2017年03月22日

2017年03月21日








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2017年03月21日

『華麗なるギャツビー』ゴージャスな男の影・ネタバレ・あらすじ・感想・ラスト意味

アメリカン・ヒーロー「ギャツビー」



評価:★★★★  4.0点

この映画は、往年のハリウッドの大スター「ロバート・レッドフォード」のために作られた、プロモーションビデオのようにも見えます。
その華麗さゆえに、後年レオナルド・ディカプリオ主演でリメイクもされていますが、しかし、ここにはアメリカ合衆国を代表する小説家F・スコット・フィッツジェラルドが抽出し得た、アメリカ社会の栄光と影が象徴的に描かれ、見過ごせない力を持っていると感じます。


華麗なるギャッツビー・あらすじ



1920年代のアメリカ、ニューヨーク郊外のロングアイランドに、証券会社に勤めたニック・キャラウェイ(サム・ウォーターストン)は引っ越してきた。その近くには、ニックの従弟同志のデイジー(ミア・ファロー)が、夫であるシカゴの富豪トム・ブキャナン(ブルース・ダーン)と避暑に来ていた。
gyatubi-nick.png
また、ニックの隣家には豪華な邸宅があり、そこにはジェイ・ギャツビー(ロバート・レッドフォード)という謎の人物が住んでおり、毎夜のように豪華なパーティーを催していた。そんなある日、ニックのもとに面識のないギャッツビーからパーティーの招待があり、行くと招待客はギャッビーの資産は株で儲けたとか、密輸や殺人など非合法な方法で富豪になったなどと、好き勝手に噂していた。
gatubi-start-.gifすると突然ギャッツビーのもとにニックは案内され、彼の挨拶を受けた。
その後もニックは、何度かパーティに招待され、ギャツビーが過去に第1次大戦に参加したこと、オックスフォードに在籍していたこと、いかがわしい仲間がいることも知った。交際を重ね親しくなったニックに、ある日ギャッビーは、デイジーをニックの家に招き会わせて欲しいと頼んだ。実はギャッツビーが毎晩華やかなパ−ティーを開いたり、ニックと交流を持った目的は、ギャツビー邸と湾をへだてて向かい合っているデイジーの家から、彼女を呼び寄せることにあったのだ。
ギャッツビーは軍隊時代にデイジーと知り合い、激しい恋に落ちた仲だった。しかしギャツビーはフランス戦線へ派兵され、デイジーはシカゴの富豪トム・ブキャナンと結婚した。戦線から戻ったギャツビーは、デイジーが結婚し、上流階級で社交界の花形となっていることを知った。ギャツビーは再びテイジーの愛を取り戻すために、5年の歳月をかけ社交界の話題をさらう存在に成長したのだ。
Gatsby-couple.jpgそして、ニックの家でデイジーとギャツビーは再び会う。デイジーはギャッビーの愛を知り、その財力に圧倒され、再び彼に対する思いを新たにする。夫は、自動車修理業者のウイルソン(スコット・ウィルソン)の妻マートル(カレン・ブラック)を情婦にしており、夫婦生活はうまくいっていなかった。
そしてギャッビーとデイジーの交際も深まり、結婚しようと約束するまでになる。そして、デイジーの夫に2人の仲が露見し、ある日、ギャツビー、デイジー、ニック、トムがニューヨークのホテルで話し合いを持った。ギャツビーとトムが対立し、ギャッビーはデイジーにトムを愛してないと言わせようとしたが、デイジーはハッキリとしなかった。その帰り道、ギャツビーの車をデイジーが運転して帰路に着いたが、彼女は荒れた話し合いを思い出し、乱暴に車を駆り事故を起こしてしまった・・・・・・・・・

(原題 The Great Gatsby/製作国アメリカ/製作年1974/144分/監督ジャック・クレイトン/脚本フランシス・フォード・コッポラ/原作F・スコット・フィッツジェラルド)

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華麗なるギャッツビー感想・解説

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往年のハリウッドスター「ロバート・レッドフォード」のために作られた、プロモーションビデオのようなこの映画。
gatubi-coragu.jpg
全体に紗をかけたソフト・フォーカスのカメラの中で、次から次へと豪華な衣装を着たローバート・レッドフォードが、登場します。

実に様々なスタイルで、哀愁に満ちた横顔、怒りに燃えた男性的な表情、苦悩に沈む背中、なにより純粋な恋に輝く笑顔をスクリーンで見せたりしちゃえば・・・・・・
今のブラッド・ピットレオナルド・デカプリオなんか問題にならないぐらい、キャーキャー言われちゃったりしたモンです。

ロバート・レッドフォード、フイルモグラフィー


ロバート・レッドフォード(Robert Redford, 1936年8月18日 - )はカリフォルニア州サンタモニカ出身のアメリカ合衆国の俳優、映画監督、映画プロデューサー。サンダンス・インスティテュート主宰。
1969年、アメリカン・ニューシネマの傑作『明日に向って撃て!』に出演。興業的に大成功を収め、レッドフォード自身も知的で信頼性があり、時に冷淡な雰囲気を醸し出す俳優として一躍スターダムに上り詰めた。1970年代にはハリウッド屈指の美男俳優として数多くの映画に出演。
1980年には初めて監督した映画『普通の人々』でアカデミー監督賞を受賞。ハリウッドで初めて「演技と製作の双方で地位を確立した映画人」の地位を確立した。翌1981年、ユタ州のパークシティに若手映画人の育成を目的としてサンダンス・インスティテュートを設立。優秀なインディペンデント映画とその製作者を世に送り出すためにサンダンス映画祭を開催。(wikipediaより)


つまりこの映画は、「ロバート・レッドフォード」というスターの価値を上げる為に作られた映画で、その点では大変上手く行ってるのではないでしょうか。
gatubi-gatu.gif
今も昔もハリウッドスターとは人々を確実に魅了して、映画界に収益をもたらすドル箱です。

そのスターの魅力を際立たせる道具立てとして、この原作はうってつけだと思うのです。

そもそも極端な事を言えば、「スタームービー」はストーリーやドラマ性の優劣より、むしろスターが映えるシチュエーションを、どうつなぎ合わせるかの設計図なのだと思います。
それはいわば、日本で言う「やおい」のような、山場だけ、見せ場だけを際立たせる脚本こそ相応しいのではないかと・・・・・・
やおい
やおいとは、男性同性愛を題材にした女性向けの漫画や小説などの俗称として知られているが、本来やおいの語源は、作中の大部分が性描写で構成されることから、ストーリー構成に必要な「ヤマ(山、山場)無し」「オチ(落ち)無し」「イミ(意味)無し」の3つが無いという意味で、この三語を繋ぎ、そう呼ばれるようになったといわれている。

こんな「ハリウッド・やおい」作品を代表するのは、個人的には『カサブランカ』だと思ったりします。
当ブログ関連レビュー:
『カサブランカ』
ハンフリー・ボガードとイングリッド・バーグマン
2大スターを輝かせる傑作



アメリカを代表する文学に対して、冒涜だとお叱りを受けそうですが、実は個人的に「アメリカ文学」とは、映画を常に意識した表現が成されていると思えてなりません。

Film.jpgこの原作は、豪華な富豪の生活や、パーティーの煌びやかさが、主人公の姿をイヤでも引き立てます。
そんな大富豪でありながら、悲恋ゆえの陰のある性格設定。
さらに、一途に純愛を貫く姿勢。
その生い立ちと、イノセントな生涯。

結局アメリカ社会が求める「理想の男性像=ヒーロー像」を、このギャッツビーが持っていたのだと思うのです。

そういう意味で、実はフィッツジェラルドの原作ストーリとは、キャラクター・ストーリーとして実にコマーシャルな要素を、映画的な表現の原形を持っていたことに気づかされます。

また、ストーリーをよ〜く見てみれば、「富を持つ者」から「貧しい者」が「富=ヒロイン」を奪おうとするが、結局その富は「貧しいもの」には残らないと語られています。

そう考えればこの主人公とは、ヨーロッパから貧しさゆえに移住してきた、アメリカ国民の姿と重なるものです。
それゆえ努力し必死にお金に執着し、成功して豪華絢爛な乱痴気騒ぎを繰り広げたとしても、結局は虚しい馬鹿騒ぎに過ぎないと判ってしまった人間の、悲哀が感じられます。
また同時にこれは、いくら富をつんだ所で、真に重要な価値は手に入らないという詠嘆でもあります。

USA-flag.png
これはアメリカ社会の精神病理として、キリスト的な精神充足という「禁欲的な幸福」と、富の追求という「現世の幸福」とが、常に矛盾をはらんでいるという事実が、顕在化したものだったでしょう。


つまりギャッツビーとは、「アメリカ」をそのまま擬人化した存在だったと、言えるのではないでしょうか。
さらに言えば、ギャッツビーこそ「アメリカン・ドリーム」、アメリカの夢の象徴だったのでしょう。
だからこそ、このフィッツジェラルドの小説は、アメリカ文学の中で不朽の位置を占めているのだと思うのです。

そんな、アメリカを代表する小説で、キャラクターとしても魅力的であるがゆえに、ハリウッド・スターの価値を高める役柄であり、作品として認知されているとも思うのです。

アカデミー賞を狙っていた、レオナルド・デカプリオが演じたかったのも頷けます。
レオナルド・ディカプリオの『華麗なるギャツビー』


gatubi-gat-long.jpgつまりこの映画は、そんなアメリカ的背景を含みつつも、本質的には「スタームービー」です・・・・・
ロバート・レッドフォードのスターとしての魅力を観客がどのように感じるかによって、この映画の評価が変わると思うのです。


考えて見ればギャッツビーも、ハリウッド・スターも、人々の夢の結晶だとすれば、強く求められればられるほど、その輝きを増すという構造を持っているのではないでしょうか。

それゆえ今現在、どの程度この映画が魅力的に映るのかは、見た人がロバート・レッドフォードをどのぐらい魅力的に感じるかによって左右されるでしょうから、正直判断が付かないでいます。


それゆえ私のつけた評価は、スターを語る映画の枠組みの完成度に対してのモノとご理解ください。

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以降

華麗なるギャッツビー・ネタバレ

を含みますので、ご注意下さい。
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(あらすじから続く)
デイジーは突然飛び出してきた、マートルを轢き殺してしまった。
そうとは知らないマートルの夫ウイルソン(スコット・ウィルソン)は、デイジーの夫トム・ブキャナンの家に乗り込む。
gyatubi-wilson.png
トムはギャツビーがマートルを轢き殺したと嘘をいった。
マートルはギャツビー邸に忍び込み、彼を射殺すると自分自身も命を断った。
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華麗なるギャッツビー・ラストシーン

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葬儀の日、ギャッツビーの父親がやって来た。
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父親は名前はギャッツビーではなく、ガンツだと名乗り、息子は頭が良かったから努力して、東部で成功したと考えていたといい、息子が書いたものだとノートをニックに見せた。
そこには、達成すべき目標として、発音を直す、勉強をする、一週間に5ドル貯める、タバコとガムを止める、両親に孝行すると書かれていた・・・・・・・・
葬儀にはトムやデイジーから、花束も来なかった。

gyatubi-end.png


やはり、アメリカ人として努力していった先に見える、光と影の落差がこの映画をただのアイドル映画にはしてないように個人的には感じます・・・・・・・

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posted by ヒラヒ・S at 17:49| Comment(4) | TrackBack(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月20日

2017年03月19日






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