2017年07月04日

『レヴェナント:蘇えりし者』アカデミー3冠映画再現/詳しいストリー・あらすじ・出演者

『レヴェナント:蘇えりし者』(ストーリー・あらすじ編)



原題 THE REVENANT
製作国 アメリカ
製作年 2015
上映時間 157分
監督 アレハンドロ・G・イニャリトゥ
脚本 マーク・L・スミス、
   アレハンドロ・G・イニャリトゥ
撮影監督 エマニュエル・ルベツキ
音楽 坂本龍一

評価:★★★★  4.0点



この映画は、アメリカの伝説上の人物を描いた、レオナルド・デカプリオのアカデミー賞受賞作です。
この映画の持つ迫力は、映画のドラマとしての強さ以上に、デカプリオの壮絶な演技が胸に迫ります。
そういう意味では、一種のドキュメンタリーとしての力が、秘められているのではないでしょうか。
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『レヴェナント:蘇えりし者』あらすじ



1823年、アメリカ北西部の極寒地帯。
ヒュー・グラス(レオナルド・ディカプリオ)がインディアンとのハーフの息子、ホーク(フォレスト・グッドラック)に語るモノローグから物語から始まる。
オープニングシーン

【意訳】グラス・ナレーション:いいか我が息子よ、これが終わったら知りたいと思うだろう。私はここにいる。私はここにいる・・・・・でも、決してあきらめてはいけない。聞こえるか?呼吸が続く限り闘い続けるのだ。お前の呼吸を保ち続けるのだ。

グラスと息子ホークは狩猟ガイドとして、毛皮ハンターの一団と一緒に獲物を追って川を渡っていた。
その時インディアン、アリカラ族からの攻撃で、激しい戦いが始まった。
そんな中グラスとその一行はかろうじて窮地を脱した。
毛皮ハンターの一団は、メンバーの大半を失いながらも毛皮や持ち物をボートに乗せ逃げた。

そしてハンター達は森の奥へと逃げて行った。
その森でグラスは1人探索に出かけ、子連れのグリズリーに襲撃された。

必死の抵抗を続け、全身に傷を負いながらも、かろうじてナイフでクマを刺殺した。

瀕死のグラスを仲間が発見し、傷の手当てをし、担架で運ぼうとする。
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そんな中、ハンターの一人フィッツジェラルド(トム・ハーディ)は、リーダーのヘンリー(ドーナル・グリーソン)に、グラスとともに旅は無理だと言い、グラスを殺すべきだと説いた。

ヘンリーも同意したものの、実際に手を下さずとも瀕死のグラスはすぐ死ぬだろうと言い、死ねば埋葬する事とし、金銭報酬と引き換えに最後を看取る者を仲間から募った。
その提案に息子ホークとジム・ブリッジャー(ウィル・ポールター)が応じた。
さらに、フィッツジェラルドも金目的で残ると決めた。

ある時フィッツジェラルドはグラスに、このままだと残った者達全てに命の危険があると語りかけた。
ホークや仲間を助けるためにはグラスが早く死んだほうが良い、自分が殺してやろうかとフィッツジェラルドはグラスに囁いた。
そして動けない、グラスの口と鼻を押さえ、フィッツジェラルドは窒息させようとする。
ホーク殺し
【意訳】フィッツジエラルド:口をふさいで、すぐ楽に楽にしてやるよ、どうだ?同意するならまばたきしろ。お前の息子を助けたいだろ?まばたきしろ。まばたきすべきだ。よし。わかった。神よ/ホーク:離れろ。ジム、ジム、助けてくれ。/フィッツジエラルド:落ち着け、落ち着けよ。/ホーク:お前を吊るしてやる。吊るしてやる。助けてくれ!ジム助けて!/フィッツジエラルド:黙れ、このやろう!/ホーク:助けてくれ、ブリージャー/フィッツジエラルド:クソ小僧

その時、息子ホークが現場を目撃し、助けを求めようとするところを、フィッツジェラルドが襲い掛かり刺し殺した。
死に行くホークを、グラスは見ていた。

フィッツジェラルドはホークは行方知らずになったと、残ったブリッジャーに言い、グラスを墓穴に落とすと土をかぶせ埋めた。
リーダーのヘンリーとその他の狩猟者たちは居留地に到着し、フィッツジェラルドとブリッジャーもその後を追った。
rev-horth.jpgしかし、死んだと思われたグラスは、土中で覚醒し、土の中から這い出た。
そして、凍りついた最愛の息子ホークの遺体を見つけた。

グラスは森で厚い毛皮を見つけ体温を維持し、木の根を食べ、命をつないだ。
しかし、先住民達に襲われそうになり、グラスは川に入り逃げ出した。

グラスは川から丘へ登ると、1人のポーニー族のインディアンが野牛の肉を食べているのに遭遇し、彼から野牛の臓物を与えられ、命をつないだ。
rev-snow.png
先住民の男にグラスは自らの身に起きた事を語ると、ポーニー族の男も、自分の家族がスー族に殺されたと言った。

一方フィッツジェラルドとブリッジャーは居留地に戻り、ヘンリーにグラスとホークは死に埋葬したと報告し、報酬を受け取った。
しかし、フィッツジェラルドと違い、ブリッジャーは良心の呵責に苛まれていた。

グラスとポーニー族の男は共に進んで行って、傷もインディアンの治療方法により回復していく。
しかし、ある朝ポーニー族の男は森の中、木からぶら下がる死体となっていた。
reve-hanginng.png
胸の板"俺たち(原住民)はみな野蛮人だ"

犯人はフランス人毛皮商の男達で、グラスはフランス人たちの野営場に密かに潜入した。
rev-powaka.png
そこで原住民の女を慰み者にするフランス人ハンターを見る。

背後から近寄ってインディアンの女を逃し、グラスも馬に乗って森の中へと逃げ出した。

翌朝グラスが目覚めると、先住民アリカラ族からの攻撃を受けた。
グラスは逃げるが馬もろとも崖から落ちてしまい、馬は死に、グラスも重傷を負う。

夜が更け寒さが厳しくなる中、グラスは馬の腹を切り裂いて、その中に入って体温低下を防いだ。
グラスは目をさまし馬から出ると、雪原の荒野を幾日もぼろぼろの姿で進み続けた。

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その頃居留地に、グラスが襲ったフランス人ハンターの1人が辿り着く。
その男はグラスの水筒を持っていた。

ヘンリーはグラスの生存を確信し、すぐさま捜索隊を出し、ついにグラスを発見した。
ヘンリーはフィッツジェラルドを断罪するため、砦内を探すがフィッツジェラルドは金庫の金を盗み、逃げ出した後だった。
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ヘンリーはフィッツジェラルドと共謀したブリッジャーに銃を突きつけ、真実を告白させ、射殺しようとする。
しかしグラスは、ブリッジャーは脅されて従ったと話しブリッジャーの罪を許した。

グラスは息子の仇、フィッツジェラルドを追いかけるとヘンリーに告げ、ヘンリーも同行し共に旅立った。

そして、ついにフィッツジェラルドを発見した・・・・・・・・・・
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『レヴェナント:蘇えりし者』予告

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『レヴェナント:蘇えりし者』出演者

ヒュー・グラス(レオナルド・ディカプリオ)/ジョン・フィッツジェラルド(トム・ハーディ)/アンドリュー・ヘンリー(ドーナル・グリーソン)/ジム・ブリッジャー(ウィル・ポールター)/ホーク(フォレスト・グッドラック)/アンダーソン(ポール・アンダーソン)/マーフィー(クリストッフェル・ヨーネル)/ポワカ(メラウ・ナケコ)/ヒュー・グラスの妻(グレイス・ドーヴ)
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posted by ヒラヒ・S at 18:43| Comment(4) | TrackBack(1) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月02日

映画『ハスラー2』ビリヤード・ブームを生んだ映画/ネタバレ・ラスト・結末感想

ハスラー2(ネタバレ・結末 編)



原題 The Color of Money
製作国 アメリカ
製作年 1986
上映時間 119分
監督 マーティン・スコセッシ
脚色 リチャード・プライス
原作 ウォルター・テヴィス

評価:★★★★  4.0点



この1986年の映画は、ベテラン俳優ポール・ニューマンと、当時売出し中の若手トム・クルーズの組み合わせにより、鮮やかな対比を生みビリヤードの魅力と相まって、大ヒットしました。
この映画を見て、ビリヤードというレジャーが認知され、当時の若者がビリヤード場に押しかけ大ブームになったのです。
監督マーティン・スコセッシの演出も、中年男の再生を描いて説得力があります。
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以降の文章には

『ハスラー2』ネタバレ

を含みますので、ご注意下さい。
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(あらすじから)
アトランティックのビリヤード大会に参加したエディーとヴィンセントは、二人とも勝ちあがった。

【意訳】ヴィンセント:悪夢みたいだろ/対戦相手:お前のプレーは運まかせだ。/エディー:鼻に粉がついてるぞ。/対戦相手:エディ、調子に乗るなよ。/ヴィンセント:どんどん悪くなるな違うか?/対戦相手:さっさと決めろ。どうしようもないな。

準決勝で顔を合わせた両者は、凄まじい激戦の末、エディがヴィンセントを破った。
喜ぶエディー落胆するヴィンセント。
しかし翌日、ヴィンセントが現れ、エディーに大金を渡した。
ヴィンセントは、エディーに教えられた掛け金を釣り上げるテクニックを使い、わざと負けたのだ。
ヴィンセントが成功に浮かれて喋り続ける中、エディーの表情は屈辱に歪んだ。
Hustler-comeout.jpg
エディーは真剣勝負で、ヴィンセントを打ち負かしたと信じていたのだ。
翌日の準決勝に臨んだエディーは、途中でキューをしまい試合を棄権した。
そして客席にいたヴィンセントに金を返した。
数時間後、金をエディーに渡し「いらないなら寄付して」というカルメンに、エディーは本当の勝負をしたいと申し込んだ。
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『ハスラー2』ラスト


ビリヤード台で待つエディーの元に、ヴィンセントは怒りの表情で現れた。

【意訳】ヴィンセント:メス犬みたいに騙された、違うか?/エディー:ああそうだ。/ヴィンセント:俺に、偽者を掴まされた。俺と勝負がしたいって?俺は勝負はしない。無理だ。/エディー:ハッキリさせよう。お前を一人立ちさせる助けをしたろう、だから頼む。/ヴィンセント:黙れ/エディー:そういうな。頼む。/ヴィンセント:俺は自分が突きたい時しか応じない。/エディー:そういうな。俺にはもう何試合も残ってないんだ。/ヴィンセント:アンタは俺達を利用した!アンタは俺を利用したんだ!/エディー:ああそうだ。でも今アトランティック・シティーにいて、大物になった。お前はオモチャの倉庫でベビードール囲まれずにすんでいる。(ヴィンセントは元オモチャ・ショップに働いていた)そうだろう。/ヴィンセント:それはキレイごとだ。/エディー:他の誰とやっても俺のプライドは取り戻せない。勝負しなければ収まらない。片をつけよう。/ヴィンセント:俺に得はない。/エディー:どれぐらい俺を憎み続ける?5年、10年?残りの人生、恨みながら玉を突くのか?さあ、片を付けようじゃないか。/ヴィンセント:封筒の中身を賭けての勝負でいいな。/エディー:何でも賭けるさ。/ヴィンセント:エディー、俺が勝ったらどうするんだ?/エディー:立ち上がって、もう一度やる。銀行に金を貯金しとくだけじゃない。もし今日勝てなくても・・・・翌月のダラスで勝つさ。/カルメン:次はヒューストン、その次がダラスよ。/エディー:ヒューストン、ダラス。もしダメなら、1月後のニューオリンズ、世界中どこでもやるさ。/ヴィンセント:そうできるかな?/エディー:俺は戻ってきた!

エディーが先行権を得て、ブレークショットを放つ。
「俺は戻ってきた!」という言葉と共に。

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『ハスラー2』ラスト感想


この映画のラストは、中高年が持つ現状打破の意欲を掻き立てる、優れたラストシーンだと思います。
この作中のポール・ニューマン演じるエディーは、リンカーンに乗って生活にも困らない、いわば満ち足りた生活をしています。
しかし、それでも人生に潜む一片の不充足を、人は誰でも心の片隅に持つのかもしれません。
そんな、人生の先が見えてきた年代の男たちに喝を入れる映画かと思います。

さらに、しかしですが、実はこの映画の前作の『ハスラー』を見ると、昔は若者は大人に成りたくて戦っていたのではないかと思うのです。

関連レビュー:ポール・ニューマン『ハスラー』
60年代のギリギリの青春
第一次ビリヤード・ブームの火付け役


でも、この映画『ハスラー2』では大人が若者になりたくて、もがいているようも見えます。
信じられないかもしれませんが、1970年代前半位までの映画を見ると、大人は若者をバカにしていましたし、若者もバカにされないように挑戦するという図式の映画が多かったように思います。
しかし、時代の変化は凄まじく、これだけ世間の価値観が変化したという、そんな証拠物件のような「ハスラー映画」2本でした・・・・・・・・・
関連レビュー:二大俳優の激突『北国の帝王』
オスカーに輝くリー・マービンとアーネスト・ボーグナイン
70年代の大人の貫禄


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2017年06月30日

『北国の帝王』オヤジ達のプライド祭/あらすじ・ネタバレ・感想・ラスト

逆風の中の男達

原題 Emperor of the North
製作国 アメリカ
製作年 1973
上映時間 121分
監督 ロバート・アルドリッチ
脚本 クリストファー・ノッフ

評価:★★★★  4.0点



このB級映画のお手本のような作品が作られた1973年というのは、アメリカン・ニューシネマの台頭でも明らかなように、ハリウッド映画の曲がり角だった。

そんな時代に、新たな映画の刺激を求めて撮られた映画の一本が、このオヤジ達が全身全霊をかけて戦う『北国の帝王』だったろう。
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『北国の帝王』あらすじ

1933年のアメリカは大恐慌のため、ホーボーと呼ばれる失業者が溢れ、彼は機関車に無賃乗車をして移動した。そんな、ホーボー達が恐れるのが車掌シャック(アーネスト・ボーグナイン)の乗る19号列車だった。その列車に無賃乗車した者は、冷酷無比なシャックのハンマーによって殴り殺されるのを覚悟しなければならなかった。
しかしそんなシャックの19号列車で、何度も無賃乗車を成功させた、ホーボー、Aナンバー・ワン(リー・マーヴィン)と呼ばれ、“北国の帝王”という尊称を贈られる男がいた。そんな、Aナンバー・ワンにまとわりつくシガレット(キース・キャラダイン)という若者がいた。彼はAナンバー・ワンの王座を奪おうともくろんでいるのだ。
Aナンバー・ワンは車掌シャックの列車に乗ると宣言し、多くのホーボーが叩き落される中、まんまと乗車に成功するがシガレットのせいで、シャックに見つかり崖下に叩き落された。しかしAナンバー・ワンは他の列車に乗り込むと19号列車に追いついた所で、再び乗り移った。察知したシャックとの壮絶な戦いが、再び19号列車の上で繰り広げられた。列車の底、車輪軸に体を縛り付けた二人に向かって、鋼鉄の棒が襲い掛かる。Aナンバー・ワンはエア・ブレーキをかけて列車を急停車させ、反撃した。火夫は傷つき、機関士は気絶し、ブレーキ係は命を落とした。
Aナンバー・ワンはシャックと対峙し、叫ぶ「シャック、貴様の年貢の納め時が来たぞ!」
走る列車の上で2人の男達の壮絶な一騎打ちが始まった。
『北国の帝王』予告

『北国の帝王』キャスト

A・ナンバーワン(リー・マーヴィン)/シャック(アーネスト・ボーグナイン)/シガレット(キース・キャラダイン)/クラッカー(チャールズ・タイナー)/ホッガー(マルコム・アタベリー)/コーリー(ハリー・シーザー)

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『北国の帝王』感想・解説


Film.jpgかつて大衆娯楽の王様であった映画は、TVの出現で娯楽の王座を滑り落ちた。
そして新たなメディアは、それまでハリウッド映画のドル箱だった、家族を対象とした健全で善良な映画も、TVドラマとして放送されることになった。
そんな世間全般のマジョリティーから見放された、ハリウッド映画が活路を見いだしたのが、悪辣で、醜い、しかし、刺激の強い、それまでのキリスト教的善良さである「真・善・美」に反する、刺激たっぷりの映画群だった。
つまり、この映画である。
そもそもそれまでのハリウッドであれば、主人公は正義を体現していた存在だったはずだ。
しかしこの映画のそれは、リー・マービン演じる「北国の帝王」と呼ばれる主人公が、ただの無賃乗車の達人という、いわば犯罪者を主人公にしている時点で善を描かないと宣言していただろう。

さらに、この「北国の帝王」が敵にする列車の車掌をアーネスト・ボーグナインが演じ、本来は犯罪を阻止する正義の立場であるはずなのに、明らかに悪魔的な悪役として、鬼のような形相で無賃乗車犯を襲う姿が描かれる。
結局ここに描かれたドラマは善も悪も無いと、主要な二人の登場人物が告げていたと思える。

kitaguni-kieth.jpgまたこの二人の他に、もう一人の重要なパートを若き日のキース・キャラダインが演じるが、この若者が意味したのは「真の男」としての力を持たない、男としての力不足を意味しただろう。
この映画では、未熟者を許さない、もしくは不完全な存在を認めないという、「男の真価」に対する信念の強さを見る。

じっさい、リー・マービンやアーネスト・ボーグナインが演じる、男としての貫禄に較べると、キース・キャラダインが、いかにもヒヨワに見える。

Kita-pos-2.jpg
結局この映画の、リー・マービンやアーネスト・ボーグナインに代表される中年の親父とは、経験と体力が高い融合を見せる真に強い男達を描いたものだった。

その強者二人は劇中で、その技能の全てを掛けて激しく戦う姿を見せる。
ここにある闘いは、すでに利益や犯罪という現実的な目標を喪失し、己の全存在を賭けた純粋な闘争と化し、ただ男のプライドの証明としてあった。
この男達の、善悪を超えた、ドロドロの、醜悪な、格闘劇は、しかし、アメリカ労働者階級の男達がその肉体と職業的経験をプライドとして、日々生き戦う姿の象徴でもあっただろう。

Kita-pos-3.jpgそういう意味ではこの映画は、日々苦しい労働に立ち向かう、アメリカ中産階級及び低所得者層の男達をターゲットにした映画だったはずだ。
そしてその観客を想定したとき、難しい理屈や、崇高な理念をキッパリと切り捨てた、純粋無垢な「B級映画」が生まれたのではなかったか。

そこには、やはり見たい者だけが見れば良いという割り切りを前提にして、描かれているに違いない。
そして、この見る者を選ぶ作品の系譜は、アメリカン・ニューシネマを経由し、現在ハリウッドの善悪を超越した作品として、引き継がれているように思う。
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以降の文章には

『北国の帝王』ネタバレ

を含みますので、ご注意下さい。
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(あらすじから)
車掌シャックは手に鋼鉄の鎖を持ち、Aナンバー・ワンに襲い掛かった。
Aナンバー・ワンの体を、何度も重い鎖が打ちつけられた。
kitaguni-last1.jpg

しかし彼は貨車に懸架されたマサカリを持って反撃に出て、シャックに重傷を負わせ列車から叩き落した。
Kitaguni-2.jpg

どんどん遠くなる、シャックを見つめるAナンバー・ワンの横に、シガレットが立った。
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『北国の帝王』ラストシーン


Aナンバー・ワンはシガレットをも列車から突き落とした。
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19号車が遠く去る中、Aナンバー・ワンの叫び声が線路に残る。
「貴様のようなチンピラに“北国の帝王”を名乗る資格はない。」と・・・・・・・・

大人の戦いに、小僧が顔を出すなという・・・・・
ほんと昔の大人は、強く大きかったと思う。

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posted by ヒラヒ・S at 17:52| Comment(8) | TrackBack(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする