがる!このポンコツめ!/アイリーン:止めて!止めて!ロクデナシ!止めて!


そして、クリスティーは失恋の痛みから、自殺しようと遺書を書き、左足で剃刀を挟み手首を切ろうとする・・・・・・・・・

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『マイ・レフトフット』
キャスト・出演者

クリスティ・ブラウン(青年期:ダニエル・デイ=ルイス、少年期:ヒュー・オコナー)/母:ブリジット・ブラウン(ブレンダ・フリッカー)/父:パディ・ブラウン(レイ・マカナリー)/アイリーン・コール(フィオナ・ショウ)/キャッスルウェランド卿 (シリル・キューザック)/ピーター (エイドリアン・ダンバー)/看護師メアリー・カー(ルース・マッケイブ)

関連レビュー:ダニエル・デイ・ルイス出演
『ギャング・オブ・ニューヨーク』
ダニエル・デイ・ルイスとデカプリオの対決
アメリカ神話の創世紀

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『マイ・レフトフット』
受賞歴

第62回アカデミー賞:受賞
主演男優賞 (ダニエル・デイ=ルイス)、助演女優賞 (ブレンダ・フリッカー)
(ノミネート・作品賞 / 監督賞 / 脚色賞)
英国アカデミー賞(BAFTA):受賞
主演男優賞 (ダニエル・デイ=ルイス)、助演男優賞 (レイ・マカナリー)
(ノミネート・作品賞 / 脚色賞 / メイクアップ&ヘア賞)


関連レビュー:ダニエル・デイ・ルイス出演
『ゼイ・ウイルビー・ブラッド』
ダニエル・デイ・ルイス、アカデミー主演男優賞作品
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