2017年09月01日

映画『ディア・ハンター』鹿狩りとロシアンルーレットの意味/感想・解説・受賞歴・脚本問題

『ディア・ハンター』(感想・解説 編)



原題 The Deer Hunter
製作国 アメリカ
製作年 1978
上映時間 176分
監督 マイケル・チミノ
脚本 デリク・ウォッシュバーン
原案 マイケル・チミノ/デリク・ウォッシュバーン/ルイス・ガーフィンクル/クイン・K・レデカー

評価:★★★   3.0点



この映画は、ロシアン・ルーレットの脚本が先にあり、後ベトナム戦争の部分を加えたといいます。
そんな経緯ゆえに、どこか混乱した映画になっているようにも思います。

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『ディア・ハンター』予告


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『ディア・ハンター』出演者


マイケル(ロバート・デ・ニーロ)/ニック(クリストファー・ウォーケン)/スチーブン(ジョン・サヴェージ)/スタンリー(ジョン・カザール)/リンダ(メリル・ストリープ)/ジョン(ジョージ・ズンザ)/スチーブンの母(シャーリー・ストーラー)/アクセル(チャック・アスペグレン)/ジュリアン(ピエール・セグイ)/アンジェラ(ルターニャ・アルダ)/プリースト(ステファン・コペストンスキー)
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『ディア・ハンター』感想


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この映画のタイトル、『ディア・ハンター=鹿猟師』の意味するモノが何なのだろうと、考えてきました。
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主人公のマイケルは猟をするなら、鹿を
「1発で」仕留めると言います。

このマイケルの猟における「1発」とは、自ら猟の難易度を上げ、ゲーム性を高めるための自らに課したルールだという気がします。
つまり、マイケルにとって『ディア・ハンター=シカ猟師』になるとは、命を取るゲームを楽しむ存在になることを意味していたのだろうと思います。
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これは、アメリカ人であれば、自然の中のレジャーとして釣りやキャンプと同様、誰もが楽しむ娯楽であり、そんな普通のアメリカ青年として描かれているように思います。
そんな、命をもてあそぶような遊びをしていたマイケルが、ベトナム軍の捕虜となります。
そして、命をもてあそばれる「ロシアンルーレット」というゲームで、自らも殺される側=鹿の立場になります。

そして、その鹿に向かって語っていた「1発」で命を失う事の重さを、身に染みて知ることになります。
それは、ベトナムを経験したニックやスチーブンにも同様に生じた、重い真実でした。

彼らは、命が危険さらされることで、精神肉体に傷を負い、命を失う事、奪う事、の異常さに気が付いたのだろうと思います。
それゆえ、ベトナムから帰った後のマイケルは、猟に行っても鹿を撃つことはできません。
結局、この映画の主題は、命をゲームのようにやり取りする事の異常さを描いているのであり、その象徴が「鹿狩り」であり「ロシアンルーレット」だと思います。
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そんな異常な命のやり取りを、国家が主体となってする場こそ「戦争」なのです。
この映画の、典型的なアメリカ労働者階級の若者たちは、命を「ゲーム=鹿狩り」として奪う事に無頓着に育ちました。

そして、国家の理論による「ゲーム=戦争」によって、命を奪う事の異常さを知る物語だと思います。
以上から考えれば、この映画はそんな「無自覚なアメリカ人」に「戦争」というゲームの異常さを知らしめるための作品だと、感じました。

そんなテーマから見れば「反戦映画」だと思いますが、この映画に関しては単純にそう言い切れない所を、個人的には感じてしまいます・・・・・・・

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『ディア・ハンター』解説

脚本の混乱

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実を言えば、この映画の脚本はルイス・ガーフィンクル、クイン・K・レデカーによる原案からスタートし、当初ラスベガスでロシアンルーレットをするという物語でした。
これを、プロデューサーのマイケル・ディーリーらの判断により、後からベトナム戦争が舞台に置き換えられたそうです。
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そして、この映画の脚本はデリク・ウォッシュバーンとなっていますが、実はマイケル・チミノ監督と共同作業で進めながら、両者の間で相当に揉めたそうです。

そして、最後は裁判にまでもつれ込んで、結局、脚本デリク・ウォッシュバーンとなり、原案がマイケル・チミノ、デリク・ウォッシュバーン、ルイス・ガーフィンクル、クイン・K・レデカーの四人になるという混乱ぶりです。
そんな脚本の迷走ぶりが、個人的には「命を巡るテーマ」と「ベトナム戦争の要素」に分離し、メッセージが混乱しているようにも思うのです。
以下その例を・・・・・・・・

ベトナムでのロシアンルーレット

AP通信のピューリッツァー賞受賞記者ピーター・アーネットは、ベトナム戦争でロシアンルーレットが行われたという証拠はない、ベトコンのロシアルーレットと捕虜の使用は、非現実的であると批判した。
対して、監督チミノはシンガポールのニュースで、戦争中ロシアン・ルーレットが行われたという記事があったと主張していますが、そのニュースは確認できていないようです。
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しかし、後からベトナムのシーンを追加したと思えば、シアン・ルーレットが非現実的だというのも、当然だと思えます・・・・・・・

批評家の相反する評価

公開当時の評論として、肯定的な意見が多かった半面、ベトナム人の描き方が「第二次世界大戦当時のプロパガンダ映画の日本人のようだ」と言われたり、「ベトナム戦争に対する批判がない」と批判もされました。
また、ラストの「ゴッド・ブレスアメリカ」は、「愛国主義に対する批判なのか、そうでないのか」で批評家の間で論争になったと言います。

ここにも、脚本設計の混乱が、矛盾するメッセージとして発せられた結果のように感じます。
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関連レビュー:ベトナム戦争のを語った映画
『プラトーン』
オリバー・ストーンの自伝的物語
ベトナム戦争の敗北の真実


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『ディア・ハンター』受賞歴


第51回アカデミー賞:作品賞・監督賞・助演男優賞・音響賞・編集賞
第33回英国アカデミー賞:撮影賞・編集賞
第36回ゴールデングローブ賞:監督賞
第44回ニューヨーク映画批評家協会賞:作品賞・助演男優賞
第13回全米映画批評家協会賞:助演女優賞
第4回ロサンゼルス映画批評家協会賞:監督賞
第53回キネマ旬報ベスト・テン :外国語映画部門第3位/読者選出外国語映画部門第1位
第22回ブルーリボン賞:外国作品賞
第3回日本アカデミー賞:最優秀外国作品賞
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『ディア・ハンター』解説
メリル・ストリープとジョン・カザール


メリル・ストリープ
deer-cazale-meryl.jpg1977年、ストリープはアントン・チェーホフ作の『桜の園』の舞台に立つ。彼女の演技に目を止めたデ・ニーロの推挙によりストリープの出演が決まった。映画の撮影は1977年6月20日に始まったが、その時点で公開されている映画の中でストリープが出演している映画はまだ一本もなかった。
ジョン・カザール
カザールとストリープは1976年の舞台『尺には尺を』での共演がきっかけで知り合い、製作当時はロマンチックな関係にあった。撮影前に癌を患い製作会社は彼に降板を催促したが、チミノやデ・ニーロ、ストリープらが「カザールが降板するなら自分も降板する」と主張したことで降板は免れた。カザールは公開を待たずに1978年3月12日に死去。なお、カザールが生涯出演した5本の映画すべてがアカデミー賞にノミネートされており、そのうち本作品を含めた3本が作品賞を受賞したこととなった。(wikipediaより)


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2017年08月31日

映画『ディア・ハンター』再現ロードショウ/詳しいストーリー・あらすじ・出演者・予告

『ディア・ハンター』(ストーリー・あらすじ編)



原題 The Deer Hunter
製作国 アメリカ
製作年 1978
上映時間 176分
監督 マイケル・チミノ
脚本 デリク・ウォッシュバーン
原案 マイケル・チミノ/デリク・ウォッシュバーン/ルイス・ガーフィンクル/クイン・K・レデカー

評価:★★★   3.0点



この映画はベトナム戦争で傷ついた、当時のアメリカ国民の気持ちを代弁するような作品です。
当時の若手実力派俳優のロバート・デ・ニーロやメリル・ストリープが説得力のある演技を見せ、クリストファー・ウォーケンがアカデミー賞助演男優賞に輝いています。

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『ディア・ハンター』あらすじ



Deer-friends.jpgペンシルベニア州クレアトンの下街で育った、ロシア系移民の労働者階級の若者5人。
マイケル(ロバート・デ・ニーロ)、ニック(クリストファー・ウォーケン)、スチーブン(ジョン・サベページ)、スタン(J・カザール)、アクセル(チャック・アスペグラン)は子供の頃からの親友だった。

1968年の今夜、ベトナムに徴兵されるマイケル、ニック、スチーブンの歓送会と、スチーブンとアンジェラ(ルタニア・アルダ)の結婚式が、町の教会で合同で祝われた。
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そこにはアル中の父親に苦しめられながらも、ニックと相思相愛のリンダ(メリル・ストリープ)もいた。
ニックは「戦争から戻ったらと結婚してほしい」とリンダにプロポーズした。
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リンダに思いをよせているマイケルは、ダンスを踊る二人を見ながらビールを飲み続けていた。

そして夜も更け、パーティーは狂騒的になって行った。
そんな中、ニックはマイケルに「俺に万が一のことがあったら、必ずここへ連れ帰ってくれ」と頼む。

その翌日に五人は、いつもの週末のようにアレゲニーの山へ鹿狩りに行った。
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マイケルは猟の相棒に必ず信頼するニックを選び、「一発を考えるべきだ。一発が全てなんだ。鹿を仕留める時も一発だ。」と言っていた。

ニックは一発でなくてもと反論すると、マイケルは「一発でなければ価値がない」と答えた。
そして、その日も言葉通り「一発で」鹿を一頭捕った。

Deer-batlefield.jpgそして、マイケルとニックとスチーブンはベトナムへ旅立った。
1970年、北ベトナムでマイケルは、ベトコンを相手に必死に戦っていたが、その戦場でニックとスチーブンに再会した。

しかし、北ベトナム側の攻勢は激しく、3人は包囲され捕虜になってしまう。
そして、川の上に作られた竹の小屋で、囚われの身となった。
その小屋では、捕虜を監視している北ベトナム兵によって、捕虜を使ったロシアン・ルーレットが行われていた。捕虜2人で交互に引き金を引かせ、どちらが死ぬかに金を賭け遊んでいたのだ。
檻の中で、マイケルはニックに、二人なら反撃し脱出できると、自らの計画を話す。
ゲームに使う弾を3発にし、その銃で敵を倒そうというのだ。
ニックは無理だ、やりたくないと言うが、マイケルは他にチャンスはない、お前と俺のコンビならやれると説得する。
ロシアン・ルーレットのシーン

そして、2人は一瞬のスキをついてベトコン数人を撃ち倒し、スチーブンを連れ脱出に成功した。
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追手から逃れるため、丸太にしがみついて濁流を下った。

そこに運よく、米軍のヘリコプターが飛来し、ニックがヘリに救出された。
マイケルとスチーブンもヘリにぶら下がるものの力尽き、川に落下した。
マイケルは足を負傷したスチーブンを背負いながら、難民の群れと共にサイゴンに向け歩む。そこに友軍のジープが通りかかり、スチーブンだけを乗せ、マイケルは再び1人歩き出す・・・・・・・こうして3人はバラバラになった。

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l年後、サイゴンの軍人病院を退院したニックは、人が変わったようになってサイゴン市をさまよい、市内の地下賭博場で行われている、ロシアン・ルーレットのゲームを見る。

そして、自らも銃を取りプレーヤーとしてゲームに参加し、勝利を収める。

Deer-buck.jpgそれから2年後、クレアトンではマイケルを歓迎するためのパーティーが準備されていた。
しかしマイケルは、その様子を見てタクシーを止めずに通り過ぎる。

そして、人々が去ってからそっとリンダのもとを訪ねる。
リンダはマイケルの帰還を喜んでくれたが、ニックからは何も連絡がないと語った。

Deer-bed.jpgマイケルは友人とも会い、少しずつ街の生活を始める。
しかし、リンダとマイケルは同じベッドで寝てもマイケルはリンダを抱こうとしなかった。

ボーリングをしたり、猟へ行ったりもするが、ベトナム前とは違っていた。
そんなマイケルは、仕留められる鹿に引き金を引けなかった。
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そんなある日、マイケルは復員軍事病院にスチーブンがいる事を、スチーブンの妻から聞く。
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訪ねてみると、スチーブンは両足を失い、車椅子で生活をしていた。

再会を懐かしんだ後、スチーブンはサイゴンから毎月送られてくる大金を見せる。
それは見たマイケルは、ニックがまだサイゴンにいると確信した。
マイケルはスチーブンを強引に町に連れ帰り、家族の元に帰した。


そしてマイケルは、ニックを求めて陥落寸前で混乱状態のサイゴンへ、足を踏み入れた。
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『ディア・ハンター』予告


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『ディア・ハンター』出演者


マイケル(ロバート・デ・ニーロ)/ニック(クリストファー・ウォーケン)/スチーブン(ジョン・サヴェージ)/スタンリー(ジョン・カザール)/リンダ(メリル・ストリープ)/ジョン(ジョージ・ズンザ)/スチーブンの母(シャーリー・ストーラー)/アクセル(チャック・アスペグレン)/ジュリアン(ピエール・セグイ)/アンジェラ(ルターニャ・アルダ)/プリースト(ステファン・コペストンスキー)

関連レビュー:
ハリウッド映画とアクターズ・スタジオ『メソッド演技』
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posted by ヒラヒ・S at 17:45| Comment(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月29日

古典『処女の泉』ベルイマンという映画の時代/感想・解説・映画史・批判

処女の泉(解説・感想 編)



原題 Jungfrukällan
英語題 The Virgin Spring
製作国 スウェーデン
製作年 1960
公開年月日 1961/3/18
上映時間 89分
監督 イングマール・ベルイマン
脚本 ウラ・イザクソン
撮影 スヴェン・ニクヴィスト


評価:★★★☆  3.5点



この1960年に作られた映画は、スェーデンの世界的映画監督、イングマール・ベルイマンの作品です。
この映画は、無垢な乙女がレイプされるという、当時としては衝撃的なストリーだったために、世界中で賛否両論が沸き起こりました。
しかし、今見るとそこまで衝撃的に見えないという事実は、ベルイマンという作家にも共通する、表現力の風化が示されているようにも感じます。

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『処女の泉』出演者

マックス・フォン・シドー(テーレ)/ビルギッタ・ヴァルベルイ(メレータ)/グンネル・リンドブロム(インゲリ)/ビルギッタ・ペテルソン(カリン)

ベルイマン 3大傑作選」予告動画

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『処女の泉』感想

世界を騒がせた「レイプ描写」


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この映画は、まず第一にグンネル・リンドブロム演じるインゲリという処女が、陵辱されるシーンによって、1960年の世界に衝撃を与えた。
レイプシーン

少女のレイプという当時としては衝撃的な題材を扱っただけあり、本作品は公開時に内外で物議を醸した。アメリカでは近年DVDが発売するまで、一般家庭では検閲が入ったバージョンしか視聴できない状態にあった。一説にはベルイマン本人も問題のシーンを削除するよう脅迫を受けたという。日本公開時には映倫によってレイプシーンが丸ごと削除されるという事態になった。(wikipediaより)


Film2.jpg実際日本でも、クリスチャン系の学校に通っていた女子学生に、この映画を見てはいけないとお触れがあったと、和田誠の本『映画に乾杯―歓談・和田誠と11人のゲスト』の中で語られているのを読んだ覚えがある。

映画の内容としては、反キリスト教的な内容だとも思わないが、神の沈黙を問うところなどはキリスト教会としては問題視されるのかとも思う。

結局、この映画は上記のレイプシーンの、当時としては過激な表現によって、関係当局に一般公開するのをためらわせる内容を持っていた。
更には、宗教的には「神の沈黙」を問うという根源的な問いゆえに、宗教界や敬虔なクリスチャン達に論争を生んだのだった。
しかし、正直に言って、今現在その衝撃力を、私個人は感じない。

この上記2点に関して言えば、むしろ1960年において、このレイプシーンと宗教的不信の表明が問題になったこと自体に衝撃を受けた。

つまりは、この表現が衝撃を与えるほど、当時の人々は静謐な表現物しか受け取ってなかったという事実を前に、現代の我々がどれほど刺激物を浴びてしまったかと呆然とするのである。

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『処女の泉』解説

ベルイマン監督



この映画を撮ったイングマール・ベルイマンという監督は、1960年当時映画界の寵児だった。
その頃を「ベルイマン時代」と呼ぶほど、その作品は映画史上に大きな功績を残した。
イングマール・ベルイマン(Ingmar Bergman, 1918年7月14日 - 2007年7月30日)は、スウェーデンの映画監督・脚本家・舞台演出家。スウェーデンを代表する世界的な映画監督として知られる。
virg-Bergman.jpg「神の沈黙」、「愛と憎悪」、「生と死」などを主要なモチーフに、映画史に残る数多くの名作を発表した。
イングマール・ベルイマンは1918年7月14日、ウプサラ(ストックホルムから60km)で生まれた。ベルイマン家は16世紀まで辿れる名家であり、先祖の多くもそうだったように父は牧師であった。兄のダーグは外交官、姉のマルガレータは小説家である。
一般的に、イングマール・ベルイマンは20世紀を代表する映画監督の一人とみなされている。2002年に『Sight & Sound』が行ったアンケート調査によれば、ベルイマンは映画監督が選ぶ映画監督ランキングで第8位にランクインした。デンマークの映画監督であるビレ・アウグストは、黒澤明とフェデリコ・フェリーニに並ぶ三大映画監督として、ベルイマンの名前を挙げている。


実際、ベルイマン監督に影響を受けたと、多くの映画監督が表明している。
フランシス・フォード・コッポラ(『ゴッド・ファーザー』監督)
「私の人生で一番の監督。情熱と情感を表現しており、暖かさがあるから。」

ウッディ・アレン(『アニー・ホール』監督)
「映画カメラの発明以来、おそらく最も優れた映画芸術家で、あらゆることを熟慮している。」
「『野イチゴ』は私のための作品だった。そして、『第七の封印』と『魔術師』その後の映画全てが、ベルイマンが魔法の映画製作者だと我々に語っていた。芸術家の知性と映画の技術者のこのような組合せは、それ以前にはなかった。彼のテクニックは衝撃的だった。」
「以前は決してなかった、語る内容に合った映画の語彙を発明したと信じている。」

スタンリー・キューブリック(『2001年宇宙の旅』監督)
「イングマル・ベルイマン、ビットリオ・デ・シーカ、フェデリコ・フェリーニは、芸術性に楽天的ではない世界でたった3人の映画製作者だと私は信じている。この意味は、良い物語ができるまで、彼らがただ座って待っているだけではないということだ。彼らの映画の中で、何度も何度も何度も表現される視点を持ち、彼ら自身が脚本を書くか、物語の原型を書いている。」

アン・リー(『ライフ・オブ・パイ』監督)
「私が映画を作る道が彼と関係がないとは思わない。彼は私にとって神のようなものです。」

マーティン・スコセッシ(『タクシー・ドライバー』監督)
「50年代と60年代に生きていて、理解できる年齢の者であれば、大人になったら映画を撮ろうと志す十代の若者が、ベルイマンの影響から逃れる方法はなかった。意識的に努力をしたとしても、それでも影響は浸みこんでいる。」

スティーブン・スピルバーグ(『ジョーズ』監督)
「映画に対する彼の愛は、ほとんど私に罪悪感を与える。」

サタジット・レイ(『大地のうた』インドの映画監督)
「ベルイマンに私は魅了され続けている。彼は特別な存在だと思う。私は彼の専属劇団によって、俳優が特別なことができるのを羨やんでいる。」

ラース・フォン・トリアー(『ダンサー・イン・ザ・ダーク』デンマークの映画監督)
「彼の映画は全て見た。彼は私にとって大いなる刺激の源泉だ。私にとっては父親のようだ。しかも、彼は彼の全ての子供達同様、私を同じように遇してくれた。何の見返りもなしに!」

ギレルモ・デル・トロ(『パンズ・ラビリンス』監督)
「ベイルマンは寓話作者、私のお気に入り。完全に魅了されている。」

クシシュトフ・キェシロフスキ(『トリコロール/愛シリーズ』監督)
「この人は、ドストエフスキーやカミュのように、人間の本質について多くのことを述べた数少ない映画監督の中の一人であり、もしかすると世界で唯一の監督だ。』

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ベルイマンについて映画人が語ったドキュメンタリー映画。
『グッバイ!ベルイマン』

出演者: アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ、トーマス・アルフレッドソン、ジョン・ランディス、クレール・ドゥニ、ミヒャエル・ハネケ、ダニエル・エスピノーサ、アン・リー、マーティン・スコセッシ、ロバート・デ・ニーロ、ウェス・アンダーソン、ウディ・アレン、フランシス・フォード・コッポラ、ハリエット・アンデション、ラース・フォン・トリアー、ローラ・ダーン、アレクサンダー・ペイン、リドリー・スコット、チャン・イーモウ、ウェス・クレイヴン、北野武、ホリー・ハンター、イザベラ・ロッセリーニ、モナ・マルム、ペルニラ・アウグスト、トマス・ヴィンターベア

このベルイマンの映画界に与えた衝撃と影響は、上記映画作家や俳優達も含めた、映画製作者の基礎的遺伝子として組み込まれ、現代映画作品にも脈々と受け継がれているだろう。

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『処女の泉』感想

個人的な評価



Film-camera.jpg上の偉大な映画作家達の言葉が、全てだと思います。
今回調べてみて、ベルイマンは映画を「商業的な娯楽」から「芸術作品」に高めた作家なのだと、理解しました。

彼が生み出した、宗教や哲学などの形而上学的な概念を、映像として表現するという試みは成功し、その映画史的な価値は永遠に刻まれ朽ちることはないでしょう。

しかしです―

1映画ファンが言うのも、おこがましい事は重々承知です。
それでも、私のこの映画に対する評価は☆3.5点です。

この映画が持つ力とは、上で述べたように、1960年のイノセントな時代には衝撃を与えたと思うのです。

しかし、正直に申しまして、今、現代の映画作品を滝のように浴びている私個人としては、この『処女の泉』に感動しませんでした。
素直に言わせて頂ければ、映画として優れているとは思えなかったのです。
さらには、ベルイマンのもう一つの傑作と言われている『第七の封印』を見た時は、もっと低評価でした。
『第七の封印』に関して言えば、観念ばかりが表立ちドラマとしての力を感じられなかったからです。
当ブログ関連レビュー:ベルイマン監督の3大傑作の1本
『第七の封印』
神を問う形而上的ドラマ。
若き日のマックス・フォン・シドー

この映画は、その『第七の封印』に比べれば物語としての強さと、映像の鮮烈さが感じられ、更にラストの、神に呼びかけるシーンの、マックス・フォン・シドーの演技の力強さが印象的でした。
ここには、演劇的な表現を長回しで撮る潔さがあると感じます。

実を言えば、このベルイマン3大傑作と呼ばれる作品の中では『野イチゴ』が一番好きな作品ですが、それでも☆3.5点というのが個人的な評価です。

ベルイマン作品を全て見ているわけではないので申し訳ないのですが、見た範囲で言えば、最も感動したのは『秋のソナタ』でした。
この映画の凄まじい、肉親同士に生じる相克の強さに打たれたのです。
『秋のソナタ』予告

Film-katinko.jpgしかし、その『秋のソナタ』を見て思ったのは、ベルイマンという作家は、映画監督である以上に、舞台演劇の人なのだろうということです。
その迫力、そのドラマの強さは、演劇的な演出、脚本の力に多くを負っていて、映画的なモンタジューやカット割りの積み重ねによるものではない、映画的な表現技術によるものではない、と感じられてなりません。

そんなことを総合して考えると、私個人としては、「映画史に大きな功績を遺した演劇人」という印象を、ベルイマンに対して持っているのだと気付きました。

たとえば同時代に、世界にインパクトを与えた映画運動にフランスの「ヌーヴェルヴァーグ作品」があります。
その作家達とベルイマンが違っていたのは、その表現が「映画的」か否かという点にあるように思います。
当ブログ関連レビュー:ヌーヴェルヴァーグを解説
『勝手にしやがれ』
ジャン・リュック・ゴダール監督の映画史の1本。
ジャン・ポール・ベルモンドとジーン・セバーグ

そして、私個人の印象を元に話を進めれば、映画的でない分だけ「ベルイマン作品」は、現代映画と並べてみた時、風化・劣化が激しいのではないかと感じられてなりません。

一歩踏み込んで言えば、あるジャンルにおいて恒久的な力を発揮する作品は、よりそのジャンルの形式に純粋な方法論・技術に則った表現なのではないかという、勝手な仮説を今立てたところです・・・・・

いろいろ申しましたが、一個人の主観に基づく感想ですので、ご不快に思われた方にはお詫び申し上げます。


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