2017年11月15日

映画『許されざる者』(2013年)渡辺謙リメイク版への質問状/解説・オリジナル比較・批判

日本版『許されざる者』(感想・解説 編)


製作国:日本
製作年2013年
上映時間135分
監督:李相日
アダプテーション脚本:李相日
オリジナル脚本:デヴィッド・ウェッブ・ピープルズ



評価:★★☆   2.5点



この映画『許されざる者』は、クリント・イーストウッド監督主演の1992年の名作のリメイクです。
オリジナル版をもとに、李相日監督が日本版の脚本を描き、重厚な演出で本家に負けない力を持っていると感じます。
しかし、オリジナル版に義理立てし、その人物設定や筋立てに無理に当てはめたがゆえに、この映画が本来発揮すべき力を弱めてしまったのではないかとも感じました。
そんな事を踏まえて、オリジナル版と日本版の違いを確認し、それが作品にどう影響しているかを検証しようと思います・・・・・・・・・・

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映画『許されざる者』出演者

yuru-cast.png釜田十兵衛(渡辺謙)/大石一蔵(佐藤浩市)/馬場金吾(柄本明)/沢田五郎(柳楽優弥)/なつめ(忽那汐里)/お梶(小池栄子)/北大路正春(國村隼)/堀田佐之助(小澤征悦)/堀田卯之助(三浦貴大)/姫路弥三郎(滝藤賢一)/秋山喜八(近藤芳正)

映画『許されざる者』予告

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映画『許されざる者』解説

オリジナル『許されざる者』との違い


オリジナル版の映画が語ったのは、アメリカ合衆国を成立させた「西部劇建国神話」の罪を糾弾し、それでも「西部劇の精神」によってしか、アメリカ社会は機能しないというイーストウッドの主張だったと解釈している。
対して、日本版の映画は「武士=支配階級から落ちた反体制分子」が、マイノリティーの鬱屈を背負いテロルを決行した「反逆者のルサンチマン」だったと思える。

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これだけ違うテーマを語るにあたり、日本版は人物配置・ストーリーを変えずに、どう対処したのかが以下の相違点の中で明確になれば良いと考えている。

主人公のキャラクター設定
<オリジナル>
主人公のマーニーは若かりし頃、貧しく、酒におぼれ、金のために列車強盗をし、女子供を殺した過去を持つ。

<日本版>
主人公は侍で幕府側で戦い、残党狩りに来た官軍の兵を殺す。これは武士同士の戦いで悪とは言えない。


オリジナル版は西部劇の主役アウトローがロクデナシのクズだと言っている。
日本版は、由緒正しい武士が、敗者となり窮乏していけば、生きるために罪を犯さねばならないと語っているだろう。

主人公を賞金稼ぎに誘う者
<オリジナル>
主人公のマーニーを賞金稼ぎに誘うのは、若いスコフィールド・キッド。

<日本版>
旧幕府軍の同僚の馬場金吾(柄本明)。


オリジナル版だと若いスコフィールド・キッドに唆されて、金のために賞金首を取りに行く。
その道中黒人ネッド(日本版の馬場金吾)に子供を預けようと立ち寄るが、逆にネッドも昔の血が騒ぎだすように行動を共にする。
これは、「西部劇神話」が持つ強い吸引力を示していると感じた。
しかし、日本版は老いた馬場金吾が金のために首を狙うという点で、旧幕勢力のひっ迫と苦しみが示される。
また、スコフィールド・キッドの役どころを、日本版は沢田五郎(柳楽優弥)という役になり、彼はネッドの属性のマイノリティーを、アイヌという設定で彼が引き継いでいる。
賞金を懸けられた者
<オリジナル>
カウボーイ。

<日本版>
旧仙台藩(佐幕側)出身の元侍の開拓民。


オリジナル版のカウボーイとは、西部劇そのものだ。その男根を笑うことで、西部劇神話=男権主義の嘲笑となっている。
また、保安官がそのカウボーイを守る行為とは、西部劇的男権主義主義の守護者であると宣言している。
対して、日本版の二人の表すものは旧仙台藩(佐幕側)の今は開拓民となった者。男尊女卑の記号としての機能を保持しているかと思うが、警察署長はこの時「武士」を守りながら、後のシーンでは武士が嫌いだと口にしており、この2人の役割及び署長が守ろうとしたものに混乱を生じていると思う。

人種差別の設定
<オリジナル>
オリジナル版はネッドに代表される黒人、ネッドの妻のインディアン、そして娼婦に代表される女達。

<日本版>
娼婦役の女達。沢田五郎と主人公の妻がアイヌの出身だと語られている。

オリジナルのマイノリティに対する迫害シーンこそ、西部劇の罪悪の最たるもので、入念に語られている。
一方、日本版のアイヌや女性蔑視は、主人公の怒りに一直線につながらず、オリジナル版に較べその役割は小さく、むしろオリジナルに形を合わせた感は否めない。

敵役のキャラクター
<オリジナル>
保安官ダゲッド。保安官も西部劇の主役の1人。その主役がどれほど権力を恣意的に、専横的に行使し、人種差別的で、男尊女卑的かを表している。その保守性が家を建てているシーンに象徴される。

<日本版>
警察署長大石一蔵。勝者の傲慢さや専横性や男尊女卑を感じはするが、政治的な偏向性・保守性を感じさせない。家は建てない。

オリジナル版では、西部劇神話の悪を象徴する人物。黒人ネッドをムチ打つシーンは強烈。
彼が賞金稼ぎを暴行するシーンは、アメリカに対する愛国心の現れも含まれているシーンだった。
その保守的で男権主義の歪みが、家を上手く建てられないシーンに象徴される。
一方の日本版の警察署長は、強権的な振る舞いは見えるものの、政治的信条や差別性を強く体現しておらず、オリジナルほど効果的に機能をしていないと感じた。

決闘シーン
<オリジナル>
主人公は古典的西部劇の主役のように、鮮やかに5人を倒す。保安官ダゲット(ジーン・ハックマン)は、主人公に地獄で待つと言う。

<日本版>
決闘シーンは主人公の暗い情念が際立つ。地獄で待つは主人公が死んだ金吾に言うセリフ。

オリジナル版は、地獄で待つのセリフで、保安官も、アウトローの主人公も、共に西部劇神話の中の「許されざる者」に違いないと示す。しかし決闘によって西部劇神話の罪を、西部劇の主役アウトローが正す。
アメリカの正義は西部劇的正義に拠るしかないと語られている。

一方の日本版では、金吾と主人公が象徴する敗者の怨念を、暴力で晴らす行為「テロル」が「許されざる者」だと語られていると感じる。

決闘後の捨て台詞
<オリジナル>
ネッド(黒人)を埋めろ、女達を大切にしろと町民に怒鳴り、さもなければ戻ってきて町に火をつけると脅す。そう怒鳴る主人公の後ろには星条旗がはためく。

<日本版>
主人公が、物書きの姫路に事件をありのまま記し、しかしアイヌと女郎のことは書くなと脅す。

この決闘後の捨て台詞は、オリジナル版においては西部劇的悪「男権主義・人種差別」は西部劇的正義「義侠心・隣人愛」で乗り越えられるという宣言だったろう。
その言葉の背景に星条旗を見せるのも、イ−ストウッドの西部劇的保守主義の主張が見える。
日本版は、「敗者=マイノリティーのルサンチマン」の発露としての「決闘=暴力」だということを、後世に正しく伝えろと言う。
同時に、その犯罪の担い手が主人公であるという自己犠牲を表しているだろう。

エンディングの違い
<オリジナル>
事件後、賞金を元にサンフランシスコで商人として成功する。

<日本版>
主人公十兵衛は、自らの子供をアイヌの五郎と女郎のなつめに託し、自らは過酷な逃亡の旅を続ける。

オリジナル版の主張は明確だ。
主人公は「許されざる者」であっても、西部劇的正義を行使したならば、社会に受け入れられ成功するという主張だ。
日本版は、虐げられた者達の情念を「テロル」に込めた実行犯として、制度側から永遠に追われる運命を描く。

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映画『許されざる者』解説

リメイクの困難さ


例えば、単純な「おとぎ話」や「エンターテーメント作品」であれば、リメイクも容易で、テーマの選択の自由度も高い。
それは、黒沢明のエンターテーメント・チャンバラ西部劇『用心棒』が、そのままマカロニ・ウェスタンになって、すこしもその力を削がれないことでも明らかだろう。
関連レビュー:黒澤からマカロニ・ウェスタンへの変換
『荒野の用心棒』
セルジオ・レオーネ監督・黒澤『用心棒』の無断借用
クリントイーストウッド主演映画


yuru-Orpos2.jpgしかし、この『許されざる者』は、西部劇の再生というテーマに向けて、緻密に、完璧に構築された作品であるのは、上の比較の中で明らかだろうと思う。
結局、クリント・イーストウッド版『許されざる者』は、上記テーマ以外語ることが赦されないぐらい、厳密に組み立てられ揺らぎようがないように思う。

従って方法は、この映画の「骨格=テーマ性」を例えば「大和魂」という形で翻訳するか、リメイク版の「ルサンチマン」というテーマを生かすのであれば、大胆にストーリーと人物自体を刈り込まない限り、無理な挑戦であったように思えてならない。

yuru-pos1.jpgもちろんリメイク版の李相日監督は、その手腕を発揮し標準作以上の日本映画に再構築していることは間違いない。

しかし、オリジナルの完成度と比較した時、もどかしく悲しい思いがする。


それはオリジナルに縛られずに、この監督がそのテーマを語ることに、全力を注力した、その作品を夢想するからだ。

もし、そう出来ていたならば、イーストウッド版の「保守的正義」というテーマと真逆の、マイノリティーの「反逆者としての正義」というテーマを、恐るべき完成度で語れたはずだと信じている。

そう思ったとき、テーマの求める物語として無理があるにも関わらず、オリジナルに義理立てする必要があったのかと、やはり問わざるを得ない。

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2017年11月12日

リメイク映画『許されざる者』(2013年)李相日監督の描いたもの/ネタバレ感想・解説・批判

日本版『許されざる者』(感想・解説 編)


製作国:日本
製作年2013年
上映時間135分
監督:李相日
アダプテーション脚本:李相日
オリジナル脚本:デヴィッド・ウェッブ・ピープルズ



評価:★★☆   2.5点



この映画『許されざる者』は、クリント・イーストウッド監督主演の1992年の名作のリメイクです。
オリジナル版を、日本の実力派俳優が忠実に演じ、その設定も上手く置き換えた努力に頭が下がります。
しかし、忠実であればあるほど、この映画が語る本質が不明瞭になりはしなかと疑問を持ちました・・・・・・

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映画『許されざる者』出演者

yuru-cast.png釜田十兵衛(渡辺謙)/大石一蔵(佐藤浩市)/馬場金吾(柄本明)/沢田五郎(柳楽優弥)/なつめ(忽那汐里)/お梶(小池栄子)/北大路正春(國村隼)/堀田佐之助(小澤征悦)/堀田卯之助(三浦貴大)/姫路弥三郎(滝藤賢一)/秋山喜八(近藤芳正)

映画『許されざる者』予告

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以下にはネタバレが含まれています。

映画『許されざる者』感想



この映画の重厚な画作りと、地に足の着いた演出は、見事に人の世の苦悩をスクリーンに定着したものだと感心した。
yuru-risou.jpgこの暗い画面は、イーストウッド監督の「黒=闇」の存在感に十分匹敵する力があると思う。
この映像に込められた深く強い情念は、監督李相日の優れた資質が表現されたものだろう。(右:李相日監督)
最後の殺陣も迫力があり、北海道の厳しい自然の中で繰り広げられる闘争劇は、リアリティーと力強さを感じた。

そんなドラマの集積として、この映画が語ったのは、貧困ゆえに人を殺す「許されざる者の悔恨」の物語だった。
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それは「武士は喰わねど高楊枝」という、プライドに生きる事を義務付けられた侍階級の者であっても、主人公が表したように食い詰めれば金のために人を殺すと語られているだろう。

その武士の悲哀は、賞金稼ぎの元武士・北大路正春にも共通する。
そして同じ武士階級でありながら佐藤浩市演じる警察署長・大石一蔵は、勝者としてその警察権力を恣意的に行使し敗者を痛めつける。
ここには残酷な、人生における勝者と敗者の構図があるだろう。
さらにこの映画に描かれた敗者は、落魄した武士だけでなく、アイヌの民、女郎たちをも含んでいる。

つまるところ、勝者とは歴史上常にメジャーな存在であり、敗者となるがゆえにマイノリティーに落ちるのだろう。

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そして、マイノリティーを代表して「メジャー=体制側」に挑んだ主人公は、一時メジャーを倒したとしても、制度としての体制側を打ち崩すことは出来ず、結局犯罪者として追われ、逃亡し続けなければならない。


炎で全てを焼くつくそうにも、その火が消えれば地獄の業火に焼かれるのは、己自身でしかない。
それは彼が敗者の屈辱を、暴力という形で爆発させたからだった。
つまりこの「武士=支配階級から落ちた反体制分子」は、マイノリティーの鬱屈を背負いテロルを行使した「反逆者=ルサンチマン」だった。


それは、旧幕府の崩壊により必然的に背負った業だったろう。
考えてみれば、薩摩長州の討幕の根源に、関ヶ原の徳川に対する屈辱があったとすれば、歴史の回転とは「ルサンチマン=憤り・怨恨・憎悪」より生まれるのかもしれない。

この映画が語る「敗者=マイノリティー」が持つ情念・恨み・鬱屈の強さは、映画の警察署長が代表するように、日本社会が持つ「勝者=お上」の強権によって、更に深く強く骨身に血肉に沁み込んでいくだろう。

そんな歴史の中で日本人が背負った「業の深さが」この映画の暗闇に潜んでいるように感じた。

関連レビュー:渡辺謙の世界進出作品
『ラストサムライ』
武士道に対する敬意を感じる映画
トム・クルーズ主演


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イーストウッド『許されざる者』の完成度の高さ



この映画は、渡辺謙とクリント・イーストウッドの友情と信頼を元にして、勧められたリメイクであったのではないか。
日本版の忠実にイーストウッド版をなぞる努力に、オリジナルに対する強いレスペクトを感じた。

しかし、正直言ってオリジナルの物語の完成度の高さを思う時、この物語の形をそのまま再現し使用することにこだわるべきではなかったように思えてならない。

なぜなら、個人的な解釈で言えば、オリジナルの作品が語るのは「西部劇神話の解体」であり、更にそれでも西部劇的正義を元にしなければアメリカが立ち行かないという「西部劇神話の再生」だったと思えるからだ。

関連レビュー:「西部劇神話の解体」
『許されざる者』
クリント・イーストウッドのアカデミー賞受賞作
西部劇の歴史

そのアメリカ合衆国を形作ってきた「西部劇」の罪を、微に入り細に入り語るために、完璧な人物配置と物語の展開をもって、凄まじいほどの完成度で構築してみせる。

正直言って、ここまで上記のテーマのために完璧に構築されたオリジナル作品を元に、他のテーマを語るのは理不尽に近いとすら思えてならない。

関連レビュー:クリント・イーストウッドのオリジナル
『許されざる者』
西部劇神話の再生
ネタバレ・ラスト・結末の意味


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以下にはこの作品に対する悪評があります。ご注意下さい。

リメイク映画『許されざる者』批判



このリメイク版映画が描く諸要素から導きだした上の感想は、つまるところ個人的な映画の解釈にすぎない。
それが、どれほど共感を得るかは分からないが、しかし李相日監督が描くべきテーマとして相応しいと感じる。
そんな歴史認識としてのルサンチマンというテーマに、この映画全ての要素を収斂させたならば、間違いなく日本映画に残る傑作となったに違いない。

しかし残念ながら、この映画はテーマに対して不要な要素や不足な部分を個人的には感じた。

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そして、たぶん映画の全てを主題に対して従属させ得なかったのは、オリジナル版の形を踏襲せざるを得なかったためだと想像している。

しかしイーストウッド版の解説で述べたとおり、オリジナルは「西部劇神話の否定と再生」に対して完璧に構築された傑作だった。
その主題を離れてその形を踏襲することは、無理があるし、不合理でもあるだろう。

実を言えば、そのオリジナルのテーマ自体をそのままこの映画で描く事もできた。
それは、「武士道神話」が日本社会を第二次世界大戦の破滅に追いやった点を指摘し、そこにある男尊女卑、家父長制を糾弾する。
しかしそれでも、日本の規範とは「武士道」によってしか成立しないと語ることだ。
このテーマであれば、オリジナルそのまま置き換えも可能だったろう。


しかし、この行為はオリジナルの形を再現するために、後からテーマを貼り付けるという本末転倒に過ぎない。

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個人的な理想を言えば、本来全ての表現物は、作者が志す主題が根本に有って、それに見合う形でドラマのあらゆる要素が有機的に構築されるべきだろう。


そう考えたとき、オリジナルの完成度を考えれば、元の形を大胆に離れずしてリメイク版の語る「敗者のルサンチマン」を語りえたとは思えない。

李相日監督のために、そんな窮屈な縛りが惜しまれてならない。


従って個人的には、この映画が持つそのテーマを、100%語りえた完成形からすれば、★2.5とせざるを得なかった。

関連レビュー:西部劇のチャンバラ変換映画の元祖
『七人の侍』
黒澤明監督作品
ジョン・フォード西部劇への尊敬が生んだ映画


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posted by ヒラヒ・S at 18:30| Comment(0) | 日本映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月09日

映画『許されざる者』(2013年)渡辺謙主演リメイク・再現ストーリー/あらすじ・ネタバレ・ラスト・結末感想

日本版『許されざる者』(ネタバレあらすじ・ストーリー 編)


製作国:日本
製作年2013年
上映時間135分
監督:李相日
アダプテーション脚本:李相日
オリジナル脚本:デヴィッド・ウェッブ・ピープルズ

評価:★★☆   2.5点



この映画『許されざる者』は、クリントイーストウッド監督主演でアカデミー作品賞を獲得した1992年のハリウッド映画のリメイクです。
その設定を忠実に日本に置き換えて、セリフまで原典をなぞる位、誠実に再現していることに頭が下がります。
渡辺謙をはじめ実力派の俳優と、李相日監督の演出により重厚な一本に仕上がっていると感じました・・・・・・

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映画『許されざる者』出演者

yuru-cast.png釜田十兵衛(渡辺謙)/大石一蔵(佐藤浩市)/馬場金吾(柄本明)/沢田五郎(柳楽優弥)/なつめ(忽那汐里)/お梶(小池栄子)/北大路正春(國村隼)/堀田佐之助(小澤征悦)/堀田卯之助(三浦貴大)/姫路弥三郎(滝藤賢一)/秋山喜八(近藤芳正)

映画『許されざる者』予告


関連レビュー:クリント・イーストウッドのオリジナル
『許されざる者』
クリント・イーストウッド監督
オスカー受賞作品

関連レビュー:1960年の『許されざる者』
『許されざる者』
ジョン・ヒューストン監督
オードリー・ヘップバーンの西部劇映画
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映画『許されざる者』あらすじ



幕末、江戸から明治への過渡期、新政府による幕府残党狩りは蝦夷にまで及んでいた。
そんな過酷な追手から逃げる、"人切り十兵衛"と恐れられた釜田十兵衛(渡辺謙)は、時に敵に反撃を加えその兵糧を奪いその命を長らえていた。
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yuru-faceCut.jpg時は過ぎ、1880年(明治十三年)の北海道・鷲路村。
1階が飲み屋で2階が女郎宿になった店で、若い女郎・なつめ(忽那汐里)の顔に傷を負わせるという事件が起こった。

スクリーンショット 2017-11-08 14.58.49.png開拓民の堀田佐之助(小澤征悦)が、なつめに男性器を嘲笑され、怒り斬りつけたのだ。
そのあげく、今は弟・卯之助(三浦貴大)ともども捕縛され、店の土間に据えられていた。

警察署長を務める大石一蔵(佐藤浩市)は、お梶(小池栄子)を筆頭に女達がいきり立つのを沈め、馬6頭で女郎宿の主人・秋山喜八(近藤芳正)と示談とし、事件を収束させる。
納得がいかないお梶達は金を出し合って、卯之助と佐之助に1000円の懸賞金を賭けた。

幕末の動乱を乗り切った釜田十兵衛は、今は子どもたち2人と、細々と農業をして暮らしていた。
幕末には人斬り十兵衛≠ニ呼ばれた男も、北海道でアイヌ女性と結婚し、妻に先立たれてからは日々の困窮生活に四苦八苦していた。
そんな十兵衛を訪ねて来たのは、共に佐幕派として戦った馬場金吾(柄本明)だった。
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金吾は十兵衛に、1000円の懸賞金の話をし、2人で賞金首を獲ろうと持ちかける。
一度は断った十兵衛だが、背に腹は代えられず、賞金欲しさに息子と娘を残し旅立つ。
旅をする2人に、アイヌ出身の沢田五郎(柳楽優弥)という若者も加わり、3人は連れだって鷲路村に向かった。
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yuru-danmura.jpgその頃、鷲路村に懸賞金目当ての旧士族、北大路正春(國村隼)と名乗る、武士を誇りにする男が乗り込んできた。
警察署長の大石一蔵は、北大路から刀を取り上げ、何度も蹴り上げ全身傷だらけにしたあげく、村から追放した。

北大路に連れられて村に入った、物書きの姫路弥三郎(滝藤賢一)は、一蔵に興味を持ち村に残った。

十兵衛達3人は鷲路村へ到着し、馬場金吾と沢田五郎が女郎に話を聞きに行き、飲み屋に十兵衛一人残った。yuru-bar.jpg
それを見つけた一蔵は、十兵衛も容赦なく打ち据え、さらに"人切り十兵衛"だと知ると、割った瓶で十兵衛の頬に悪人だと知れるようにと、頬に長い傷を刻んだ。

十兵衛は這って外へ出るのがやっとの状態で、その後3日間意識が戻らなかった。
ようやく介抱していた女郎なつめの力もあって回復し、十兵衛達3人はついに復讐に乗り出す。

弟・卯之助が猟に出たところを、金吾が銃で撃つが止めを刺すことが、どうしてもできなかった。
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見かねた十兵衛が止めを刺した。
金吾はもう人殺しはできない自分を知り、猟銃を十兵衛に渡して二人のもとを去った。

yuru-kawaya.jpg残った2人は、残る賞金首、兄の佐之助を狙った。
厠で用を足そうと佐之助が入った所を、五郎が急襲し銃で佐之助を射殺した。


スクリーンショット 2017-11-08 14.16.47.pngしかし、その頃一足先に去った金吾が、警察署長・大石一蔵に捕まっていた。
金後は殴る蹴るの拷問を加えられたが、口を割らなかった。

一蔵は更に激しく責め立て、ついに金吾の命を奪った。

一方、十兵衛は懸賞金を待つ間に、五郎の初めての殺人だと聞かされた。
そこに、なつめが金を持って来て、さらに金吾の死と最期の様子を知らせた。
十兵衛は、金を五郎となつめに託すと、彼の2人の子の世話を頼んだ。
そして、十兵衛は女郎宿へと向かった・・・・・・

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以降の文章に

映画『許されざる者』ネタバレ

があります。

酒場兼女郎屋の門の柱に、金吾の遺体が吊るされて凍っていた。
スクリーンショット 2017-11-08 14.17.47.png

酒場では明日の山狩りの算段について、警察署長・大石一蔵を中心に沸き立っていた。
十兵衛が店に入ると、一転水を打ったような静けさに包まれた。
十兵衛は店主を探し出すと、その店主・喜八を殺した。
そして、大石一蔵と対峙した十兵衛は、激しく切り結びついに一蔵を倒した。
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現場にいた物書きの姫路に、十兵衛は「ありのまま書け。但し、女郎とアイヌのことは、もし書いたらどこまででも追いかけて殺す」と警告し外に出た。
酒場に火の手があがり燃え上がる中、女郎たちに囲まれた金吾の遺体に、十兵衛は「地獄で待ってろ」と言い去った。
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映画『許されざる者』ラスト・シーン


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五郎となつめは十兵衛の子の待つ家へと向かった。
そこで2人は、子供たちを育て、暮らした。


十兵衛は吹雪の中、1人歩き続ける。
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購えない罪を刻み込むように・・・・・
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映画『許されざる者』結末感想


実を言えば、オリジナル版と最も違うのはこのラストでしょう。
オリジナルはハッピーエンドと言って良いモノでしたが、この日本版のラストが描いたものは悲劇だと感じます。
やはり、この映画とイーストウッド版は、違うテーマ性を持った映画で、だとすればここまでオリジナル版に義理立てをする必要があったのかと疑問に思うのです・・・・・・・・・


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posted by ヒラヒ・S at 17:28| Comment(0) | 日本映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする