2017年10月04日

名作映画『ショーシャンクの空に』再現ロードショー/あらすじ・ネタバレ・感想・ラスト

『ショーシャンクの空に』(ストーリー・あらすじ編)



原題 The Shawshank Redemption
製作国 アメリカ
製作年 1994
上映時間 143分
監督・脚本 フランク・ダラボン
原作 スティーブン・キング


評価:★★★★★ 5.0点



スティーブン・キングの『塀の中のリタ・ヘイワース』を原作とする、この映画の開放感は何事かと思います。
この作品は、過去の脱獄映画とは違い、獄中での生活の重苦しさや、息苦しさは、ある種の象徴的な意味を持っていると感じました・・・・・

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『ショーシャンクの空に』あらすじ



1947年アメリカ・メイン州。
Shaw-judge.jpg銀行の若き副頭取、アンディ・デュフレーン(ティム・ロビンス)は、妻がプロゴルファーのクウェンティンと浮気しているのを知り、ヤケになって深酒をして泥酔して寝た。
しかし翌朝、アンディの妻と愛人クウェンティンの射殺体が発見されると、殺人容疑でアンディが逮捕され、裁判にかけられた。
無実の主張も空しく、ついに冤罪の身でショーシャンク刑務所に服役する。

shaw-push.gifアンディ他数人の新人受刑者を前に、ハドレー主任刑務官(クランシー・ブラウン)とノートン所長(ボブ・ガントン)は自己紹介をした後、問題を起こさないよう釘をさした。
(右:わかったのか!このへタレな、クソ野郎!)

その晩ハドレー刑務主任は、新人の1人が泣き続けたのを警棒で殴り、後に死に至るほどの傷を負わせた。

shaw-redfirst.jpg収監されてもアンディーは、容易に周囲と交わらなかった。
しかし、看守の眼を盗んで何でも調達する、調達係レッド(モーガン・フリーマン)とは徐々に親しくなっていった。

そんなある日、アンディーは倉庫内でボグズ(マーク・ロルストン)率いるグループに、性的暴行を受ける。
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その後もアンディに対する暴行は定期的に続き、その都度傷を負っても抵抗し続け、何年たってもその戦いは終わらなかった。

Shaw-roofwork.jpgしかしある時、ショーシャンクの受刑者に塀の外での労働作業の依頼があった。
服役している者達は、外に出たいと熱望したが、レッドは刑務官に賄賂を渡し、彼の仲間を作業員に指名させ、その1人にアンディを入れた。

その作業中アンディは、ハドレー主任刑務官が同僚と世間話をしているのを聞く。
それは遺産分与を受けるのだが、相続税でほとんど残らないという愚痴だった。
shaw-beer.pngアンディは、元銀行家の知識を生かし、相続税逃れの方法を伝授し、さらには必要な書類も自分が作成できると言った。
ハドレーがすっかり乗り気になると、アンディーは「もし成功したら、全員にビールをおごれ」と交換条件を出した。
そしてハドレーの問題は解決し、仲間たちはビールにありつくことができた。

shaw-Rita.gifそんな事から、アンディとレッドはますます親密になって、女優リタ・ヘイワースの映画が所内で上映された時も一緒に見た。
アンディーは冗談で、リタ・ヘイワースを手に入れてくれとレッドに無理な注文を言った。

しかし、ボグズ一味の暴行は相変わらずで、ある日抵抗したアンディは半殺しの目に遭い、病院送りとなる。
しかし、1ケ月の入院から戻ってみると、ボグスはショーシャンクから消えていた。
遺産の件で恩を感じたハドレー刑務主任が、ボグズを半身不随の身にしていたのだ。

Shaw_norton1.jpgそしてアンディが退院して、自分の房に戻ると、リタ・ヘイワースのポスターが「退院祝い」としてレッドから贈られていた。
そして、アンディーを待っていたのは、ショーシャンク刑務所所長ノートンも同じだった。
所長はアンディの経理能力を、自らのために利用しようと目論んでいた。

アンディーは、図書係に配置換えになり、その図書室には、刑務官達が税務処理の依頼で列をなした。
更に所長は自らの汚職を糊塗するために、アンディーに裏帳簿の作成管理を任した。
こうしてアンディは、刑務所内でその金融実務の知識を振るい、独自の地位を獲得していった。

shaw-Brooks.jpgそんな時、図書係の同僚、囚人ブルックス(ジェームズ・ホイットモア)の仮釈放が決まったが、しかし老人の彼は、外の世界に出るのを恐れていた。
しかし、外に出されたブルックスは、ついに外界に適応できず、自らのアパートで首を吊って自殺してしまう。

ブルックスからの悲痛な手紙を読んだレッドも、自分も同じように死ぬかもしれないと思った。

それでもアンディーは、所内の環境を良くしようと、州議会に働きかけて本やレコードを増やしていった。
そんな戦利品の『フィガロの結婚』のレコードを、無断で所内に流し独房に放り込まれたりもする。
【意訳】(レッド・ナレーション)この日の、2人のイタリア人レディーの歌声については、何も知らなかった。真実を言えば、知りたくなかった。ある種の事は言わぬが花なのだ。私は、彼女たちの歌が言葉に出来ないほど美しく、そしてそれが心を切なくさせたと思った。
【意訳】(レッド・ナレーション)私は、その声が高らかだったと言いたい。灰色の地であえて見る誰の夢よりも、高く遠くに響いた。それは美しい鳥が羽ばたき、我々のくすんだ小さな鳥かごや、この壁を消し去ってしまったかのようだった・・・・・そのわずかな間・・・・ショーシャンクの残らず全ての者達は、自由を感じていた。だがそれはウォルデン(所長)をものすごく怒らせた。
ウォルデン:ドアを開けろ。ドアを開けろ!デュフレーン、このドアを開けろ!お前に警告する。それを止めろ!/ハドリー主任:お前大変だぞ。
(レッド・ナレーション)そのささやかな快楽で、アンディーは2週間独房に入れられた

しかしアンディーは、以後も刑務所内の改善を続け、図書室を充実し、更には受刑者たちに勉強をさせ、資格を取らせるようになる。
アンディーが刑務所内の環境を変革し、刑務所に適応していく中、アンディーの運命はある事件によって、転機を迎える・・・・・・・・・

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以降の文章に

『ショーシャンクの空に』ネタバレ

があります。ご注意ください


(あらすじから)
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1965年ショーシャンクに、トミー(ギル・ベローズ)という若い囚人が入所してきた。

彼は勉強をアンディーから教わるなどして、交流を深めていく。
そしてある日トミーは、彼がトマストン刑務所でエルモという男から聞いた話を打ち明けた。
それはエルモという男こそ「アンディー事件」の真犯人だという確かな証言だった。

アンディは、冤罪をこれで晴らせると、ノートン所長に再審請求をしたいと訴えた。
しかしノートン所長は、自分の不正の生き証人を塀の外に出す積りはなく、その請求を拒否した。
さらにアンディに1か月の懲罰房行きを命じ、ついには証言者のトミーを「脱獄を謀った」として、ハドレー主任刑務官に射殺させてしまう。
所長はアンディの懲罰房で、トミーの死を告げた。
さらに従わなければ、図書室の廃止や、ゲイと同室とし性的暴行を黙認するなどと脅した。

こうして、冤罪を晴らせないと知ったアンディは、周到に練り上げて来た計画を実行に移し、19年かけて掘ったトンネルを抜け、雷雨の一夜脱獄を成し遂げた。
【意訳】(レッド・ナレーション)アンディーは自由に向けて、汚れた糞尿の臭いのする500ヤードを這いずって行った。私には想像も出来ないし、たぶん絶対同じことをしたくない。500ヤード。その長さは、フットボール競技場の5面分だ。ハーフマイルに少し足りない長さだ。

外に出たアンディーは、銀行に向かうと所長の不正蓄財した金を払出し、新聞社に所長の不正を告発した。
こうして、ハドレー主任は殺人容疑で逮捕され、ノートン所長は自らの頭に向け拳銃の引き金をひいた・・・・・
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『ショーシャンクの空に』ラストシーン


40年の刑期を迎えたレッドは、仮釈放を認められた。
しかし、レッドは塀の外に出て途方に暮れ、ここで生きて行けるのかと自問自答する。
そんな時、アンディーと刑務所内で話していた約束を思い出し、アンディの待つ地に向かうバスにレッドは乗った。
【意訳】
(レッド・ナレーション)必死に生きるか、必死に死ぬか。それはいまいましいが真実だ。
(レッド・ナレーション)私の人生にとって2度目の犯罪に関わった。仮釈放違反。私は、道路封鎖して探すかとも疑った。だが、こんな老いぼれを探そうとはしなかった。
レッド:テキサスのマクナリー行き?
(レッド・ナレーション)自分が興奮しているのを発見した。じっと座っていることも、頭を背もたれに付けられないほどに。私はこの興奮は、自由な人間だけが、何にも縛られず自由で長い旅を始める人が、感じられるものだと思った。
【意訳】
(レッド・ナレーション)私は国境を越えたいと望んだ。
私は友に会って、そして握手したいと望んだ。
私は太平洋が、自分の夢で見たように青いことを望んだ。
それが望みだ。
アンディー:アンタは、ものの入手方法を知ってるように見えるよ。/レッド:俺は、時として、確かな物を探してやることで知られている。

メキシコの海と空は青く澄んで、世界中の光を集めたように輝いている。
アンディとレッドは再会を果たした。
2人は刑務所で初めて会った時の会話を、外界で初めて会った時にも交わした・・・・

映画の最後に「IN MEMORY OF ALLEN GREENE(アレン・グリーンを偲んで)」と字幕表示されるが、この人物はフランク・ダラボンの旧友であり、本映画の製作途中に亡くなっている。(wikipediaより)


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『ショーシャンクの空に』予告

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『ショーシャンクの空に』出演者

アンドリュー・デュフレーン(ティム・ロビンス)/エリス・ボイド・レディング(モーガン・フリーマン)/ノートン所長(ボブ・ガントン)/ハドリー刑務主任(クランシー・ブラウン)/ブルックス(ジェームズ・ホイットモア)/ボグズ(マーク・ロルストン)/(
トミー(ギル・ベローズ)


関連レビュー:フランク・ダラポンの映画
『グリーン・マイル』
スティーブン・キング原作の刑務所映画
トム・ハンクス主演


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2017年10月01日

傑作映画『ターミネーター』再現ロードショー/あらすじ・ネタバレ・感想・ラスト

『ターミネーター』(ストーリー・あらすじ編)



原題 The Terminator
製作国 アメリカ
製作年 1984
上映時間 108分
監督 ジェームズ・キャメロン
脚本 ジェームズ・キャメロン,ゲイル・アン・ハード

評価:★★★★★ 5.0点



この映画はアーノルド・シュワルツネッガーをスターにし、監督ジェームズ・キャメロンに大作映画を撮る資格を与えた一本だと思います。
このターミネーターの第一作目は、$6,400,000という低予算で、何と10倍以上の$78,371,200の興行収入を上げています。

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『ターミネーター』あらすじ



2029年のアメリカ、ロサンゼルスの夜。term-ope.jpg
地上は飛行兵器や無人戦車が巡回し、人間を標的に執拗に攻撃をしていた。
人類は自らの作り上げた防衛システム"スカイ・ネット"の暴走により、絶滅の危機にあった。
人類は地下に潜み、抵抗軍を組織し抵抗を続けていた・・・・・・・

そして舞台は1984年のロサンゼルスの夜。
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妖しい雷光が一面に迸り、その怪現象が納まった時、全裸の男がうずくまっていた。
男は近くにいたチンピラ3人を一瞬に殺害し、衣服を奪った。

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その後を追うようにして、もう一人の男が現れた。

その男は浮浪者から服を奪うと、パトカーに忍び寄りショットガンを盗み、さらに電話帳から”サラ・コナー”のページを破いた。

term-first.jpg翌日、最初に出現した男は銃砲店の主人を殺し武器を手にする。
そして、二人目の男同様サラ・コナーのページを電話帳で探し、その最初に記載されたサラ・コナーの家へと向かう。
そしてその一人目のサラを、躊躇なく殺害した。


term-sara-TV.jpgTVのニュースで流されたサラ・コナー殺害のニュースが、あるレストランのウェイトレスの顔を曇らせた。
彼女の名前もサラ・コナーで、2人の男が探し求めているのは、実は彼女だった。

その夜、サラはルームメイトが彼氏と家でデートするというので、一人夜の街に出かけて行った。しかしその後を第二の男が尾行していた。
最初の男はサラの家に押し入り、友人をサラと誤認して殺害した。
しかし、そこにサラからの電話が入り、男は殺害したのが目的のサラではない事を知り、同時に目指す標的がクラブいることを知る。最初の男は部屋からサラの写真を探しだすと、クラブに向かった。
最初の男はクラブに踏み込みサラを認識すると、軽機関銃から弾を撒き散らした。サラに銃が向けられ、絶対絶命だと思われた時、散弾銃の音が響き、第一の男を吹き飛ばした。
彼女を救ったのは、第二の男だった。

しかし射殺したはずの第一の男が、立ち上がり追ってきた。
第二の男はサラを連れ出すと、車に乗り込み走らせる。その車に第一の男が飛び乗ってきたのを振り落とし、サラと第二の男は逃走した。第一の男は、事件に駆け付けたパトカーを奪い取ると、再び二人の追跡を開始した。
逃げる車中で、第二の男が自分をカイル・リースだと名乗り、最初の男は”ターミネーター″と呼ばれている殺人サイボーグであり自分は未来からサラ・コナーを守りに来たと告げた。

なぜ私が狙われるのと聞くサラに、カイルはサラこそ人類の希望ジョン・コナーの母で、ターミネーターはジョンコナーを誕生させないよう、サラを殺しに来たのだと告げた。
そして自分はジョン・コナーから指名されて、彼女を守りに来たと語る。
サラがその話を消化できないうちに、ターミネーターは再び2人に襲いかかって来た。



そして、車を大破したカイル・リースは警察に逮捕され、サラ・コナーは保護された。
しかし、その現場からターミネーターは消えていた。
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警察では、カイルが尋問に対して未来の話をし、異常者扱いされていた。
そして、ターミネーターは戦闘で損傷した眼球を除去し、その表皮の下の機械の眼が現れた。
その眼をサングラスで隠し、警察署に向かった。

【ターミネーター警察襲撃シーン】
【意訳】警官:お休み。/ドクター・シルバーマン:お休み。/ターミネーター:サラ・コナーの友人だ。私は彼女と話をしたい。会わせて欲しい。/警官:ダメだ。今供述を取っている。/ターミネーター:彼女はどこだ?/警官:まだ時間がかかる。もし待ちたいんだったら、そこにベンチがあるぞ。/ターミネーター:また戻ってくる。

警察署がターミネーターの手によって破壊されたが、サラとカイルは署にあった車に乗り脱出した。
term-night.gif二人はガソリンが無くなるまで車を走らせ、一夜を廃屋で過ごした。
そしてカイルは、未来のジョン・コナーが母サラをどう語っていたかを話し、彼女は伝説的な人物だと語った。
サラは私はそんなに立派な人間ではないと苛立ちの表情を見せた。

一方二人を見失ったターミネーターは、サラの母を殺害し、その家でサラの電話を待った。
そして、かかってきたサラの電話で、再び二人の居場所を掴み急行する。

それとは知らず、ターミネーターに襲われる不安の中、サラはカイルに彼女がいたかと尋ねた。
term-kiss.jpgカイルは今まで女性を知らないと答え、サラは彼の背中の傷に触れながら「可哀そうに」と呟くと、涙を浮かべた。
カイルはジョン・コナーからサラの写真を見せられ、その時から彼女を愛していたと告白した。
そして、二人はモーテルの一室で愛を交わした。


しかし、そんな二人の前に、ついにターミネーターが現れた・・・・・・・・

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以降の文章に

『ターミネーター』ネタバレ

があります。


モーテルを襲うターミネーター。
必死に逃げる二人。
【ターミネーターとのカーチェイスの戦い】

ターミネーターは執拗にサラ達を狙い襲ってきたが、カーチェイスの末タンクローリーの大爆発によってターミネーターは燃え尽き、二人は勝利を収めたかに思えた。
しかし、ターミネーターは機械の骨格を剥き出しにしながらも、なおも二人を追ってきた。
そして、逃げる二人と、ターミネーターの戦いは、無人の夜の工場で繰り広げられる。
【ターミネーターとの工場での戦い】

カイルは自らを犠牲にして、ターミネーターの下半身を爆破した。
しかし上半身だけとなりながら、爆破で負傷し歩けないサラに向かってにじり寄って来る。
サラに伸びたターミネーターの手が首にかけられた時、彼女はプレス機でターミネーターを圧し潰した。
「you're terminated, fucker. (お前は終わりだ、クソッタレ)」という言葉と共に・・・・

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『ターミネーター』ラストシーン

そして数ヶ月後、サラのお腹の中にはカイルとの子供が宿っていた。
サラは、少しでも危険を避けるため、メキシコに逃げた。
その道の先には嵐の予兆があった・・・・・・・

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『ターミネーター』予告

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『ターミネーター』出演者

ターミネーター(アーノルド・シュワルツェネッガー)/カイル・リース(マイケル・ビーン)/サラ・コナー(リンダ・ハミルトン)/トラクスラー(ポール・ウィンフィールド)/ブコビッチ(ランス・ヘンリクセン)

関連レビュー:シュワルツェネッガー出演の映画レビュー:『プレデター』/『エンド・オブ・デイズ』


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posted by ヒラヒ・S at 18:01| Comment(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月28日

映画『シンレッドライン』ガダルカナルの戦い/タイトル意味・実話・史実解説

『シンレッドライン』(感想・解説 編)

原題 The Thin Red Line
製作国 アメリカ
製作年 1998
上映時間 171分
監督 テレンス・マリック
脚本 テレンス・マリック
原作 ジェームズ・ジョーンズ


評価:★★★★   4.0点

太平洋戦争における転換点とされる、ガダルカナル島の闘いを、迫力たっぷりに表現した戦争映画です。
この映画のタイトル『シンレッドライン』は、様々な意味を内包した、実は深い題名なのではないかと思うのです・・・・・・
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『シン・レッド・ライン』予告


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『シン・レッド・ライン』解説

タイトル意味


この映画のタイトル『シン・レッド・ライン=細い赤線』とは、大英帝国の軍隊の一部を形成した栄光のスコットランド歩兵部隊、1799年創設の第93歩兵連隊サザーランドハイランダーズを指す代名詞だ。thin-name.jpg
この部隊はクリミア戦争中の、1854年バラクラヴァの戦いとして知られる戦闘で、ロシア軍騎兵3,500人に対し、第93歩兵連隊550人の戦力で防衛陣を敷き、撃退した。
圧倒的な敵を前に、かろうじて支える赤い制服の部隊は、まるで細い赤い線のようで、この様子を見たタイムズ紙のウィリアム・H・ラッセルは記事に「細い赤い線は、尖った鋼鉄の線だった」と描写し、イギリス国内で大きなセンセーションを巻き起こした。

以後この「シン・レッド・ライン=細い赤線」は第93歩兵連隊を指すと同時に、イギリス王国軍自体や、歩兵部隊を表す代名詞となっているようだ。
またその戦闘の様子から、大群を迎え撃つ小集団、少数の勇敢な人々、少数精鋭、という英語慣用句として「シン・レッド・ライン」は使われるようになる。
更に転じて、「シン・ブルー・ライン=細い青線」は少数精鋭で困難にあたる警察官や消防士が、職務中に倒れた時のシンボルとして英語圏では一般的に使われているという。
そして、この「シン・レッド・ライン=細い赤線」から派生して、レッド・ライン=赤い線が防御線、越えられてはいけない線、限界線を意味するようになった。thin-pos4.jpg

上を踏まえてみた時、この映画の題名「シン・レッド・ライン」は、いくつかの意味が含まれているように思える。

米国・第25歩兵部隊を題材にしていることから、歩兵部隊を表現しているのは間違いない。
更には、レッド・ライン=危険な細い一線を、闘う兵士達の心情をも意味していただろう。
そして、当然優勢な敵に立ち向かう「少数の精鋭」という意味もあるかと思ったのだが・・・・・
ここではたと思い悩んだ。

いったい、アメリカ軍を少数と呼ぶべきものかという疑問である・・・・・・・・
そこで、実際の戦闘を以下に確認してみたい。

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『シン・レッド・ライン』解説

ガダルカナル島の戦い


真珠湾以降米軍の戦力が十分整わないうちに、日本軍は太平洋の勢力圏を拡大して行く。
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更に制空権を広げるために、ガダルカナルに飛行場を建設する計画を立てた。
ガダルカナル島に進駐したのは、日本軍将兵の数およそ2200名。
しかしその内訳は、戦闘部隊は陸戦隊が400名足らずで、大部分が飛行場建設の労働に従事していた。
この兵力の少なさは、アメリカ軍が真珠湾の損耗から戦力を回復するまで、まだ一年はかかるだろうと想定していたことによった。


しかし、1942年8月7日アメリカ軍は、太平洋の反攻作戦をこの島から開始し、第1海兵師団19,000人と、それを護衛する空母3隻を中心とした50隻ほどの艦隊規模で上陸作戦を決行。
即日ガダルカナル島を占領した。

日本軍は制空権を活かし、ラバウル基地より航空兵力を発進させ飛行場を爆撃し、更にラバウルに駐留していた日本海軍第8艦隊を持って、アメリカ艦隊に夜襲をかけ、重巡洋艦4隻と駆逐艦1隻を撃沈した。(第1次ソロモン海戦)

そして、8月18日にガダルカナル奪還のため、グアム島駐留陸軍部隊一木大佐率いる、一木支隊900名が先遣隊として侵攻した。
敵・連合軍兵力を約2,000名と見ていた日本軍はこの900人と、後詰の部隊2500人で兵力は充分と見ていた。thin-gadaru3.jpg
現地の一木大佐は、先遣隊900名で簡単に飛行場を奪還できるとし、後続部隊2500人を待たず、夜間白兵突撃を命じた。
しかし、この行動は米軍の予期するところで、待ち構えた300丁以上の機関銃の十字砲火を浴び、司令官一木大佐以下ほぼ全滅する(日本軍戦死率85%)


その後を受けて9月7日にはパラオ駐屯の第35旅団、川口清健少将率いる川口支隊4,000名と一木支隊の第2梯団が上陸した。
川口支隊による第一次総攻撃が9月13日夜から14日未明にかけて、行われたが攻めきれず撤退。
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10月24日夜、飛行場への第二次総攻撃開始し、再び撤退を余儀なくされる。
戦闘終了後の26日には師団参謀より飛行場「奪回は不可能」と大本営に連絡した。

この後も、佐野忠義中将率いる第38師団(の先遣隊)を送り込み、なおもガダルカナル島の戦いは1942年末まで継続する。
Thin-pos2.jpgしかし、12月31日の御前会議において「継続しての戦闘が不可能」としてガダルカナル島からの撤退を決定した。
そして翌1943年2月1日〜7日、ガダルカナル島撤退作戦である「ケ号作戦」を実施し、生存兵、約1万名の日本軍兵士が島を後にした。

ガダルカナル島の戦いにおいて、日本軍が投入した累計戦力は約30,000人で、内20,000人が死亡している。
その死者の約15,000人以上が餓死、病死と記録されている。
ガダルカナル島の兵力は数字の上では約2〜3万名を数えるが、通常戦闘が可能な兵員は8,000人程度だったと言われる。
一方のアメリカ軍は60,000人の兵員を動員し、死者は戦死7,100名、戦傷7,100名となっている。


総括すれば、日本側にとってのガダルカナルは餓(ガ)島と呼ばれるように、物資不足と兵装不足の中にあり、闘いよりも命を維持する事が精一杯という中で戦闘を継続したのだった。
つまり、その戦いはアメリカ軍の圧倒的な数的・物理的優位のもとで、常に繰り広げられたのである。

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『シン・レッド・ライン』解説

再びタイトルの意味を問う


上で述べたこの犠牲を前に、この映画が語る「神はこの地獄をなぜ許すのか」という設問に対する解が、見つかるとは思えない。

しかし、絶対者の創造したこの世界の現実だと思えば、そこに「神の意志」を探さざるを得ない。
その全知全能、無謬の神が許した「戦争」の存在は、それが生じる必然があるはずだと、信者なら思うはずだ。
だが、その惨たらしく理不尽な大量の殺戮を正当化する「理由」は、この激しく陰惨な戦闘シーンを前にして見出せるだろうか。

もちろん、その試みは無為に帰す。
戦争を肯定できるいかなる言葉もありはしない。

それでも、この映画のラストシーンでは、最後に一つの希望を描く。

しかし、そこに論理的な説明はない。

戦争という「絶対悪」を生きている者達を前にしては、「神=善の絶対」を盲目的に信じる以外の道はないからだ。

しかしその「信念」は、この世の地獄を前に、揺らぎ、崩落寸前であるように、この兵士達のモノローグを聞けば感じざるを得ない。

そこで、この映画の題名『シン・レッド・ライン』の、真の意味に気づいたように思う。

先にこのタイトルが、圧倒的なアメリカ軍をさして「少数精鋭」や「少ない数で圧倒的な敵
に、勇敢に立ち向かう者」という意味は、不適切ではないかと指摘した。

しかし、その「少ない数で圧倒的な敵に、勇敢に立ち向かう」という意味は、戦争という「絶対悪」を前にして、苦悩し絶望しても、それでも勇敢に「信仰=神の絶対」を必死に守る、この映画の兵士達の姿だったに違いない。

この世が地獄であると感じた兵士達が、それでも生きる為には「神」というギリギリの線「レッドライン」を保たざるを得ないと語っているに違いない・・・・・・・・・・



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posted by ヒラヒ・S at 17:10| Comment(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする