2016年10月16日

ボブ・ディラン名曲『天国への扉』歌詞和訳と、名演紹介!ついでにノーベル文学賞受賞問題

ノーベル賞騒動に物申す!

ボブ・ディラン(英語: Bob Dylan、1941年5月24日 - )
Bob-Dylan-old.jpgアメリカのミュージシャン。出生名はロバート・アレン・ツィンマーマン(Robert Allen Zimmerman)だが、後に自ら法律上の本名もボブ・ディランに改名している。
「風に吹かれて」、「時代は変る」、「ミスター・タンブリン・マン」、「ライク・ア・ローリング・ストーン」、「見張塔からずっと」、「天国への扉」他多数の楽曲により、1962年のレコードデビュー以来半世紀以上にわたり多大なる影響を人々に与えてきた。現在でも、「ネヴァー・エンディング・ツアー」と呼ばれる年間100公演ほどのライブ活動を中心にして活躍している。
グラミー賞やアカデミー賞をはじめ数々の賞を受賞し、ロックの殿堂入りも果たしている。また長年の活動により、2012年に大統領自由勲章を受章している。そのほか、2008年には「卓越した詩の力による作詞がポピュラー・ミュージックとアメリカ文化に大きな影響与えた」としてピューリッツァー賞特別賞を、2016年に歌手としては初めてのノーベル文学賞を受賞した
「Q誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第18位[7]、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第7位、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第2位、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のソングライター」において第1位を獲得している。(引用:wikipedia)

評価:★★★★★  5.0点
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ボブ・ディラン、ノーベル文学賞獲得を巡る反応は、毀誉褒貶を含め様々
@まず文学界からの否定的な意見
これは文学分野の人たちの正直な感想だろう。

Aボブ・ディランを評価する音楽界、文学界からの祝福の声。
ま〜一般社会の慣例として、栄誉を褒め称えるという常識的な反応ではある。

Bボブ・ディランをアカデミズムが上から目線で評価しているという批判。
たしかに「文学」のククリはどうなのと思わずにいられない。

以上を踏まえて、センエツながら一筆啓上申し上げたいm(__)m
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ボブ・ディランにとって、何者からであれ評価をされた一点において、一ファンとして喜びたい。
しかし、正直言って、その評価する機関が「ノーベル賞」という権威でなければもっと良いのにとも思った。

まず、違和感を持ったのが「文学賞?」というコトだ。
ボブ・ディランは文学をしたことはないと思うし、本人だって「文学者」かと問われれば否定するのではないか。

彼の詩は、ビートニック詩人に匹敵する「詩的文学力」を保持しているとは思うが、しかし詩単体で評価されることは本意ではないはずだ。
そうでなければ、今だに年間100箇所もコンサートで歌い続ける必然性がない。
つまり彼の表現形式は、歌であり曲と歌詞は不可分であり、ナンなら、その即興的なステージ・パフォーマンスも含めて一つの表現であるはずだ。
ボブ・ディラン「風に吹かれて」

彼を正当に評価したいのなら、ノーベル音楽賞、もしくはノーベル芸術賞を即刻設立するのが、ボブ・ディランに対する敬意有る態度だろう。

今回の文学賞扱いは、正直、ノーベル賞側のアカデミズムの傲慢であるように感じた。
ボブ・ディランが受賞を辞退するかどうか今はまだ不明確だが、辞退しても何の不思議もないと思う。
そもそもアメリカ政府を敵に回し、ベトナム反戦を訴えた人物である。
反骨精神は血液のように体を駆け巡っているはずだ、気にくわなければシカトするのも彼らしい。

最も個人としてのボブ・ディランは世間から若者の代弁者を求められ、その後の表現活動に苦しむことを思えば、むしろ権威は権威として認めるという一般社会の良識に適った態度をとっても不思議ではない。

しかし個人的には、彼の存在に較べれば、ノーベル賞など取るに足らない価値の存在だから、受けようと蹴ろうと些事に過ぎないと思う。
すでに彼の歌、彼のメッセージが、権威を打ち負かし世界を変えたという実績を前にすれば、ただ彼が生きてパフォーマンスしているという事実が何物にも変えがたい価値なのだ。
ボブ・ディランとローリング・ストーンズで「 Like a Rolling Stone」

考えてみれば、今最も生きた文化として、世界に関与し続けているロック・ポップスから見れば、アカデミズムや権威による評価よりも、自らの歌に熱狂する何万の観衆を眼にする事以上の価値はないのだから・・・・・・

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ま〜つまるところ、ノーベル賞に関係なく彼の歌は常に力を持ってきたのであり、黙って彼の歌を聴けばよいと思うのです。
ということでボブ・ディランの曲で、私が好きな曲を一曲


 『Knockin' On Heaven's Door』 : Bob Dylan

  Mama, take this badge off of me (かあさん、このバッジを僕から外して)
  I can't use it anymore.(もうそれは使えないから)
  It's gettin' dark, too dark for me to see(暗くなっていく、何か見るには暗すぎる)
  I feel like I'm knockin' on heaven's door.(どうやら天国のドアを叩いたようだ)

  Knock, knock, knockin' on heaven's door(コツ、コツ、ノックする天国のドア)
  Knock, knock, knockin' on heaven's door(コツ、コツ、ノックする天国のドア)
  Knock, knock, knockin' on heaven's door(コツ、コツ、ノックする天国のドア)
  Knock, knock, knockin' on heaven's door(コツ、コツ、ノックする天国のドア)

  Mama, put my guns in the ground(母さん僕の銃を埋めてくれ)
  I can't shoot them anymore.(もう彼等を撃つことは出来ないから)
  That long black cloud is comin' down(黒く長い雲が降りて来た)
  I feel like I'm knockin' on heaven's door.(どうやら天国のドアを叩いたようだ)

  Knock, knock, knockin' on heaven's door(コツ、コツ、ノックする天国のドア)
  Knock, knock, knockin' on heaven's door(コツ、コツ、ノックする天国のドア)
  Knock, knock, knockin' on heaven's door(コツ、コツ、ノックする天国のドア)
  Knock, knock, knockin' on heaven's door(コツ、コツ、ノックする天国のドア)

このベトナムの戦争をイメージさせる抵抗の唄のシンプルでいながら、深い哀しみと諦念が籠もったメッセージとメロディーは、いつ聞いても私の心を震わせます。

ガンズンローゼスの「天国への扉」

アヴィリル・ラヴィーンの「天国への扉」


日本からブルーハーツの真島昌利の「天国への扉」

U2とジーザスの「天国への扉」

ボブ・マーレーとエリック・クラプトンの「天国への扉」

最後に一番心に刺さった、遠藤ミチロウ「天国の扉」


いい曲は国を越え、世代を超え、宗教も文化も越え、世界に届き得るのだ!!
シンガーソングライターにとって、その事実以上に名誉な事があるとは思えない・・・・


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posted by ヒラヒ・S at 17:21| Comment(4) | TrackBack(0) | ロック音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月18日

ビ−トルズの名曲が聞ける『ザ・ビートルズBOX』ポップスの歴史的証拠

世界を変えた4人

ビートルズ:The Beatles
ジョン・レノン、 ポール・マッカートニー、 リンゴ・スター、 ジョージ・ハリスン、を主要メンバーとして1962年デビューし1970年解散。英国内で販売された12作のオリジナル・アルバムの内11作が全英アルバムチャートで週間第1位を獲得した。シングルは22作を発売し、その内17作が第1位を獲得。ギネス・ワールド・レコーズに最も成功したグループアーティストと認定され、また「ローリング・ストーン・マガジンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」の第1位にランクされている。


評価:★★★★★  5.0点

このBOXセットを通して聞くと、ビートルズの偉大さが実感できる。
彼らの初期はR&Bのコピーバンドから始まり、最終的にはロックを含むポップスの多様性の萌芽を、全て提示しているのだ。

初期のビートルズを聞けば分かるとおり、最初は黒人のリズム・アンド・ブルースのコピーバンドだった。
ビートルズ「ロール・オバー・ベートーベン」

チャック・ベリーのオリジナル「ロール・オバー・ベートーベン」


しかし、ポール・マッカートニーとジョン・レノンの二人が自分達で作詞作曲を始めることで、ポップスの新たな歴史が始まる。
その初期の作曲ナンバーは、アメリカのリズム&ブルースの伝統に則った、ブルースコードのリフ主体の形式で作曲されている。
最初期のレノン/マッカトニー名義の一曲『One After 909』

初期のビートルズの米国での成功について、私見を述べさせていただければ―――
そもそもアメリカ国内では黒人差別の問題もあって黒人音楽に対する忌避感は、白人側に根強くあったと想像する。それゆえアメリカ一般社会への広がりは、プレスリーという白人歌手はいたものの、一部の若者からの支持に留まっていたのではないだろうか。
しかし、そんなアメリカ国内から遠く離れたイギリスからやってきたビートルズは、アメリカ人にとって黒人差別問題から自由な存在として現れたのだろう_76926031_000123391-1.jpg
そんな人種問題からフリーな外国籍の白人が歌うリズム&ブルースは一種の漂白作用をブラック・ミュージックにもたらし、アメリカでの普及に力があったのだと想像している。
またアメリカでビートルズが支持を得た理由の一つに、アメリカ英語の発音で彼等が歌っていたという事実を指摘する者もいる。また同時に、インタビューの際に話されるイギリス英語の響きは、英国英語に洗練と上品さを感じるアメリカ女性に作用し、彼等をアイドルに押し上げる働きをしたという。


彼等は、徐々にメロディラインを重視した曲を発表するようになる。
それは、黒人達のバラードに比べどこかクールな響きを持っているように感じる。
<『ハード・デイズ・ナイト』より「アンド・アイ・ラヴ・ハー」>

そもそも彼等は、ボーカルのハモリは初期から多用してきたし、それは彼等オリジナルのブルースに対するアプローチだったように思う。
<『ハード・デイズ・ナイト』より「ラヴ・ミー・ドゥ」ジョンとポールのハーモニーが美しい>

さらにはボーカルだけではなく、音楽自体も重層的なハーモニーや、ブルースコードを離れた自由なコード進行など、作品の形を初期のリズム&ブルースから見れば複雑で新たな世界観を構築して行き、そのイメージに合わせるために録音技術の進化革新を追及したりした・・・・・・

<『マジカル・ミステリー・ツアー』より「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」>


<「レディ・マドンナ」>

<『ホワイト・アルバム』より「へルター・スケルター」>


つまるところはシンプルなブラックミュージックのブルース様式に、ヨーロッパの音楽の伝統を加味する事によって生まれた、革新性といえる。 

結果としていえば、欧州音楽の形に翻訳される事でロック、ポピュラー音楽は世界的に普及していったとみなせる。そして、一度西洋音楽のスケールに翻訳され得れば、世界中の音楽がその体系に従って、ポピュラーミュージックとして成立する事となる。
結局ビートルズのもたらした音楽的なバリエーションの広がりが、今日のポップスの多様性を作ったといっても過言ではないだろう。
そういう意味でビートルズの成し得たことは、真に革命的でもあり前衛的であった。
beatoruzu.jpg

しかし、前衛的でいながら人気を得る事は、決して簡単な事ではないだろう。
更に驚くべきは常に成功し続け、後期の楽曲に関していえば、今日でも新鮮であり続けている事である。
beat.jpg
個人的に、このビートルズの音楽的な複雑さや革新の多くを担ったのは、スコアにレノン/マッカートニーと書いてありはしても、マッカートニーだったのではないかと想像している。

その解散の経緯を見ると、マッカートニーは常に継続を欲し、レノンは離脱を望んだ。
結局マッカートニーの作る曲が売れ、レノンの曲はさほどヒットしないという状況下で、レノンにマッカートニーに対する対抗心と嫉妬がありはしなかったか。

そのレノンにとっての閉塞状況に風穴を開けたのが、オノヨウコだったのに違いない。
johnlennonnymain.jpgそしてオノ・ヨウコによってジョン・レノンはビートルズのマッカートニーの引力圏から脱出し得たのであろう。

しかし、ポール・マッカートニーがビートルズを継続したがったのも分かる気がする。
というのも、ビートルズ後のマッカートニーを追ってみても、その楽曲はビートルズ時代が頂点だったように感じてしまう。

さらに個人的な感想をいえば、ビートルズの音楽的な前衛や芸術性を担ったのがポール・マッカートニーだったにしても、ジョン・レノンのカリスマ性と存在感パツションがなければ、ここまでその楽曲の表現が力を持ち得なかったろう。
ポールの音楽的な先進性を、ジョンの説得力によって伝えることで、感動的な作品・楽曲となりえたのだと信じている。

やはりこの二人の個性が、衝突、融合、混合、反発の化学反応を起こす事によって始めて、高く遠く広くビートルズの歌が世界中に届いたのだろう。

ほんとに、バンド活動というものの困難さと不思議さを思わずにはいられない。
バンドのメンバー間の相互作用という、不可思議なマジックは、メンバーの無限の組み合わせと同数の魔力を発生させ、それは唯一無二なのだろう。

それゆえ誰一人が消えたとしても、もう2度とその魔術は復活し得ないのだ。

今となっては、少なくともこの4人でしか成しえなかった奇跡が、ここにあるという事を素直に喜びたい。

最後に一曲を選ぼうとしたが、選べなかったので「ローリング・ストーン」誌の「オールタイム・グレイテスト・ソング500」で8位に入った"ヘイ・ジュード"を。
最初の1分ぐらいリハーサルの様子が入って、その後「ヘイ・ジュード」が始まります。


ま〜ゴチャゴチャ言いましたが、名曲ぞろいですので楽しめると思います。ハイ。

特報!!!ビートルズのドキュメンタリー映画2016年9月公開
リンク⇒映画『ザ・ビートルズ〜EIGHT DAYS A WEEK』公式サイト


<R&B関連レビュー>
『キャデラック・レコード』ブルースの歴史はアメリカの歴史


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posted by ヒラヒ・S at 21:20| Comment(6) | TrackBack(0) | ロック音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月11日

『勝手にしやがれ!!』パンクロック見参!「金玉ヤローなんか、気にすんな!」

悪がき”青年の主張”



評価:★★★★★  5.0点

このCDを初めて、クラシックピアノをやっている友人に聞かせたときのその言葉が、忘れられない。
「ふざけないで、こんな演奏がプロのわけないし、人前でやってはいけない」


セックス・ピストルズ
セックス・ピストルズ (Sex Pistols) は、イングランド出身のパンク・ロックバンド。
1970年代後半にロンドンで勃興した、パンク/ニューウェーブ・ムーヴメントを代表するバンド。自国の王室・政府・大手企業などを攻撃した歌詞など、反体制派のスタイルが特徴。また、短命でありながらも、後世のミュージック・シーンやファッション界にも多大な影響を与えた。「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第60位。(引用:wikipedia)Sex-pistols.jpg

このセックス・ピストルズのデビュー当時の70年代イギリスとは、英国病と呼ばれるほど、経済が停滞しており、その最大の被害者がセックス・ピストルズのメンバーが属する労働者階級だった。仕事もなく明日も知れない彼等は、サッカー場でフーリガンとして暴れたり、楽器を持ち寄ってバンドを結成し不平不満を叫んだ。



そもそも、ロックミュージックのルーツは、アフリカから無理やりつれてこられたアフリカ系アメリカ人達の魂の慟哭だ。その叫びは、時に詠嘆であり、時に苦痛の訴えであり、そして何よりも自由を求める抵抗の歌であった。
それが、喜怒哀楽のどうしようもない感情の爆発として表現されるとき、本来その情報を最も端的に伝え得るのは、泣く、怒る、タメ息、の肉声こそふさわしい。
しかし、肉声によって発せられた個人の感情はそれを聞いた回りの人間には突き刺さるかもしれないが、残念ながら広範な伝播力が無い

そこで音楽的なギミックが必要であり、その音楽の核がブルーノート(ブルース単音)とブルース・コードだ。
ブルースコードの組み合わせによって作られた、この音楽形式ブルースが便利なのは、コードを2〜3個覚えただけでも演奏に参加できるし、そのコード上の音を使って歌えばそれなりに単純なブルース・ソングとして成立することだ。

この極めて融通の利く可塑性の高い音楽様式だったからこそ、世界中に広まり、世界中の人々の喜怒哀楽を表現する音楽となったのだろう。
(初期ブルースシンガー:ロバート・ジョンソン「Sweet Home Cicago」)

しかし、このプリミティブなブルースは世界中に伝播する中で、どんどん技巧的になって行き、ついにはプログレシヴ・ロックのように、高度な演奏技術が要求されるようになってしまった。

(プログレバンド:エマーソンレイク&パーマー「展覧会の絵」)
しかしだいたい、技巧に走れば走るほど、叫びの持つ本来的な力は弱くなっていくのは、過去の芸術表現が証明している。

クラシックピアノの友人に、私は言わざるを得ない。
「上手けりゃいいってもんじゃない!」
友人は言った。
「上手くなきゃダメ!音楽には技術が必要なのよ」


パンクロックで、このCDの曲で伝えようとしているのは、不況の中で生じた労働者階級の不平憤懣だ。
当時のイギリスでは、労働者層の若者達が金が無いために、住居を不法占拠したり、金持ちを襲って強盗を働いたりという、いつ暴動が発生してもおかしくないぐらいの不穏な社会情勢を背景にした、怒りの爆発だ。
ここでロックは、再び人間の叫びを届けるために、パンク・ロックとして復活したのだ。
その姿は確かに無様で、汚くて、見るに耐えないかもしれない。
実際、歌詞の内容は「ば〜か、ば〜か!お前のか〜ちゃんデベソ!」レベルのモンだったりする。このCDの題名も「金玉ヤローなんか、気にすんな!」だし

でも、聞くがいい!
この不恰好な姿が、どれほど多くのメッセージを伝えるかを!
死にかけたマラソン選手が、今にも倒れそうになりつつ歩む姿に感動しない人間がいたら、それはもう人間ではない!
パンクロックの無様さとは、なりふり構わず、死に物狂いで、それでも伝えずに死ねるかと言う「叫び」だ!
だから聞く者に、問答無用で、有無を言わさず、首根っこを押さえつけられて、逃げようもなく脳髄に直接突き刺さるのだ!
sexpisuto.jpg
クラシックピアノの友人とのファイトは続く。
「技術なんていらない!」
「技術がなきゃダメ!」
ついに言った
「じゃ〜技術が上手くなったら、叫ばなくても世界を変えられるのか!戦争をやめさせられるのか!」
友人はいう
「音楽は芸術は、そんなことのために有るんじゃありません」
クラシックピアノの友人に私は言った。
「だとすれば、音楽や芸術が必要なのは生きることに困らない、世界が今のままでいいと考えている傲慢な人達のモノなのか?」
更に私はたたみかける。
「芸術と言うのが上流階級や裕福な人達のための讃歌でしかないなら、そんな物は俺は要らない!」


パンクロックは「抵抗の歌」であり、世界を変えるためのデモのシュプレヒコールだ。
だからこそ、技術はいらない。
音楽的技術を考えながら、そんな余裕の在る態度で、自分達の生きるか死ぬかの要求を伝えられはしない。
それは、ライオンに襲われた人間が上げる、絶叫こそが最も相応しい。

そして、音楽表現において、いや芸術史上も含めて、初めて、技術が低いほうが強く伝わるメッセージが在るという事を、パンクロックが証明したのだ。

フランク・シナトラが歌う「マイ・ウェイ」のオリジナル

セックス・ピストルズの「マイ・ウェイ」


その後、友人に会った時にはもう「パンクは死んだ」と言われて久しい時期だった。
友人は冷笑しつつ言った。
「パンクはどこ?技術がない音楽は残らないでしょう?」
私は苦虫を噛み潰した顔で答えた。
「技術が無いから残らなかったんじゃない。魂がなくなったんだ・・・・」


そう、伝える強い思いが必然的に、技術的形式を形作る。
そして「パンク」という形式が残ったとしても、その心が魂がなくなれば、それは空っぽの形骸でしかない。

CDデーター『勝手にしやがれ!!』(1977年)
1.さらばベルリンの陽 - Holidays in the Sun(3分20秒)
2.ボディーズ - Bodies(3分03秒)
3.分かってたまるか - No Feeling(2分49秒)
4.ライアー - Liar(2分41秒)
5.ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン - God Save the Queen(3分19秒)
6.怒りの日 - Problems(4分10秒)
7.セブンティーン - Seventeen(2分02秒)
8.アナーキー・イン・ザ・U.K. - Anarchy in the U.K.(3分32秒)
9.サブミッション - Submission(4分10秒)
10.プリティ・ヴェイカント - Pretty Vacant(3分17秒)
11.ニューヨーク - New York(3分05秒)
12.拝啓EMI殿 - E.M.I.(2分57秒)

ジョニー・ロットン - ボーカル
スティーヴ・ジョーンズ - ギター、ベース、バッキング・ボーカル
グレン・マトロック - ベース("アナーキー・イン・ザ・U.K."のみ)
ポール・クック - ドラムス、バッキング・ボーカル
シド・ヴィシャス - ベース("ボディーズ"のみ)

オススメこの一曲「アナキー・イン・ザ・UK」



私は信じている、世界が困難に満ちて救済が必要となったとき、ロックの魂が、パンクのパワーが蘇るのだと・・・・・・・

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posted by ヒラヒ・S at 18:33| Comment(4) | TrackBack(0) | ロック音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする