2017年03月08日

映画『アメリ』パリのメンヘラ少女の恋・ネタバレあらすじ・感想・ラスト

アメリ風レヴュ〜セルフィシュソース添え



評価:★★★★  4.0点

原題の "Le Fabuleux Destin d'Amélie Poulain" とは 「アメリ・プーランの素晴らしい運命」という意味。

その題のように不思議少女のアメリが、パリ・モンマルトルを舞台に「コミ症・メンヘラ」状態を脱するまでの波乱万丈を、愛らしいガトーのように描いて大ヒットした。


アメリ・あらすじ


少女の頃から空想の世界で遊ぶのが好きだったアメリ(オドレイ・トトゥ)は、22歳となったが人との付き合いが苦手で、古いアパートで一人暮らししている。彼女はクレーム・ブリュレの表面をスプーンで割る、ameri skip.gifパリを散歩しサン・マルタン運河で石の水切りをするなど、
一人の密かな楽しみと空想にふける毎日を送っていた。

モンマルトルのカフェで働く彼女は、自らの存在を隠したまま、父親の庭の人形を密かに世界旅行をさせたり、戦場から戻らない夫の手紙を捏造し妻に届けたり、更には隣のアパートの意地悪な住人に嫌がらせするため不法侵入したりと、様々な悪戯をする。

ameri-nino.gifアメリはそんなある日、不思議な青年ニノ(マチュー・カソヴィッツ)に出会い恋をする。彼は、スピード写真のボックス下に捨てられた、他人の証明写真を収集する趣味を持っていた。アメリはニノが置き忘れたスピード写真収集アルバムを手に入れ、これを返すことで彼に近づこうと計画する。しかしアメリは内気すぎて対面してニノと話すことがもきない。さて、二人の運命は・・・・・

(原題 Le Fabuleux destin d'Amelie Poulain・英語題 Amélie/製作国フランス/製作年2001/121分/監督ジャン・ピエール・ジュネ/脚本ジャン・ピエール・ジュネ、ギョーム・ローラン)


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アメリ感想・解説

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映像イメージの     コラージュ。  
 
    モンタージュ百花繚乱

過去の 映画や 写真の アウトレット・ バーゲ ン セ ー ル
 
この映画の色彩ヌーヴェル・バーグ初期 → カラー作品の色に似せて。

ノスタルジア
    思い出の映画達。     
      POP、   エスプリ、  モノローグ
  など
     など 〜 フランス映画のトラディッション。  アムールっす(^^)

ことほどさように、この映画は
           過去の映像の断片コレクションパッチワーク。

ameri-janpoer.jpgジャン=ピエール・ジュネの映像作家ヌーベルバーグ宣言
  
    
    アメリカ体験=エイリアン4の反省?!

 ルイ・マル監督地下鉄のザジ』への、オマージュ
                  チラ 
                   ちら、
              ほろり
ルイ・マル監督『地下鉄のザジ』

ストーリー全体にオヴァーラップする、ヒッチコック監督『裏窓』

 現実
    直
     接
      ふれ合わずに、世界と対峙すること。

 映画と、イマージュの、共犯性
 
 映像===アメリの
               〜揺れる
                   〜心を映像化?
 
 心象風景を表す、移動カメラ、特殊効果FXCG
                 カット割りの嵐CM手法、映像内映像。

アメリ → 空想を現実に移し替える=幸福をもたらすいたずら?

 アメリ → 現実との接触は眺める視線=触れ合う事のない傍観者。

アメリ → 証明写真に写る謎の男の真実====想像世界の陳腐→ 
 
 アメリ → → → → 現実と直接抱擁 = ハグする覚悟
 
アメリ → → → 頑張れ が ん ば れ!
 
!!ガンバレ!!!アメリ(笑)
 
 ハッピーフィナーレ\(^▽^)/
 
・・・・がんばって一歩ススム・・・・・見えないセカイがミエル・・・カモ・・・・・

・・・ミンナシアワセニナレタライイネ・・・・・・・・FIN

ameri-cream.gif


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以降

アメリ・ネタバレ

を含みますので、ご注意下さい。
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(あらすじから続く)
内気なアメリは、宝探しじみた謎のメッセージをニノに送り、ニノはアルバムを探してモンマルトルの丘を右往左往し、アルバムを取り戻した。
どうしても、ニノの前に出ることができない彼女を、想像上の友人や、アメリを見守ってきたアパートの同居人らが、励ます。
ニノはアルバムに入っていたメッセージの送り主の写真を頼りにアメリを探し回り、アメリのばら撒いてきたヒントをたどって、アメリのアパートにたどり着く。

TV:私の可愛いアメリや・・・・お前の骨はガラス製じゃない、人生の扉を開けられるんじゃ。もしそれを変えなければ、最後はお前の心は、脆く干からびてワシの骨のようになってしまうぞ。行って捕まえろ!後生だから!(ドアを開けるアメリ、前にニノ)/ニノ:僕は、ア・・・

アメリはドアを開け、「彼=他人」と向き合い、そして迎え入れた。

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アメリ・ラストシーン

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アメリとニノは結ばれた・・・・・
ameri-bed.gif
そして二人は幸福を乗せて、現実を突き進むのだった。
ameri-scute.gif


リア充アメリ・・・ミンナシアワセニナレタライイネ・・・・・・・・FIN


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posted by ヒラヒ・S at 16:42| Comment(4) | TrackBack(0) | フランス映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月06日

『巴里のアメリカ人』ハリウッドの欧州コンプレックッス・感想・ネタバレ・あらすじ・ラスト

舞台芸術より映画芸術を!



評価:★★★★  4.0点

ニューヨークの星付きのフレンチ・レストランに日本人の方が行った時の事です。
なぜか対応が悪いし、ボーイも中々やってこない・・・・隣の席のフランス人にはすぐ行くのに。
腹が立って、ムッシュー・シル・ブ・プレ(給仕さんこっちへ)と言ったら、ウイ・ムッシューとすぐ来たという・・・・・・・
この映画は、そんなアメリカのスノビズム、アメリカのヨーロッパ・コンプレックスを現した映画だと思います。


巴里のアメリカ人・あらすじ


画家を目指し、パリに暮らすアメリカ人ジェリー・ミュリガン(ジーン・ケリー)だが、絵は一向に売れない。ジェリーは友人の米国人のピアニスト、アダム・クック(オスカー・レヴァント)がフランス人の売れっ子歌手アンリ・ボウレル(ジョルジュ・ゲタリ)と会っている所を訪ね、初対面のアンリと息投合し、ジェリーとアンリは一緒ステップを踏み、歌を歌う。(下:ジーン・ケリーとジョルジュ・ゲタリ「By Strauss」)

ある日ジェリーは街で絵を並べて売っていると、リッチな米国婦人ミロ・ロバーツ(ニナ・フォック)と知り合い、彼女は彼の絵を買ってくれた。しかしミロは、絵よりもジェリーをツバメにすることを望んでいたのだった。しかし、ジェリーは自分の画才を認められたと喜び、パリの街で子ども達に囲まれに歌い踊る。(下:ジーン・ケリー「アイ・ガット・リズム」)


その夜ミロに誘われ行ったキャバレーで、ジェリーはパリ娘リズ(レスリー・キャロン)に一目惚れし、無理やり彼女の電話番号を聞き出すが、実は彼女こそフランス人歌手アンリの彼女だった。翌日から、ジェリーはリズの勤める香水店にまで顔を出しアプローチし、ついにリズもジェリーの歌とダンスに感動し口づけを交わす。(下:ジーン・ケリー「our love is here to stay」)


しかし、アンリのリサイタルがあるリズは去っていった。リズはがアンリの元に行くと、アンリはアメリカへ演奏旅行に行くので、リズと結婚して一緒に行きたいと言った。戦争中両親を亡くして、アンリに援助を受けてきたリズは、彼を深く信頼し恩を感じて婚約していたためリズは承諾せざるを得なかった。そのいきさつを聞いたジェリーは、彼女に別れを告げた。
その夜パトロンのミロとジェリーは美術学校の大晦日のパーティーに出かけ、そこでリズとアンリに会う。人影のないバルコニーで、二人は再び別れを告げ、リズは目に涙をためながらアンリとともにパーティー会場を離れていく。去るリズを見送りながらジェリーは、空想の世界に入っていった・・・・・・・

(原題 An American in Paris/アメリカ/製作年1951/113分/監督ヴィンセント・ミネリ/脚本・原作アラン・ジェイ・ラーナー/音楽ジョージ・ガーシュウィン)

<巴里のアメリカ人・受賞歴>

1951年度・アカデミー作品賞、脚本賞、8つの部門に受賞
また、1951年にアカデミー名誉賞としてジーン・ケリー


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巴里のアメリカ人・感想

以下の文章には当映画に関する、悪評が含まれますご注意下さい。
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ハリウッド黄金期の、輝くばかりのミュージカルを堪能できます。
ほんとにジーン・ケリーの踊りのすごい事。
全身をスクリーンにさらしてノーカットで踊り続けられる俳優が、今いるでしょうか?

ジーン・ケリーとジョルジュ・ゲタリ「ス・ワンダフル」

この明るく元気なヤンキー青年の代名詞のような、ジーン・ケリーという俳優の魅力を再認識しました。
作曲もアメリカの誇り、ジョージ・ガーシュインということで、この映画はアメリカ文化の精華とも呼ぶべき一本だと思います。

ジョージ・ガーシュウィン(George Gershwin、1898年9月26日 - 1937年7月11日)は、アメリカの作曲家。本名、ジェイコブ・ガーショヴィッツ(Jacob Gershowitz)。ポピュラー音楽・クラシック音楽の両面で活躍しアメリカ音楽を作り上げた作曲家として知られる。通称『完璧な音楽家』。
pari-ame-George_Gershwin.jpg【略歴】
1920年代以降は、作詞家となった兄アイラ・ガーシュウィンと組んで、レビューやミュージカル向けに多くのポピュラー・ソングを送り出した。ガーシュウィン兄弟によって作られ、後年までスタンダード・ナンバーとして歌われている歌曲は『私の彼氏(The Man I Love)』『バット・ノット・フォー・ミー』『アイ・ガット・リズム』などをはじめ、おびただしい数に上る。
クラシックにも取り組み、1924年には『ラプソディ・イン・ブルー』(Rhapsody in Blue)を発表。当時ガーシュウィンにとって管弦楽法は未知領域だったためファーディ・グローフェの協力を得て、ジャズとクラシックを融合させたこの作品は「シンフォニック・ジャズ」の代表的な成功例として世界的に評価された。
その後独学でオーケストレーションを学び、いくつかの管弦楽作品を残した。そのひとつ『パリのアメリカ人』(An American in Paris、1928年)もよく知られている。(wikipedia引用)


では、何で満点じゃないのというと、この映画にはアメリカ文化の悪いところも同時に現れているように思うからなのです。
pariame-lautrec.png
その悪いところというのが、この映画の売り物、ラスト『パリのアメリカ人』をバックに踊る18分間のダンスシーンに現れていると、個人的には思えるのです。

それというのも、確かにこの18分はそれまでのミュージカルとは一線を隠した「芸術的なダンス」として世間の高い評価を受けています。

なるほど、そのクライマックスは曲との相乗効果で、確かにアーテイスティックな洗練も感じられます。
終盤近く18分のダンスの一部

それでもしかし、このラストのダンスは、そもそもハリウッドミュージカルのダンスでしょうか?

これは「バレエ」と呼ぶべきではないですか?
USA-flag.png
ここにアメリカ人の「ヨーロッパ文化」コンプレックスを見るように思うのです。

そもそもこのダンスがあったからこそのアカデミー賞受賞のようにも思えるのですが、この「バレエまがい」のダンスに、私はそれほど感動できませんでした。

やっぱり、ジーン・ケリーに全身タイツは似合わないって・・・・・・・
ジーン・ケリーの全身タイツ
ロートレックの絵の中に入って、踊るバレエ的なダンス。
しかし、個人的にはハリウッド・ミュージカルとは違う表現だと感じる。

この18分には、それまでハリウッドが大衆に対して提供してきた、「明るく楽しい娯楽」を個人的には感じられなかったのです。

そして、ハリウッド・ミュージカルからその長所がなくなれば、その輝きは失われてしまうと思うのです。

さらに言えば、アメリカ・ミュージカルの音楽のベースはアフリカ系アメリカ人がもたらしたブルースにあり、アップテンポなダンス表現もブラックカルチャーが色濃く反映しています。

ニコラス・ブラザースのダンス
ニコラス・ブラザーズ(Nicholas Brothers)は黒人の兄弟のタップダンスチームで、1930年代後半から40年代頃までハリウッド映画に多く出演。(下は1942年)

1985年アポロ劇場のサミー・ディヴィス・Jrとタップダンサー

上の動画を見ればハリウッド・ミュージカルが、ブラック・カルチャーとヨーロピアン・カルチャーのどちらに近いか一目瞭然ではないでしょうか。

pariame-pos.jpg
そんなアフリカ大衆が歌って踊った、お祭りのような華やかさこそ、ミュージカルの真髄だと思います。


そういう意味で言えば、ヨーロッパの王侯貴族を楽しませるための、「バレエ」や「クラシック音楽」とは水と油とさえ言いたくなります。


ま〜そういうわけで、映画というジャンルで最も映える「ハリウッド・ミュージカル」というスタイルを確立したのに、わざわざ映画的でない踊りをする事は無いでしょ?

アメリカ人がヨーロッパの洗練に憧憬の念を持つのは、自らの文化にない伝統や格式を求めるスノビズムからだと思うのですが・・・・・・・
「ハリウッド・ミュージカル」を最高と思う私にとっては、欧州の要素はジャマでしかないのです。

そんなわけで、この映画から☆一つ減らさせて頂きました。

えっ〜と・・・・・余計な話ですが、じつはジーン・ケリー欧州スタイルで売ってたフレッド・アステアのダンスに憧れてたりして・・・・最後のダンスはなんかアステアっぽい・・・・・

もっともアステアがヘップバーンと出た、『パリの恋人』というミュージカルがありました。
が、これも今一つで・・・・・・アステアといえども「ミュージカルと欧州」は「水と油」のようで・・・・・
フレッド・アステアとオードリー・ヘップバーンが共演した『パリの恋人』


そしてさらに決定的な証拠を提示すれば、この映画のバレエ的な要素を本当のバレリーナが踊る「パリのアメリカ人」が有りますが、明らかにジーン・ケリーのバレエ的な踊りよりも、訴求力があります・・・・

バレエ的なダンスを本当のバレエダンサーと較べてみると、ジーン・ケリーの体の線が気になります。やはりジーン・ケリーの持ち味とは、違う踊りだったように思えてなりません・・・・・・


やっぱり『雨に唄えば』がジーン・ケリー、いやハリウッド・ミュージカルの最高傑作だと私は思います。

関連レビュー:
『雨に唄えば』
ハリウッドミュージカルの傑作
ハリウッドミュージカルの歴史


関連レビュー:
『ラ・ラ・ランド』
新時代のミュージカル
デイミアン・チャゼル監督の秀作


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以降の文章に

巴里のアメリカ人・ネタバレ

巴里のアメリカ人・ラストシーン

とを含みますので、ご注意下さい。
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(あらすじから)
空想から醒めたとき、ジェリーはパーティー会場に戻ってくるリズを見つけた。
実はアンリは2人の話を立聞きし、ジェリーとリズが愛し合っていることを知って、自ら身を引いたのだ。
そして、2人は晴れて結ばれたのだった。


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posted by ヒラヒ・S at 20:45| Comment(4) | TrackBack(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月04日

『ビフォアミッドナイト』現実の恋を生む力・あらすじ・ネタバレ・感想・ラスト

倦怠期のカップルの処方箋



評価:★★★★  4.0点

この映画を撮ったリチャード・リンクレーター監督の作品は、現実と虚構世界との間で無視し得ない作品世界を構築する映像作家だと思います。
この映画も、間違いなく「虚構=映画」の中に、現実世界を見事に再現した一作ではないでしょうか・・・

ビフォア・ミッドナイトあらすじ


ウィーンに向かう列車の中で出会い、その9年後パリで再会し再び恋に落ちた二人。今作は更にパリから9年経過した、小説家ジェシー(イーサン・ホーク)と環境活動家セリーヌ(ジュリー・デルピー)の結婚生活を描く。
ジェシーの元妻と住んでいる息子ハンク(シーマス・デイヴィー=フィッツパトリック)を、ジェシーはシカゴに帰すため空港に送りに来た。ジェシーとセリーヌ、その双子の娘エラ(ジェニファー・プライア)とニーナ(シャーロット・プライア)そして息子ハンク(シーマス・デイヴィー=フィッツパトリック)も含めて、友人の招きを受けギリシャでバカンスを過ごして来たが、ハンクは一足早く帰る予定だった。名残惜しげなジェシーは、ハンクの演奏会を見にシカゴに行くと言うと、母親がナーバスになるから来なくていいと言われる。
befo-mid-car.jpgジェシーは、ハンクの成長期に共に暮らせない事を悔やみ、帰りの車内でセリーヌにグチる。会話中でジェシーはシカゴへの引越を提案し、環境活動家として問題を抱えていたセリーヌは絶対に無理だと答え、シカゴに行くなら分かれるという。
別荘では主の老作家パトリック(ウォルター・ラサリー)とその友人である老婦人ナタリア(ゼニア・カロゲロプールー)、孫アキレアス(ヤニ・パパドプロ)とそのガールフレンド・アナ(アリアン・ラベド)、ジェシーの友人ステファノス(パノス・コロニス)とその妻アリアドニ (アティーナ・レイチェル)で、人生や恋愛の話を交わしながら宴を楽しむ。
bemid-sundown.gifステファノスの計らいで、一夜を近くのホテルで二人水入らずで泊まることになった。ホテルまでの道を、二人語らいながら、教会に立ち寄ったり、海辺で夕日を眺めたりと、ゆっくりとした時間を過ごす。
ホテルの部屋に入り、久しぶりに子供のいない時間を楽しむ二人だったが・・・・・・・

(原題 BEFORE MIDNIGHT/製作国アメリカ/製作年2013/108分/監督リチャード・リンクレイター/脚本リチャード・リンクレイター、イーサン・ホーク、ジュリー・デルピー)

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ビフォア・ミッドナイト感想・解説

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冒頭でも述べたとおり、この監督リンクレーターが追求するテーマの一つに、虚構の中に現実世界を取り込み「本当のような嘘を構築する」というものがあるように思います。
それが最も端的に出たのが、『6歳のぼくがおとなになるまで』で、この映画はなんと6歳の少年が18歳になるまでの12年間、毎年撮影し続けたものです。
それは、すでに「虚構=嘘」の為に、現実が従属し奉仕する姿にすら見えました。
当ブログ関連レビュー:
『6才のボクが大人になるまで』
リチャード・リンクレーター監督の傑作
現実に優先する映画のお話

そんな「現実を虚構」に従わせた作品として、この『ビフォア・ミッドナイト』も在ると思います。
aftemid-timeCheng.jpg
なぜなら、この映画も明らかに現実世界を物語に取り込んで成立しているからです。

それはこの映画の発端が、今作から18年前に撮られた『ビフォア・サンライズ』であり、その9年後に撮られた『ビフォア・サンセット』であり、そして今回の『ビフォア・ミッドナイト』へとつながり、それはそのまま現実世界の時間経過と映画内の時間経過がシンクロしている事で明らかでしょう。
つまり、現実時間が映画の中でも経過しているのです。
このシリーズは、18年前に生まれた恋を現実世界の時間を取り込んで、そのつど映画として発表しのでした。
(右写真:上『ビフォア・サンライズ』中『ビフォア・サンセット』下『ビフォア・ミッドナイト』)

その映画スタイルはあくまで現実味・リアリティーを追求した会話劇で、まるでレストランに行ったら、彼らが脇で語り合っているような、そんな日常的な光景を描いたドラマです。

befo-kiss.gif
そして、その現実と見間違えるような前二作のドラマで語られたのは、今や「恋愛」に夢も希望もロマンも無く、運命で「恋愛」は生まれないという宣言だと感じました。

それは、徹頭徹尾、人間が努力により作り上げた「恋」の姿だったと感じられます。
そして見終わって感じたのは、「恋愛」から夢やロマンが失われていても、人は現実世界で「恋愛」をする価値があるという感慨でした。

当ブログ関連レビュー:
『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離』
当三部作のオープニング作品
リアル恋愛映画のあらすじと感想


当ブログ関連レビュー:
『ビフォア・サンセット』
恋愛と映画のルネッサンス
シリーズ第二作目あらすじ・感想・解説

そしてこの映画も、シリーズの伝統にのっとり、やはり現実的で夢も希望も無い映画でした。

befMid-pos.jpg
夫婦にしろパートナーにしても、9年一緒に暮らしたカップルであれば、この映画で起るイザコザは、実に見に覚えのある、人ごとではない話ではないでしょうか。

このリアリティーに富んだ表現は、さすがにこの俳優、この監督の演出力の証明でしょう。
それゆえこの映画のドラマは、9年目のカップルが倦怠や相互に不満を溜め込んでいる現実を反映して、見ていてストレスとプレッシャーすら感じるドラマとなっています。

長期に渡りカップルであれば、悲しい事ですが、必ずお互いに募る不満が爆発する時が訪れます・・・・・
この映画はそんな倦怠カップルの一夜を描いています。

それゆえ現実世界のケンカを反映して、
ミモフタも無い、ブザマな、泥沼の、ついには相手の全否定へ向けた総攻撃にまで至ります。

それはまるで、ケンカ・紛争・戦争の本質を描いたロマン・ポランスキー監督の『大人のけんか』を彷彿とさせます。
当ブログ関連レビュー:
『おとなのけんか』
紛争の本質を語った映画
あらすじ・感想・解説


そして、双方の心に壊滅的な痛みと、カップル存続にとっての危機的な状況を迎えます・・・・・・
ここまでは現実世界の離婚カップルそのままの展開であり、流れです。
しかし、具体的には申し上げられませんが、この映画はそんな現実にジェシーが働きかけ、現実をより良いものにしようと努力をします。
Before-Midnight.jpg
このジェシーが「作家=虚構の住人」である事を思い出してください。
つまりこの映画は、『ビフォア・サンセット』でジェシーが小説によってセリーヌを引き寄せたように、「虚構」が現実に働きかけ、過酷な現実といえども良いものに変革しえるのだと語っているように思えてなりません・・・・・・・

そんな現実を変え得る「虚構」を「」と呼ぶのは、キザでしょうか?
イーサン・ホークとジュリー・デルピーのインタビュー

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『ビフォア・ミッドナイト』ネタバレ

を含みますので、ご注意下さい。
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ホテルに入った二人は、互いの言葉の中に現状の不満の種を見出し、相互に相手を責め始める。
ジェシー「俺は人生の全てを捧げたんだ、でも与えた以上の見返りを受けてない」
beMid-notlager.gif

セリーヌ「世界は理性的な男の愚かな決断で台無し」
afMid-manshit.jpg
もう泥沼ですな、・・・・・・・・・このあと怒ったセリーヌは部屋を出て行く。

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『ビフォア・ミッドナイト』ラストシーン

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ジェシーは彼女に未来から手紙が来たといい、それを読み説得を試みます。
おとぎ話を信じずに現実を生きようと、俺は関係を良くしたい、無条件で愛する、君を笑わせる、君の文句に耐えると。そして言う・・・・・・・
「真実の愛はここにある、これが現実の人生だ、完璧じゃないかもしれないが、これが現実だと」
aft-mid-realrife.gif


やはり現実の人生とは痛くとも辛くとも、自ら一つ一つ積み上げる以外に、幸せは作り上げられないという話かと思うのでした・・・・・


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posted by ヒラヒ・S at 18:39| Comment(4) | TrackBack(0) | アメリカ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする